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Youtuberの旅行オタクと方向音痴の魔法少女  作者: エアポート快特
第七章

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七章閑話

意識が浮上する感覚は、ひどく久しぶりのものだった。


瞼の裏に感じるのは、闇ではなく、淡い緑色の光。

温かく、脈打つように明滅するその光は、傷ついた肉体の奥深くにまで、じんわりと染み渡っていく。


(――回復魔法、か)


ファーベルは、ゆっくりと目を開いた。

そこは、荒れ果てた岩肌がむき出しになった、名もない洞穴の中だった。人間界にも、魔界の中枢にも属さない、狭間の空間。


「――気が付いた?」


声の主は、傍らに膝をつき、両手をファーベルの胸元にかざしていた。

淡い光を纏うその手は、幼さの残る少年――そらのものだった。


「……スカイ」

「うん」


そらは、小さく頷いた。

その顔には、隠しきれない疲労と、それでも滲む安堵が浮かんでいた。


「新宿から、ここまで運ぶだけで、精一杯だった。回復魔法だって、本当は僕には向いてない。……間に合って、よかった」


ファーベルは、ゆっくりと自分の胸元に触れた。

あの一撃の感触が、まだそこに残っている気がした。


「……不思議なものだな」

「何が?」

「これほどまでに、何かに"驚かされた"のは、随分と久しぶりだった――と思ってな」


そらは何も言わず、ただ小さく笑った。


ファーベルは、洞穴の天井、その先にあるはずの、見えない空を見上げた。

そうしていると、ふと、遠い記憶が、脳裏に浮かび上がってくる。



ファーベルには、生まれつきの純粋な悪魔だ。

生まれながらにして、魔界の最深部――光の届かぬ書庫の奥で、目を覚ました。

そこには、誰が集めたとも知れない書物と、朽ちかけた実験器具だけが、静かに積み上げられていたのが、彼の最初の記憶である。

生粋の悪魔。

生まれついての、学者。

なぜ自分がそう在るのか、理由を考えたことは、一度もなかった。

ただ、物心ついた時には、あらゆる事象の"仕組み"を知りたいという渇望だけが、体の芯に据えられていた。

魔力の流れ、生命の構造、そして――秩序と混沌が交わる、その境界。

とりわけ、彼の関心を強く引いたのは、人間界だった。

秩序で塗り固められた人間の社会が、ひとたび混沌に呑まれた時、その先に何が形成されるのか。

絶望の底で、人間は何を選び、何を生み出すのか。

それは、魔界のどの書物にも記されていない、未知の実験だった。


ファーベルは、それを追いかけた。

ただ、それだけだった。


だがいつからか、その背には自然と人影が増えていった。

人間界に恨みを抱く者。

魔界で成り上がりたい者。

行き場を失った者たち。

誰に呼びかけたわけでもないのに、彼らは、ファーベルの追い求める"実験"の中に、自分自身の望みを重ね、集まってきた。


――利用されている、と思ったことはない。

むしろ彼らもまた、ファーベルにとっては興味深い変数の一つに過ぎなかった。


そんな彼の前に現れたのが、幼く、力に怯え泣いていた、一人の少年だった。


「――ありがとう、そら」


不意に告げられた言葉に、そらは目を丸くした。


「え……?」

「最後まで、ついてきてくれた。礼を言うのが、随分と、遅くなったな」


そらはしばらく、言葉を探すように黙り込んでいた。

やがて俯いたまま、小さく首を振る。


「……礼なんていらないよ。だって僕には、他に行く場所なんてなかったから」

「そうか」


ファーベルは、ゆっくりと体を起こした。

傷はまだ完全には塞がっていない。

だが、立てないほどではなかった。


「新宿での一件は、私の見誤りだった。人間の世界を、本当の意味では知らなかったんだな」


そう呟いた声には、悔いよりも、むしろ、どこか楽しげな響きが滲んでいた。


「今度は、どうするの?」

「決まっているさ」


ファーベルは洞穴の奥、闇の向こうへと視線を向けた。


「あの世界だけが全てではない。混沌が形作るものが、一つとは限らないようにな。……いくつもの並行世界を巡り、この目で確かめに行くとしよう」

「僕も一緒に?」

「無論だ」


ファーベルはそこで初めて、僅かに口の端を上げた。


「お前は、私の最も興味深い"実験"の一つだ。最後まで見届けてもらわねば困る」


そらは少しだけ泣きそうな顔をして、それから確かに頷いた。


「――うん」


二人の姿が闇の奥へと溶けていく。

新宿に残された者たちの物語とは、別の場所で。

ファーベルとそら――スカイの物語は、まだ終わっていなかった。

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