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自殺少女戦士★オトタチバナ  作者: 皇緋那
シトトナリアワセ
23/69

Case21.割れた結晶に一礼を

 地上28階。某市にそびえたつ天界社タワーの社長室があるフロアだ。

 そこからの眺めはそれはそれは高所恐怖症にはきついものだと誰かが言っていた。


 見下ろした街には一見変わりがない。都市機能は問題がない。

 ただ、細部を見ればもちろん爪痕は残っている。


 まだ昼過ぎだというのに、すでに小学校では下校がはじまっている。

 午前授業になっているのだろう。

 三品結礼に続き、今までは小さな子供にはあまり及んでいなかったはずの被害が短期間に二人増えたのだから。


 小学生といえば、水戸倉おぼろは無事だった。

 被害は脊椎に及んだが、ていねいな対応と城華が作り上げた生体隕石を止める薬品によってほとんど損傷せずに生還することができ、姉のうろこ及び妹の季里と抱き合って喜んでいた。


 季里は強い子だった。

 リノが小学生の頃は、あんなに強くなかったと思う。

 目の前で起きていた常識はずれな出来事も受け入れる、というのはたいていの人間にはできない。


 元いじめっ子の少年もそうだった。

 彼はカウンセリングを受けることになり、今日から通院する。

 四年ほど前に精神科を作っておいてよかった、と思う。


 三品結礼の実家をはじめ、ところどころに倒壊した家屋があり、極めつけはまるく掘り進められた公園だった。

 今は立ち入り禁止で、薬品の影響を調べ、きっちり土も元に戻そうということになっている。


 あのオヴィラトとの決戦の最後。

 リノは自身の手でオヴィラトの生体隕石は回収した。


 不二にはとどめを刺せなかっただろうから、急いで飛んできた甲斐があったようだ。

 結礼の身体は回収していない。恐らくあのまま留まっていれば他の上位ストレセントと出くわすことになっただろう。

 それは避けるべきだった。


 これでオヴィラトとイドルレ、2体もの上位ストレセントを撃破したことになる。

 だが、まだまだ天界社を狙う魔の手は尽きないとリノは予想している。


 つまり、私たちの戦いはこれからだ、ということだ。

 この社会にストレスは無限にあり、生体隕石はすべてあわせれば月に匹敵する量が存在すると予測されていて、敵は無限に現れるだろう。


 いつか終わりが来る日まで。

 そして、リノたちがこうして戦う意味がはっきりと顕れるまで、きっと戦い続けるのだろう。


「リノ様。何をポテトチップスとコーラでくつろいでいるのですか。これから今後の方針についてを」


「えー。明日にしない?」


「ストレセントが出たら困ります。ですから、早く仕度を」


「はぁーい」


 これからあるのは、職員たちへの指示だ。

 オヴィラト討伐という大きな仕事を終え、第三期の彼女らも徐々に死に慣れて、つまり実戦慣れしていっているだろう。


 次の目標をリノは考えなければ。

 最終目標は決まっているが、それはまだまだ遠い。


 さらなる一歩のためには、やはりリーダーであるリノが必要なのだ。


 ◇


 オヴィラトとの戦いが終わり、第三期の面々は皆自室へ戻って待機ということになった。

 不二はひとりでベッドに座り、数日前の光景を思い出さずにはいられなかった。


 幸せそうに眠っている城華がいて。不二と城華のあいだに、ちょこんと結礼が座っている光景だった。


 彼女はそれを三人幸せな家族だと例え、笑っていた。

 あれは、ひそかな「助けて」というサインだったのだろうか。


 今となっては、もう二度とそんな光景が生まれることはなく。

 寂しい不二が、ひとりで感傷に浸るだけだ。

 テレビを点けても気が紛れるとも思えず、仮眠でも取ろうとベッドに横になる。


「お邪魔するわ」


 ちょうどその時、城華の声が聞こえ扉が開いて閉められた。

 ややふらついた足取りでこっちへ向かい、不二がすでにいるというのに布団に潜り込んでくる。


 もう慣れたものだったが、城華の表情はいつもより疲れている。

 だが悪い疲労という感じではない。彼女自身でも満足できる疲労なのだろう。


「お疲れ様、城華」


「えぇ、ありがとう。さすがに頭を使いすぎたかしら」


 城華はたった数時間のうちにあのオヴィラトにダメージを与えられる薬品を作り上げた。

 理論だとかは不二が聞いてもいっさいわからないことばかりだったし、彼女の自殺も独学で化学兵器を合成してのものだったはずだ。

 城華は同年代のはずがぜんぜん頭の中身は違うんだろう。


「城華はすごいよ、尊敬する」


「もう、そんなに? 別に嬉しくない……わけないじゃない」


 まんざらでもなさそうだった。

 城華はきっと、褒められたらもっと頑張るタイプだと思う。

 不二は彼女を応援していた。


「……ねぇ、聞いてくれる?」


「なに?」


「あの、ね。私に入ってるこの生体隕石。イドルレのものなんだって。私、あいつに生かされてるんだって」


 胸元をはだけさせ、平坦な胸の中央に露出している生体隕石を見せてくる城華。青く、規則正しく光っている。

 不二はそっと彼女の生体隕石にふれ、どこか温かい感触を知る。


「イドルレ……ううん。祷可恋さん。私は、あの人の生を貰ったのよ。だから、その名前に恥じない生き方をしなきゃ」


「城華ならできるよ、私は信じてる」


「ありがとう。不二は優しいわね」


 不二になら話せることだと思ってくれたんだろう。

 話すことで楽になってくれるなら不二も嬉しいし、相手のことを知ろうとする姿勢は大事だと知ったのは城華のおかげだった。


 城華は目をつむり、不二もまたまぶたを閉じた。

 ふたりで眠るのはいつものことだけれど。あの子のことが終わった今、誰かと一緒に安心して眠っていられるのは幸福なことだと、改めて考えさせられることでもあった。


 ◇


 一方、同時刻。ストレセントの拠点にて。


 イドルレに続いてオヴィラトまでもが天世リノたちに生体隕石を奪われてしまったことで、エイロゥはほかふたりを集めて話し合おうとしていた。


 ただ、アメリィは常にテーブルを拭いているし、ウートレアは音漏れするレベルで激しい音楽をヘッドフォンで流し続けている。

 話を聞く気がある連中ではない。エイロゥは舌打ちをした。


 祷可恋と三品結礼の遺体は別所に安置してある。

 もちろん冷凍し、保存がきくようにしている。


 彼女らの復活の目処が立っているわけではないが、エイロゥには自らがやろうとしていることをこなせば必ず復活の機会はあると踏んでいた。


「……オヴィラトを喪ったのは痛手です。早期にあの有用な能力に気付き、もっと有効に使うべきだった」


 生前の復讐が終わっても、オヴィラトは好き勝手に暴れて街を地獄絵図へと変える努力を惜しまなかっただろう。

 それはエイロゥの方針には合っている。

 残念なのは計画を進めなければ彼女を使えないということだ。


「ですが次は違います。私たちで彼女をサポートし、リノの考える最悪の結果を導き出すのです」


 オヴィラトの件は失敗に終わったが、次の手は打ってある。

 もっと確実で、リノの寝首を掻ける方法だ。


 いくつかの下準備が必要ではあるが、うまくいけば比にならない成果をあげられることだろう。


 エイロゥはウートレアからヘッドフォンを奪い取り、配線を引っこ抜いた。

 ウートレアの驚きようは面白いくらいだったが、それはともかくだ。

 今度からはこいつにも働いてもらわなければならない。


「そろそろ出番ですよ、ウートレア」


「よっしゃ来たのですッ! 今度こそあいつらを良い声で鳴かせてみせるのですよッ!」


 何事にもはりきっていてくれるのはうまく扱えば利点になる。

 やかましいウートレアをけしかければ、エイロゥは自由に動くことができる。


 まずは試しに、捕まえてきた適当な女児を使って実験をしてみよう。

 どんな仕上がりになるか楽しみでしょうがない。


「ところで僕はどうすればいい?」


 ずうっと掃除を続けていたアメリィが自分だけ話に登場していないことに気づいたらしい。それは意図的だ。

 アメリィの存在は切り札になり得る。向こう側に彼女(・・)がいる以上、強力なカードである。


 ただ、この場でアメリィに出番がないことは確かだった。

 適当に拠点の掃除でもしておいてください、と言っておくと、真っ先にエイロゥの書斎へ向かおうとした。

 それは駄目だ。あそこに捨てるものなどないし、見られたら困るものはたくさんある。


 エイロゥは実験より前に、アメリィのことを止めなければならなかった。

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