Case25.灰より出でて
地上数十階にまで連行され、リノと小灰が向き合ってソファに座る。
小灰の側がリノをあまりよく思っていない様子で心配だが、小灰がリノに突っかかっていく気配は幸いなことにない。
和紙とうろこはボディーガードの真似事のようにそれぞれリノと小灰の後ろに立って、小灰の言っていた話とやらを聞く。
「話ってなんだい、小灰くん」
「ストレセントのことよ。忠告に来たの」
小灰の目が細められ、指が組まれる。
「これから敵は増えるわ。リノ、あなたの注意を外に逸らすためよ。本当の狙いはここにあるものなの」
リノには心当たりがあるらしく、考え込むようなしぐさを見せていた。
この拠点にあるもので、狙われるようなもの。和紙やうろこには知らされていない。
リノが抱えている秘密を、うろこたちはほとんど知らないのだ。
「いくらストレセントが出ようとも、あなたには出ていかないでほしいの。ここに天世リノがいれば、いくら結界を破っても侵入はされないわ」
「待って。本当に信用していい? 四年も前に失踪した相手。リノ社長をここに封じ込めて、なにがしたい?」
「……防衛よ」
和紙が口を挟むと、小灰の反応は苦々しい顔つきで一言だけで返してきた。
うろこも彼女のことはよく知らないが、だからこそ怪しいと疑っている。
リノの実力があれば平気かもしれないが、彼女はストレセント側の人間かもしれないのだ。
場が静寂に包まれ、小灰は誰の視線からも目を逸らした。
「まぁまぁ、せっかく帰ってきてくれたんだ。小灰くんの部屋は残してある、また使ってくれてかまわない。掃除が必要なら受けよう」
リノは小灰を受け入れようとしている。
いくら強者の余裕があろうと、組織のトップが簡単に疑わしい者を招き入れるのは好ましいことじゃない、と頭のよくないうろこでも思う。
リノが考えていることはわからないが、小灰はその言葉に甘えようと思っているらしかった。
小灰が続けて何かを口に出そうとしたとたん、端末が振動する。
今度はリノらしい。彼女はソファを立って窓際に動くと、誰かからの連絡を受けていた。
「あぁ、不二くんに城華くんか。経過はどう?」
リノが話しているのは不二と城華らしい。彼女らはたしか、ここで待機しているはずだが。
リノに連絡しなければならないようなことがあれば、同じくここにいる和紙とうろこにも何かあっただろう。だとすると、ふたりはここにはいないのだろうか。
黙って聞いているとやがてリノが通話を切り、端末をしまった。内容を伝えてくれるらしい。
「不二くんと城華くんには調査に行ってもらっていてね。原因のストレセントを倒して、いまは民家で休憩させてもらってるみたいだ。場所は……」
リノに場所を告げられると、小灰の表情が大きく変わる。
知っている場所だったのだろうか。小灰は静かに追及をはじめた。
「ねぇ、その場所って、大きな屋敷だったりするのかしら」
「お、よくわかったね。あの地区に住んでたのかい?」
「……家主の名前は?」
「えーっと、たしか、みなとがわ……」
小灰が額に手を当て、大きなため息をついた。
その反応が不二と城華のいる場所に関係があることはよくわかった。問題はなぜそんな反応をするかだ。
「遅かったわ。もう二人、取られてたのね」
「何の話かな、小灰くん」
「……湊川。聞いたことあるでしょう」
リノもまた、まさか、という顔をした。和紙とうろこは置いてきぼりだが、何やら重要なことが明かされるのだろう。
「湊川汐漓? どうして第二期被験者が、今になって」
こちらもまた聞いたことのない名前だったが、きっと小灰の同期だったんだろう。
その汐漓とやらのもとに不二と城華がいる。ふたりの身は安全なのだろうか。
ここで、再び端末が鳴る。またしてもリノのものだ。
通話ではなくメールのようだが、内容にはリノも目を疑っていた。
うろこと和紙が駆け寄って確認すると、差出人は「ウートレア」となっており、文面には絵文字と顔文字がふんだんに盛り込まれていた。
しかしその内容は可愛らしいものではない。今すぐに指定した場所へストレセントを送り込むという犯行予告だ。
「ストレセントって、こんなに可愛いメール打つものなんだね。出撃だよ、ふたりとも」
「待って。私がいくわ。リノはここにいて」
「あぁそうだったっけ。じゃあ、ユリカゴハカバーはうろこくんに任せよう」
「いや、あたし未成年」
「平気だ! 人命には代えられないからね!」
いきなり運転を任せられることになってしまった。大丈夫だろうか。はじめてでも操縦できるものなのだろうか。
疑問に思いつつも、うろこは和紙と小灰に促されて駆け出した。
赴くのはユリカゴハカバーがある階。いつもとは違って前の部分に乗り込んだ。
座席の横にちょこんと置かれていた「揺りかごから墓場まで使える取り扱い説明書」なるものを見つけて開き、それに従って進めていくとしっかりとユリカゴハカバーは起動してくれる。
リノほど暴走させるつもりはないものの、なるべく全速力で発進。大空へと飛び出した。
「……あいかわらず悪趣味な車よね、これ」
「私たち死人をはこぶにはちょうどいい。血色のいい死体にはド派手な霊柩車がいい」
向かう先には、十メートルにもなろうかという大きさのヤスデが蠢いている。
ユリカゴハカバーを降下させ、付近への着地を試みた。
するとヤスデが想像以上に素早い動きで向きを変えたため、その外骨格の上に着地しなければならなくなる。
無理やり車体を起こして廃車を免れ、ひとまず息をつく。
しかしまだ油断はできない、これはストレセントの上なのだ。
止まれば何をされるかわからない以上地面に戻るべきと思い、速度はゆるめなかった。
「おぉ、来やがったのです! ばっちこいなのですよッ!」
前方に見えた少女の人影が手招きしている。
どの道すぐには止まれないし、ストレセントの上に乗っているということは彼女はイドルレたちと同類だろう。
ユリカゴハカバーの全速力で突っ込み、激突したと思うと彼女はかんたんに吹っ飛び、ユリカゴハカバーはそのままの勢いで家屋に突っ込んだ。
幸いうろこの怪我と壁をぶち抜いたくらいで済み、すぐにヤスデの方を向く。
「なんだよいまの! ばっちこい、じゃなかったのかよ!?」
「耐えられるとはいってない」
「……あんなんでもストレセントの幹部。強敵よ」
簡単に吹っ飛んでいった彼女がイドルレの同類であるという予想は的中しており、瓦礫の中から出てきた彼女の脇腹には生体隕石らしき発光体が見えた。
巫女服だというのに引き裂いて虫の脚のような物体がはみ出しているなど、人外らしい容姿でもある。
「よくぞ褒めてくれたのです! うちはウートレア・ストレセントッ! 静寂を嫌い、静寂を切り裂く百足どもの王ですよッ!」
「全部言ってくれてる」
「さぁ忌々しき適合者たち! こいつを倒してみせろなのですよ!」
ウートレアの指示でヤスデが動く。
うろこはひとまず通常の拳銃で発砲。防御に長け、生半可な攻撃では通らないことを確認してから変身のため頭部を撃ち抜いた。
すでに和紙も手首を切っており、互いに変身が始まっている。
いつもどおり血のドレスと火薬の警官衣装が形成され、和紙はウートレアへ飛びかかり、うろこは並の相手なら容易く貫く大規模な砲を用意する。
「駄目、連続での変身は出力が……!」
うろこが放った砲弾。ウートレアに向かって和紙が振り抜いた脚。
いずれもが相手には無効化され、和紙は脚を折られるにまで至った。
「んなッ、そんな制約あったのかよ!」
「あったのよ! 私があいつを引き付けるから、そのあいだにあっちの子を!」
「お、おう!」
うろこは小灰と交代でユリカゴハカバーに戻り、和紙のほうへ向かう。
ユリカゴハカバーでならウートレアを吹っ飛ばせた。ストレセントのヤスデを誰かに任せられれば、和紙を拾って離脱できる。
小灰の判断でもそうだったのだろう。運転席から手を伸ばし、高速で駆ける中で和紙の手を掴み、引き寄せた。
一方でウートレアはまたしても受け止めるのに失敗し、はねられていた。
「ぬぐぅ!? くっ、覚えてやがれなのです!」
ウートレアが逃げていく。いまの和紙とうろこで彼女を追うのは無謀だ。ここは、あいつが放していったヤスデのほうを倒すべきだろう。
そう思って振り返ると、なんと小灰は生身で走り回っているだけだった。
変身用のアイテムなどどこにも見当たらない。そんな状況でストレセントを引き受けようとするなんて、怖いもの知らずだと思う。
ヤスデが動き回り、小灰を捕食しようとしているのを知っているだろうに。
小灰が逃げていく先を見ると、恐れをなした運転手が乗り捨てていったのか一台の車が置いてあった。
鍵もなにも持っていないのに、小灰はそこへ逃げ込もうとしている。
いくらすでに生体隕石手術を受けているからといって、なにも動かせない車じゃただのがらくただ。
「ねぇ、うろこ。小灰さん、なにか言ってる」
和紙に肩を叩かれ促され、確かに小灰の唇が動いていることに気づいた。
だが、うろこは読唇術なんか習得していない。
しかし和紙に読んでもらっても、うろこは小灰の意図を理解できなかったのだが。
「この車の後部座席の下撃って、だって」
「普通の車でそんなとこ、燃料タンクだってのに! 正気か!?」
「たぶん、正気」
「じゃあ仕方ねえな!」
躊躇っていてもしょうがない。今の和紙とうろこにはそれしかない。
そんな自殺行為、と思ったが、自殺行為ならばきっと打開策だ。
車両の燃料タンクを狙い撃ち、予想通りガソリンが爆発的に燃焼、それに小灰もまた飲み込まれていく。
肉が焦げる臭いがガソリンのものにまじって漂いはじめ、あまりいい気分にはなれない。
ただ、炎上している車両は普通に燃えているのではなかった。
うろこが的確に撃ち抜いたからというのもあるかもしれないが、炎が収束して一本の柱となり、そこに一人分の影が閉じ込められていた。
炎の柱が弾け飛び、中からは焦げてあの容姿がみる影もなくなった小灰の残骸が出てくる。
こうすることで、彼女の変身は始まっていた。
衣装を構成するのは炎だ。焼死体を華々しく彩り、かえって不気味に仕上げていく。
赤と白のセーラー服の胸には赤い宝玉が填められ、代わりに腹部を覆う布が弾けてなくなる。
腰から両脇へ伸びる赤い布と前後に伸びる白の布が別れており、黒焦げの脚が覗く。
左腕には深紅のグローブ、両足には鎧めいた硬質なブーツとそこから伸びる黒いタイツが着用され、最後に背中へ黒いマントが出来、死体への装飾は終わった。
最後には復活が待っている。露出していた腹部が割れ、炭化したものより綺麗な少女が現れる。
赤かった髪が灰色となり、髪止めがなくなったことで解放されているが、体型も顔立ちも紛れもなく小灰だ。
そうして現れた彼女へ改めて衣装が装備し直され、最後に自分の手でグローブを嵌めて小灰は変身を済ませた。
「いくわよ! あっついやつぅ!」
拳に炎を溜め、ヤスデの甲殻を殴る。衝撃が通らずとも、熱が通る。
炎にひるんで動かないでいたヤスデには意外だったのか、身体を丸めるしかしていない。これは好機だった。
小灰は予想外の怪力で丸まったヤスデを持ち上げ、上空へ投げたのだ。
「フィナーレよ! 真っ黒メイクにしてあげるッ!」
ブーツ部分から炎を噴き上空へ飛んだかと思うと、全身に炎を纏い、灼熱の体当たりでヤスデにぶち当たった。
あの硬かった身体を貫き、さらに上空へ突き抜けていく。
貫かれた方は内側から急激に炭化していき、生体隕石のかけらを残して崩れ去った。
さっきまで燃え盛っていた小灰は降下をはじめると、かけらをキャッチして着地、うろこと和紙に向けて親指を立ててみせたのだった。
「……意外と情熱があるんだな、あの先輩」
「意外。すごく、意外」
変身前からは、その炎で物理的に眩しい笑顔は想像もつかない無邪気なものだった。




