プロローグ・渇望
サーっと、細かな粒の雨が静かに見渡す限りの灰色の雲より降り続けていた。雨の打ち付ける音以外聞こえない、静かな雨天。
表面が傷ついている古いコンクリートで出来た粗末な住宅街、飾り気のないそれらは固く戸が閉ざされており、窓の穴には厚手のベニヤ板が打ち付けられ塞がれていた。物音ひとつしない、寂寥たる空間だった。
そんな中、ポツンと立ち尽くしている少年の姿があった。
年のころは十を過ぎたほどだろうか。背は低く華奢で頼りのない細い手足、頬は痩け目の下には暗いくまをつくっていた。服はボロの麻布でできた上下、裾や袖は破れほつれガタガタになっている。そんないかにも幸の薄かろう姿をした少年は、降る雨を気にもとめず、その銀の頭髪が顔に張り付き水が滴るのも払いもせず、ただ静かに手に持った血のベッタリとついた安物のブロードソードを見つめていた。
見れば、彼の周りには血溜まりが出来ていて、そこには男が四人ほどこと切れていた。どの遺体も刃物で切り裂かれた大きな裂傷の痕が見てとれた。
「…………生きて、いる。」
唐突に、ポツリと呟いた。それはこの惨状に至るまでに行われた修羅場を、乗り越えたことからくる安堵なのか。それとも全く別の何かか。少年の声音の感情的起伏は乏しく、そこから心中を察することは出来ない。
少年は手を剣を持ったままだらんと下に下ろした。力をいれていないのか、ブロードソードの剣先がその重量に従い地面に落ち、カンッと固い音をたてた。静かな雨空の下、その固い音がいやに大きく響いた。
「………………」
少年は天を仰ぎ見るように顔をあげ、瞳を閉じた。そしてゆっくりと長く息を吸い、またゆっくりとそれを吐き出した。何かを確かめるように、ゆっくりと、ゆっくりと。
そっと瞳を細く開け、鈍色の空を見上げわずかにその口許を綻ばせた。今にも落ちてきそうな重たい空模様とは裏腹に、少年の心はどこか晴れ晴れとした解放感に満ちていた。少年は自分に足りていなかったピースが、埋まったような、そんな感覚を感じていた。
ずっと探していた。
ずっと見つからなかった。
ずっとわからなかった。
ずっと物足りなかった。
ずっと、ずっと、欲してやまなかった。
それが今、見つかった。気が付くことが出来た。自分の本性を、生きてることの意味を、満足感を、手にいれた。そのような気がした。
「俺は……今ーーー・・・
ちゃんとコミカルな軽い話になるので安心してください。