14. 僕は女子柔道部員に捕まってしまう……
「武道場には、掃除の時しか、行かないよ」
「そうですか……。あそこって女子柔道部の更衣室なんです」
「そ、そうなんだ。知らなかった」
やばい。声がうわずってる。落ち着け……。
「今朝、男子が覗こうとしてたんです」
「……?!」
「で、今朝から犯人を捜しているんです」
すげえ。さすが体育会系。よく自分達で犯人捜ししようなんて発想が出てくるな。
「危ないからやめた方がいいよ」
「大丈夫です。私、強いですし。全中女子の個人四〇キロ制覇してます」
全中女子というのはよく分からないけど、四〇キロって階級だよね?
体重が四〇キロって……コト?!
女子の体重なんて知らんけど、さすがに軽すぎるのでは?
あ、いや、Vが運動系のゲーム実況で、体重バレするときは四〇キロ台だから、普通なのか?
さっき激突したとき、僕の方が負けていたから、パワーは強いのか?
でも――。
「囲まれたら、危ないと思う」
「大丈夫です。先輩達も犯人を捜しているから、大声で叫べば助けに来てくれます」
「あ。そうなんだ……。柔道部って何人くらいいるの?」
「五人です」
「なるほど……。相手が男子でも五対四なら勝てるのか……?」
「……あれ。おかしいですね。私、覗きが男子だなんてひとことも言ってませんよ?」
「誘導尋問下手くそすぎん?! 普通、女子更衣室を覗くのは男子だよね?! それに、『男子が覗いてた』って言ってたでしょ?」
あ。やべ。ちょっと、微圧を込めて突っこんでしまった。
「女子だって女子の着替えに興味ありますよ」
その話、詳しく……!
僕達はゴミ捨て場についたので、ゴミを放りこむ。
「……あっ! そうだ! 先輩、これ、落としました?」
女子はポケットから何かを取りだして僕の方に差しだしてくる。
それは今朝生徒手帳に挟んできたVTuberカードのメロン艦長だ。
さっき女子とぶつかったときに落としてしまったらしい。
しかし「アニメのカードを学校に持ってくるなんてキモーい」と言われたらどうしよう。
いや、何も恐れるな。メロン艦長を恥じるな。
「うん。僕の」
「メロン艦長、いいですよね」
「……!」
カードのイラストを見て、これがメロン艦長だと分かったということは、この子は乗組員?
いや、待て。乗組員といっても、ライト層の新兵かもしれない。
裏面の文字を読んだだけの可能性もある。
それに、メロン艦長は業界トップクラスの知名度を誇るから、VTuberに興味がない人でも名前を知っているかも……。
「私、船室紹介コーナーに投稿して、配信で紹介されたことあるんですよ」
「マ?!」
「はい。中学の時に『中学生のメスです。明日、柔道の試合があります。応援してください』ってコメントしたら『頑張れっ。柔道強い人って整体師とかなるよね。いつか私の体、気持ち良くしてね』って言ってくれたんです。優勝しました」
「自分のことメスって言うな……!」
いや、というか、このノリ、こいつは本物の乗組員だ。
「……メンシ、入ってる?」
「軍曹です」
女子は自慢げに言う。
メロン艦長のチャンネルのメンバーシップは、加入期間によって軍隊風の階級が与えられる。
二等兵から始まり、一等兵、軍曹という順に昇級していく。軍曹なら、二年以上メンバーシップに入っているはずだ。
「うわっ。マジでJK乗組員なんて実在したんだ……。艦長のファンって、おっさんしかいないと思ってた。たまに『女性ファンもいるんよ』って言ってるけど絶対嘘だと思ってた。男の僕でも艦長の歌枠とか九割分からないんだけど、分かる?」
「先輩、めっちゃ早口になってる」
女子との会話に緊張していることがバレバレで恥ずかしいけど、僕は胸を張り、可能な限り偉そうに言う。
「私は上官だよ。口の利き方に気をつけたまえ」
「上官?!」
「私は大尉だよ」
「大尉ッ! 最古参の乗組員じゃないですか。失礼しました! どうぞ、これをお受け取りください」
「うむ。確かに受けとった」
僕は、カードを受けとり胸ポケットにしまった。
別にファンの間に上下はないけど、艦長のコメント欄ではこんな感じでふざけて上官と部下みたいな関係で交流することがある。そのノリを持ちこめば、もう、僕がこの女子に緊張する理由などない。
ありがとう。艦長。
艦長の配信を聞いていた御利益で女子と仲良くお喋りできました。
僕達はゴミ捨て場から数メートルほど離れた倉庫に、掃除道具を片づけに向かう。
学校でも艦内でも先輩の僕は、精神的圧倒的優位に立ったはずだが、次の瞬間、背中に冷たい物を感じる。
「先輩。私がさっきのカードを拾ったの、実は朝です」
「朝?」
「先輩、朝、女子柔道部の更衣室の横に来ていましたよね?」
くそっ、はめられた!
カードは掃除中ではなく、不良にしがみついたときに落としていたんだ。
僕は女子に誘導されて、今朝あの場にいたことを自らバラしてしまった。
なんか、ヤバい流れだぞ。
掃除道具を片づけ終えた僕は、口を閉ざしたまま、昇降口に向かって歩きだす。
後輩女子も目的地は同じだから、僕の横にピッタリくっついてついてくる。
ヤバい。この距離、さっきは友達の距離だと思ったけど、違う。
これは犯人を逃がさない警察の距離だ……!
無言の緊張に耐えきれなくなった僕は、自ら話しだす。
「い、いつも同じ場所を掃除しているから……。カードは昨日、落とした……」
「さっき私が『犯人を捜している』って言った時、先輩は『囲まれたら危ない』とか『女子でも五人いれば不良四人に勝てる』とか言ってましたけど、おかしくないですか? なんで犯人が四人だって知ってるんですか?」
「……ッ!」
こいつ、柔道女子のくせに(偏見ごめん)知略タイプだ!
僕は少しでもこの会話――いや、既に尋問になっているかもしれない――から逃げたくて加速する。
ガッ!
僕は三叉路を直進して昇降口の方に戻りたいんだけど、後輩女子が肩で僕の二の腕を押し、強制的に進行方向を右に変える。
小柄なのに、なんてパワーだ!
太ももにロードローラー、巻いてんの?!
抵抗して密着するわけにもいかない僕は、武道場の方へ誘導される。
「こっちです」
後輩女子の笑顔が逆に怖い。
僕は導かれるがまま、武道場に入る。
階段を上って左に曲がり短い廊下を少し進んだ。
「どうぞ。入ってください。さっきメッセージを送ったから既に先輩達も待っているはずです」
「……」
入れって言われても、女子更衣室の気がするんだけど。
人目に付かないところでボコられるんだろうか……。
うちの高校は帰りのショートホームルームが終わったら掃除の時間になり、掃除が終わったら部活に行くか帰宅する。だから、もう教室に生徒全員が集まることはない。僕が掃除から帰らなかったとしても、誰も気にしない。
僕は背中を押されて、女子更衣室に強制的に入室させられた。
ボコられるのは怖いし、この場を写真に撮られたら人生終了だ。
中入った瞬間、終わったわ……。
ピッピ、プピピー、プピピー、プピピー……。
頭の中に間抜けなリコーダー音が聞こえてくる。
けど、恐怖で瞼を閉じた僕に聞こえてくるのは、予想外の明るい言葉。
「お。来たな。君かー。ありがとー」
……?
なんか歓迎ムードの声?




