Case22.ツバサ広げて
某日。オヴィラトの事件が終息してから数日後。天気は快晴。
しばらく待機および自主練習の日々を繰り返していた不二と城華は、この日久しぶりにリノの呼び出しを受けて会議室へ赴いていた。
「来てくれたね、ふたりとも」
リノは社長であるはずが、いつもスーツ姿ではない。
ジーンズが好きなのか、長さは日によって変わるがよく履いている。
何着も持っているんだろう。
さらに上は大きめのTシャツだ。
形のいい胸に押し上げられ、知らない英単語が歪んでいる。
そこにさらさらときらめく色素が抜けたような金の髪と、優しげながらいくつも惨劇を乗り越えてきたことを感じさせる碧の瞳が合わさり、リノ特有のどこかゆるい空気が生まれていた。
「今日はふたりだけに話があるんだ。ささ、座ってくれ」
今回は和紙とうろこは呼ばれていないという。
彼女らはいま訓練場でトレーニング中だ。
銃撃をかわせるか、および素早い相手を撃ち落とせるか、を繰り返して互いに高め合っているという。
不二も混ぜてもらった日があったが、なかなかハードだった。
そのときの不二は、普通の人間なら三回くらいは死んでいたことだろう、という感想を抱いた。
しかし、今回はそっちの武闘派ふたりぐみではなく、なんと城華と不二で出撃してもらおう、ということらしい。
何かしら特別な任務であるのだろうか。
不二が素直に疑問をすべて問うと、リノはまたいつもの説明をはじめる。
「まず、今回の敵はすこし特殊だ。オヴィラトが作っていた鳥類型のストレセントと、エイロゥが作る爬虫類型の特徴を併せ持っている。複合型、ということだろう。いや、そこはさして脅威じゃない。回収する生体隕石がふたつになるだけだからね」
では、ふたりだけで出撃する理由とはなんだろう。
鳥類型の特徴があるのなら、それらのストレセントともよく戦った和紙やうろこが先に呼ばれそうなものだが。
「それがね。あいつの行動が問題なんだよ。いつも特定のルートを周回していて、人を襲う気配が一向にない。まるでこっちを誘い出そうとしてるみたいだ」
そこで、戦力を分散、仮に罠であっても柔軟な対応ができる不二と城華が選ばれたのだという。
向こうが罠を張ってくるなら、あえて捕まり、確認しにやってきたところを叩く。
不二と城華は囮になるかもしれないらしい。
「やらせてください」
意外にも、不二より城華が先に返事をした。
彼女はオヴィラトによって生体隕石を破壊されてから、一度も変身していなかった。
馴染むまで安静にしていろ、と。
城華はずっと言う通りにして研究フロアに出入りしていたらしいが、変身していなければ感覚が鈍ってしまう、と思っているんだろう。
不二としては自分だけですむ方がいいのだが、城華がやりたいというのなら止める理由はない。
彼女には羽があって飛べるという強みもあるし、味方がいれば心強いのは当然のことだ。
「じゃあ、ふたりとも、準備ができ次第出発してくれ。今回はユリカゴハカバーではなく、変身してからヘリで向かうからね」
ヘリコプターに乗る、という経験を、実はしたことがない。
いったいどんな景色なのだろう。
不二は城華とともに、ちょっぴり楽しみにしながら自室へ戻って自分の変身アイテムを取りに行った。
◇
いつもならユリカゴハカバーで飛び出す場所だが、今日はヘリコプターで飛んでいくためいつものような暴走するリノは見られなかった。
職員さんが操縦するヘリに乗り込む前に変身を済ませることになる。
不二は天井にワイヤーを打ち込み、城華は吸入器で化学兵器を吸い込み、それぞれの変身が始まった。
「変身!」
城華よりも不二のほうが変身はすぐに終わる。
これは首吊りが楽な死にかたであることに起因しているのだろう。
巻き取られるワイヤーによって天井に向かって吊り上げられ、勢いのせいで頸椎が外れ、いつも通りに首がねじまがる。
もと着ていた衣服は死をきっかけに再度構成され、不二は自分の色らしい空色を纏う。
イメージはお姫様だ。自ら身を投げて、怒りを鎮める人身御供。
それがいまの不二である。
大きく広がった膝上のスカート。
その両脇に入った切れ込みの終着点と胸の中央部にはきれいなリボンがつき、脇腹から腋下にかけてを露出した大胆なデザインのドレスが完成する。
もちろん下着の部分は空色の中で浮かぶ雲のような真っ白なドロワーズになっている。
最後に首輪に紋様が刻まれ、修復してもらった新しいワイヤーでは散りばめられた生体隕石がぼんやりと光を放っていた。
隣では城華が苦しみはじめる。
くるくる巻いたツインテールを揺らし、吐瀉物をはじめとした液を身体から何種類も垂らしてよろめく。
やがて死に至るのを待ってすべての体液が光へと変換され、その服を分解して城華の変身した姿としていく。
胸に露出した生体隕石。
そこだけを空けて銀色のうえに桜色で華が描かれたプレートアーマーができていく。
右胸には紫で描かれたフリージアの華もあって、誰かのことを想わせる装飾だ。
そこにぶかぶかな白衣が被せられ、しましまのオーバーニーが形成された。
いままでの城華と違うのは、まずスカート部分だった。
いままでは淡い桜色のミニだったのが消滅し、オーバーニーと同じく桜のしましまにちいさく青紫のリボンがついたかわいらしい下着がついているだけとなっている。
また、羽の形状も丸かったはずだがやや先へ尖っており、前よりも心なしか大きくなっている気がする。
色合いも青っぽいピンクで妖精の羽から妖艶な夜の蝶へとイメージが変わっている。
「さ、行きましょうか」
「ん、あぁ、うん」
衣装が変わったことで露出されるようになった脚の付け根をつい意識してしまっていた。
これには衣装を変えてくれた生体隕石に向かって親指を立てるしかない。
城華は気づいていないのか首をかしげたが、気づいていないなら気づいていないで可愛らしいのでそのままにしておく。
城華とふたりでヘリに乗り込み、離陸の瞬間には手をつないだ。
城華もこういう乗り物ははじめてみたいだった。
空へと上昇していき、天界社のタワーに沿って上へ上へと連れていかれる。
「あ、不二!あれじゃないかしら!」
城華が指差すほうを見ると、確かに何かが飛んでいた。
飛行機では決してない。生物だ。
しかもリノの言っていたとおり、鳥の翼を手に入れたトカゲらしい。
あれが今回の敵とみて間違い無さそうだ。
「ここからいける?」
「たぶん大丈夫よ!」
「了解、信じる!職員さん、扉を!」
扉が開け放たれ、風が舞い込んでくる。
さわやかな日に照らされている晴天へ、城華にワイヤーの一部を巻き付けて、ふたりで飛び出していった。
「しっかり掴まってなさいよねっ」
城華がスピードを上げ、翼をもったトカゲを追跡する。
トカゲはこちらに気づくと今まで決まったルートを巡回しているといっていたが進行方向を変え、引き返していこうとする。
「待ちなさいっ!」
飛びながら指先からの小さな毒の弾を撃ち、トカゲにかわされていく。
こうも離れていては、不二も攻撃のしようがない。
まずは接近し、あわよくば撃墜しなければ。
しかしトカゲも相当なスピードを持っており、不二も持っている城華では足りていない。
いつもの活動範囲より大きく外れたところにまでおいかけっこの範囲は広がっていった。
やっと追い付けたのはほとんど知らない地区の上空だった。
それもトカゲがスピードをゆるめ、こちらに向かって毒らしい液体を吐いてきたからその隙に追い付けたのである。
毒は家屋の屋根に付着し、恐らく生物が触れるべきではないものであると一目でわかる様相を呈していた。
トカゲが近くなると、まずはもう飛んで逃げられないために城華と不二で別れて飛びかかると片翼ずつ同時に攻撃。
片翼はへし折られ、もう片翼は腐らされたトカゲは墜ちるしかない。
だがただでやられる気はないのだろう、悪あがきに城華と不二をつなぐワイヤーに腕をひっかけ、こちらも撃墜しようとしてくる。
目論み通りに不二と城華は地面に叩きつけられたが、さほど強いダメージにはなっていなかった。
「……なんか変よね。ここになにかあるのかしら?」
自分の身体についた土を払い、首をかしげる城華。
彼女へ向かって飛んできた毒は不二が城華を突き飛ばして回避させ、直後にトカゲは突進を選んでいた。
不二は焦らず、迎撃のチャンスを窺う。
トカゲの習性として、舌をちろちろと出しており、動きは決して速くない。
狙いにいける。
そう判断し、不二はワイヤーを射出。
見事射ち出したフックショットによってトカゲの舌は地面へ留められ、勢いの余ったトカゲ自身によって引き裂かれた。
止まろうとしたときにはもう遅い。
あとはもう、このワイヤーを巻き取って、蹴りを決めてやればあのトカゲは撃破できる。
そう思い、首輪についているボタンで操作しようと思った、のだが。
「不二、待って!あれ!」
舌を引き裂かれ、生物としては致命的なはずだというのに、複合型らしく生命力は強いらしい。トカゲはまだ動いている。
そして、近くに居合わせていたらしい少女を狙って口内に毒を溜めている。
あんなのを食らえば、ただの人間は融けてしまう。あまりに惨い。
巻き取って生じる勢いは少女のもとへ駆けつけるのに使わなければならず、吐き出され少女に降りかかろうとする毒を不二は自らの身体で遮った。
「っぐ、ぅ……!」
肉が融かされていく痛みがある。経験したことのない痛みだ。
焼けつくようと表現していいのか、どういうべきかはわからない。
今明確にわかるのは、目の前で唖然としている少女はまだ生きているということだ。
「逃げ、て」
少女は頷き、建物の陰へと走っていった。ひとまず安心だ。
急いで城華も来てくれて、彼女も口をもごもごすると唾液を撒いた。
毒同士中和されているのか、痛みが和らぎ、どうにか再生が追い付いているらしい。
「ありがとう、城華」
「当然のことよ。それよりも、あいつ」
「あぁ、わかってる」
不二はトカゲを睨んだ。
彼女を巻き込むことが、あのトカゲのやりたかったことだというのか。
わざわざ不二たちをここへ連れてこようとした意図はわからないにしても、それが悪だということはわかる。
「行くわ!不二!」
不二の身体が城華によって持ち上がり、ある程度の高度からワイヤーをトカゲの眼前に射ち出した。
しっかりと地面に食い込んだのを確認し、城華に離してもらう。
不二の両足がワイヤーの上を滑り、勢いを増していく。
大きな的であるトカゲは毒での迎撃を試みるが、不二はそれよりも速い。
首の付け根に向けて渾身の蹴りが放たれ、トカゲは溜めた毒を放出する間もなく爆発、消失した。
残ったのは、生体隕石がふたつ。
「終わったみたい」
「お疲れさま……はぁ、かなり疲れたわ、ゆっくり休みたいわね」
「あ、あの!」
戦闘を終え、変身を解く不二と城華。
そこへやってきたのは、さっき助けた少女だった。
年は同じくらいで、背丈も不二と同じか少し大きいくらいだ。
勇気を出して戻ってきたみたいで、肩で息をしていた。
「よ、よかったら! 私の家で、休んでいかれませんか……?」
不二と城華は顔を見合わせた。
そういえば、ここまでは城華の飛行能力でやって来たし、二回連続の変身は推奨されていない。
それに、今回は帰りのユリカゴハカバーがないうえに知らない地区である。
帰るには、リノに連絡を入れるべきだろう。
それは少女の家で休憩していてもできることだ。
「じゃあ、お言葉に甘えるよ」
「本当ですか! やったぁ……!」
少女は嬉しそうに笑って、不二たちを案内してくれるらしい。
城華はすこし警戒しているみたいだった。
今回については、もし罠を張っているのならわざと引っ掛かってやるという部分もある。
少女が疑わしくても、一度ついていってみるべきではないだろうか。
不二は城華をそう説得し、三人で歩き出す。
そうして説得した不二が少女にある違和感、即ち目の前で行われたストレセントと適合者との戦闘を目にしたのに動じていないという点に気づくのは、もう少し後のことであった。




