見えない敵
「各位に、ねぇ」
「どう対処しろって?」
「さぁ」
ムツとリクは通達を読むと互いに首を傾げた。
通達の内容は、敵の新たな兵器についてだった。
「気づきようがない」
「対処のしようがない」
「僕たちは、機械に、金属細胞に頼る戦い方しか知らないのだから」
「こりゃいよいよかな」
「こりゃヤバいな」
何が、とはあえて口にするまでもない。
いや、対象が多すぎて、何にとは絞れない。
「ムツ隊長、リク隊長」
部下の声かけに2人同時に振り向く。
同じ顔が2つ、そこにあった。
6期と7期の試作機の生き残りは2人ずつ。
そのうち6期の試作機は双子だった。
他の試作機達より幾ばくか若く見える。
試作機の中で一番若い成功体だった。機械化兵計画ーーイカロス計画の年齢基準を決定づけたのは彼らだ。
プロメテウス達は入隊後に機械の四肢を作り、身体を鍛え、軍の規律を習い、金属細胞を受け入れるための準備を行った。
そのため、入隊して数年の後に機械化兵の実験を受けている。
けれど彼らは。
ムツとリクはそうした訓練は受けていない。
軍の雑務を行っていた彼らは、事故によって身体の半分を欠損した。
2人仲良く、右半身と左半身を、だ。
即死は免れたが、医学では救えない命だった。
そこに、どうせ死んでしまう身体であるならば、と金属細胞を埋め込んだ男がいた。
ダイタロスだ。
奇跡は2人に起きた。
そうして、彼らは望まず戦地へと駆り出されることとなった。
「出撃命令です」
ムツとリクはその若さゆえ、他の試作機よりは低く地位を設定されている。
上官が存在するのだ。
故に、こうして命令が下される。
「行こうか、リク」
「行こうか、ムツ」
とはいえ双子であることを考慮してなのか、配属は同じだ。
お互い今の処遇に不満はない。
出撃命令がいささか増えてきたこと以外は。
「出撃!」
上官の声に、2人は地を蹴った。
空に跳ぶ。
今日はあいにくの曇りだが、飛行に問題はない。
他の機械化兵や戦闘機と並行して空を翔ける。
「先に行こうか」
「上官にどやされるよ」
空を翔ける事は2人とも好きだ。
生身ではできなかった。
こんな高さまで跳躍もできなければ、雲を抜けて飛ぶ事もできない。
身体は凍えてしまったろう。
だから、2人はこの身体も嫌いではなかった。
ふ、と嫌な臭いがした。
ムツは周りを見回したが、何もなかった。
接敵はもう少し先のはずだ。
けれど。
しかし。
「何かくるぞ!」
ムツがそう、警告を発した瞬間。
リクの身体がぐらりと傾いだ。
「リク!」
そのまま落下していくリクを追う。
空を飛ぶための翼が片方、撃ち抜かれていた。
「リク!翼を再展開しろ!」
機械を通じて聞いているはずのリクの応答がない。
翼が修復される様子も、新たに展開される様子もない。
ーー金属細胞が、活動していない。
「リク!」
加速する。
このままでは地面に打ち付けられてリクが死んでしまう。
それに。
金属細胞で生かされた身体だ。
金属細胞が何らかの不具合を起こしていたとしたら。
すでに生命が危うい可能性がある。
自分たちは事故で半身を失い、助かった。けれど、治っているわけではないのだから。
リクの身体を捕まえる。
「すまん。ドジったらしい」
「いや、様子がおかしい」
どうやら完全に活動を停止したわけではない金属細胞は、ゆっくりと身体に戻り始めていた。
「……細胞の動きが、抑制されている」
「え?」
「細胞の反応が鈍い。翼の修復も、すごく遅いんだ」
聞いた事もない事だった。
暴走し増殖し続ける事はあっても、機械化兵が死なない限りは活動を止める事はない。
そう、説明を受けている。
だが、目の前の事態は、なんだ。
上では味方の戦闘機が一機、撃ち落とされた。
煙を上げて落ちていく。
「会敵に気づかないなんて」
油断はなかった。
おそらく「新兵器」というもののせいなのだろう。
「何かが、おかしい」
敵が見えない。
それだけではない。
それだけではない何かが、迫っていた。




