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茶菓に物申す

 今日も今日とてあんこ作りに勤しむ大五郎。粒餡に白あん、こし餡、あんこならなんでもござれ。

 文句言いながらも跡取りの玲苑もしっかりと作業する。

「よおし、今日もいい出来だぞ」

 味見する玲苑。

「でもチョイさん、白あん、ちょっと甘みが強い気が」

 がはは、と大五郎は笑う。

「それが五島庵の味ってもんだ」


 この界隈では、五島庵の和菓子は美味しいという評判だ。まあ、裏でのり平が苦労しているのを大五郎は知らないだろうが。


 上機嫌で戻ってきた大五郎。

 作業服を脱ぎランニングシャツになると、当たり前のように佳代子に茶碗を差し出す。

「飯」

「はいはい、ほら、かほり、華蓮も一緒に」


 二人とも夏休みで暇を持て余している。

「どっか行きたいよう」と華蓮がせがむ。

「藪から棒になんだよ。子どもは、外で遊ぶもんだ」

 取り付く島のない大五郎だ。

「今の子供って外で遊ぶことしないよ」と佳代子。

「なんでだよ?」

「とうちゃん、これだよ」

 かほりが携帯端末を見せる。


 花柄のケースに収まっている八インチサイズのタブレットだ。多感な時期の女の子だけに、可愛く花柄ケースをさらにデコレーションしている。


「おい、佳代子、いつ買ったんだよ」

「あらやだ、忘れたの? あんた、入学祝いで気前よく買ってやったんじゃない」

「あ……そうだったな」

 華蓮は仰向けになり、両足で大五郎の膝を叩く。

「つまんない~っ」

「子どもは、外で遊ぶもんだ」と繰り返す大五郎である。

 佳代子は「今の子供って外で遊ぶことしないよ」

 大五郎はぎくりとした。


「こ……今度は何が出てくるんでぇ?」


 ま、何も出てこなかったが。


「デズニーランド行きたいよう」

「マッキーマウスが出るやつか?」

「他にも黒雪姫とかあ」

「高えんだろ?」

 大五郎と華蓮のやり取りに、かほりはタブレットを叩く。

「一人最低2万だって」

 さらに佳代子が平然という。

「交通費、宿泊費、なんだかんだでざっと四人で20万かしらねえ」

 目を剥く大五郎。

「そんな金どこにあるんだよっ。駄目だ駄目だっ」


 大五郎の声に華蓮は涙声になった。



 その夜――


 ダイニングの六畳間はベッドルームに早変わりだ。

 風呂から上がり、パジャマに着替えた佳代子が大五郎の横に座る。

「あんた、まだ寝ないの? 明日も早いんだろ?」

 いつもなら八時すぎには高いびきの大五郎だが、十時になっても起きている。

 うつ伏せで顔を横に向けている大五郎はしみじみと言う。

「あんなふうに言われたらなあ……」

「あら、あんた、気にしてんの?」

「まあなあ……」

「夏休みもそろそろ終わるわね」

「うーん……親らしいこと、してないからなあ」

「じゃ、どうすんのさ」

「新婚時代に行った熱海でもいくか?」


 佳代子がふすまに向かって言う。


「熱海だって」


 ガラッ――


 不意にふすまが開き、かほりと華蓮がにこやかに顔を出す。

 びっくり顔の大五郎。


「お前らぁ~っ仕組んだなあっ」

 


 次の日、大五郎の休みの申し出に、のり平は快く決めた。

「来週の定休日を挟んで三連休で、どうだ」

「三日も? いいんですかい、親方」

「いいさ、こっちはなんとかすっからよ。ゆっくりしてきな」

「ありがとうごぜえます」

 深々と頭を下げる大五郎だった。


アパートに戻ると佳代子はパートに出かけていて、かほりと華蓮だけが待っていた。

「熱海じゃつまんないよお」と華蓮。

「なんでえ、藪から棒に」

「遊ぶとこないよお」

 大五郎は言う。

「貫一お宮の像があってな、記念になるぞ」


 ……何が記念になるのかな。


 タブレットを持ったかほりが言う。

「調べたんだけど、遊べるとこないね」

「熱海にゃヤケクソボウルがあってな、かあちゃんとボウリングしたんだ」

 タブレットを操るかほり。

「潰れちゃってるよ、ほら」


 娘の前でかっこいい姿を見せよう、と思っていた大五郎の頭の中では、その計画がガラガラと崩れていった。



 三連休初日。

 四人は新横浜から熱海に向け出発した。所要時間は約二十分だ。

 新幹線にワクワクする娘たち。

「早い~」

 華蓮は窓の外を見てはしゃぐが……

「もう着いた? もっと乗ってたかったのに~」

「じゃ、えりは東海道だな。たっぷり乗れるぞ」


 しかしその裏では大人の打算が働いているのである。


 さらに宿泊する宿は駅からかなり遠い山の中だ。

「タクシーでいく?」と佳代子は言う。

「てやんでえ、人間には足ってもんがあらあな」

「歩くの?」

 いきがって歩き出すが、普段歩くことがない大五郎はすぐにへばった。

「やっぱタクシーに乗ろうよ」

「あ、足ってもんがあらあな……」


 駅周辺は車やバスが行き交っているが、程なくして往来する車が減ってきた。

 

 さらに――

 

 壁のような急坂が大五郎たちに立ちはだかった。


「ここ歩くの~」

 華蓮が、嫌だというように言う

「バ、バスってぇもんがある」

 やっとの思いでバス停までたどり着く一行。

「まだ十時だな」と大五郎は時計を見た。

 時刻表を見ると、九時五十分の次が十五時十五分。


 ざっと五時間以上待ち――


 大五郎の背中に冷たいものが落ちる……


「――タクシー呼ぶか……ええと……公衆電話どこだあ」


 どこを見てもそれは無い。


 その点、かほりは現代っ子。タクシーアプリを使い、呼ぶことに成功。

「十五分で来るよ」

 大五郎、丸つぶれである。


「新婚のときは歩いたよなあ」

 佳代子は言う。

「あん時、若かったからね」


 旅館に到着すると、フロントでの鍵のやり取りや夕食時間など一通りの説明が入る。

 旅館の鍵を持ちながら首を傾げる大五郎。

「仲居さん、いたよな?」

 佳代子はきっぱりと言う。

「今はそんな時代じゃないのよ」

「中井さんて誰?」とかほり。

「中井じゃねえ仲居だ……って……死語か?」


 部屋にたどり着くと畳敷きの大広間。家族四人では十分すぎる広さだ。

 わあ……と姉妹ははしゃぐ。

「広い~」

「海が見える~」

 広い板の間の向こう側に相模湾が広がる。姉妹には見たことのない別世界のように映る。

「写真撮ろ~」

 かほりはタブレットをかざすが……

「あれ?」

「どした」

「電池が無い~っ、困る~」

「だからデジタルって俺は嫌いだ。売店で電池買ってこい」

 したり顔の大五郎。


 すかさず佳代子はバッグからアダプターをかほりに渡す。

「かあちゃん、ありがと~」


「浴衣に着替えんべえ」

「盆踊り?」と初体験の華蓮には的外れな言い方だ。

 大五郎はうんちくを語る。

「盆踊りじゃねえ。これはな日本古来からのパジャマだ」

「パジャマ~?」

「日本古来の伝統、格式だぞ、第一これにはだな……」

「あんた、それくらいにしなよ。華蓮じゃ理解できないわ」

 大五郎、口をとがらす。「てやんでえべらんめえ」


 その点、かほりは着こなすが――


「おいっ、かほり、帯、蝶結びにすんじゃねえっ」

「だって長いんだもん」

「見てろ。こうやってぐるぐるっとまいてな、端は帯の中に収めんだ」

「せっかく可愛く出来たのに……こう?」

「じれってえな、こっち来い」

 直してもらうが、かほりは振り向く。


「とうちゃん……尻触ったな」



 佐野家では、これをのちに「浴衣騒動」として長く伝えられるようになった――



「わ~い」

 キャッキャと言いながら走り回る華蓮。かほりも混ざって追いかけっこが始まった。

「走るなっ……裾が乱れるっ……当家のお嬢がみっともないぞっ」

 佳代子はお茶を注ぐ。

 呑む大五郎。

「昔は中居さんが淹れてくれたんだぜ」

「いつの時代のこと言ってんのさ。いまはセルフサービスだよ」

 お盆の上にある茶菓を見る大五郎。最中のようだ。

「甘い~美味し~」とはしゃぐ姉妹。


 しかし――

 あんこ職人の目が光る。


 つまみ上げ半分に割ると、大五郎の一言。

「渋皮が取れてねえ」

 半分を口にする。ゆっくりと味わうが……

「悪かぁねぇが……甘すぎる……もうちょいだな」



 完全な職業病である。



「さあ、風呂だ風呂だ」

 やな予感がする女子連中。

 家族風呂に入ると、案の定、大五郎は目の前ですっぽんぽんになる。

「あんた、うちじゃないんだから……やめて」

「何いってんだ、先に入るからおまえたちも来い」

「とうちゃん」とかほり。

 ガラリと引き戸を開けようとした大五郎の手が止まる。

「ちゃんと洗ってから入って」

「お……おうよ。それが、しきたりってもんだ」

 あいかわらず、ちぐはぐな受け答えだ。


「いや~、いい風呂だったな。これぞ、ザ・温泉。こうでなくっちゃ」

 一人悦に入る大五郎。

「でも熱かったよ」とかほり。

「熱いのが良いんでえ」

 ごろりと大の字になった大五郎は、そのうちウトウトし始めた。


 ガシャン――


「ん?」

 何やら大きな音がして大五郎は目を覚ました。

 音の方向を見ると敷居の障子が破れている。

 華蓮が言う。

「とうちゃん、ごめん。破っちゃった……」

「おめえって奴はよぉ。怪我ねえか?」


 フロントで大五郎と佳代子、華蓮が謝っている。

「お怪我なくてなによりです……修理しにお伺いします」

「それじゃあ申し訳ねえ。障子紙と糊、貸してもらえば、こっちでちょいちょいっと、やっちまいまさあ」

「いや、そんな……お客様……」


 半ば強引に受け取り、手際よく障子を直す大五郎。

 チョイさんの独壇場だ。

「これはまた、綺麗に」

 素人にしては上出来だ。副支配人が来てびっくりする。

「お詫びの印だ、お代はいらねえよ、じゃな」

「それではなんですから、舟盛りをお作りします」


 注文していない舟盛りが夕食を飾り、一気に豪華になった。

「これ、すごい」

「写真撮る~」 

 姉妹は大喜びだ。

「ちょっとあんた、悪いじゃない?」



 ――結局、旅館にとって損したのか得したのか?



 夕食後、大五郎は早々に高いびきだ。

「うるさいなあ」

 かほりの声に佳代子は言う。

「普段忙しい人だから、今日は勘弁して」

 そう言うと佳代子は布団をひっかぶった。


 こうしてこの日は終わったが、翌日午前四時すぎ、大五郎の目がパカっと開いた。

 目覚ましがなくても、目が覚めてしまうのも職業病だ。

 しばらくまんじりともせず座っていた大五郎だが、我慢できずみんなを起こす。

「朝飯前のひとっ風呂だ」

「やだあ眠いよう」と華蓮。

「家族風呂はもういいよ」と、かほり。

「今度は別々だ。ただっ広さに驚くな」

 渋々風呂場に行くが、姉妹にとってその広さには目を回しそうだ。

「ちょっと華蓮、泳ぐところじゃないよっ」

 佳代子は怒鳴るが「温泉プール温泉プール」と言ってきかない。

「平泳ぎ~」

 そこへ、おばあさんが入ってきて、泳ぐ華蓮を見て驚く。

「ちょっと、どういう教育してんですかねっ」

「すみません、止めさせます。華蓮っ華蓮っ」

 華蓮を追いかけた佳代子の足が滑り、浴槽に……ドボン。


 朝食後はタクシーを呼び、熱海の街に入る。

「ホレ、これが貫一お宮の像だ」

「なにこれ?」

 姉妹にはピンとこない。

 ここぞとばかり鼻高々に喋る大五郎。

「金色夜叉って小説で、結婚寸前の貫一とお宮の二人がな、お宮の心変わりに激怒してな、熱海の海岸でお宮が貫一を蹴り飛ばす有名なシーンをビジュアル化したのがこの像だ」

「ふーん。それで?」

「来年の今月今夜、おいらの涙で月を曇らせるってな。この名場面が泣かせるんだ……おい、佳代子なんだよ、せっかく名場面が……」

「あんたの話、逆」

「……」


 熱海銀座を散策するチョイさん一家。

「いかめんちだって」と華蓮。早速検索するかほり。「おいしそうだよ」

「干物、すごいある~」

「熱海は干物の産地だって」

 歩きながら難しい顔をする大五郎がとうとう癇癪を起こした。

「かほり、タブレットやめや。せっかくの情緒が台無しだ」

「情緒、台無しって?」

 不思議に思う華蓮だった。

「華蓮にゃ難しいか……」


 お昼になり海鮮丼を食べようという話になったが、どこもかしこも満席だ。

 さんざん探しまくったが、結局、洋食屋さんのオムライスになった……


 海岸で遊び、くたくたになった四人はタクシーを拾って宿に帰ることにした。


 宿屋の夕食――

「ねえ、舟盛りないの?」とかほり。

 昨日の豪華さに比べると少々しょぼいように感じたかほり。

 大五郎は苦笑いした。

「昨日は特別だ」

 かほりは華蓮に言う。

「障子、破ってきな」



 かくして二泊三日の熱海旅行は、終焉を迎えようとした。


「さあ帰りは東海道でゆっくりと帰るぞ」

 旅の締めくくりは東海道線。

 時間はかかるが新幹線より安いはず、と大五郎は計算した。



 間違ってはいないが横浜駅で下車する予定が、旅のはしゃぎすぎで四人とも寝入ってしまい、気がついたら終点・東京駅だった……



※本作は、執筆における誤字脱字の校正および構成の補助として、AIツールを利用しておりますが、物語の核となるプロットや描写は作者自身の手によるものです。


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