13. 掃除していたら、アトリエで錬金術をしてそうな太もも女子から話しかけられたんだが……
里中パイセンの呼びだし放送を聞き終えた僕はガッツポーズをし、心の中で拍手喝采、草を生やした。大草原。
(あー。エモート(感情表現のための動作)出せないかな。嬉しいときのダンスを踊りてえ)
……!
(出た! エモートって念じたら感情リストが出た! よし『喜び』を選択だ!)
うぇっへーい!
僕は片脚立ちになり、腕と腰を振る。脚を入れ替え、また腕と腰を振る。
(うぇっへーい。楽しー!)
ガサッ。
背後で音がした。やべっ。人が来た?
僕はダンスをキャンセル――できねえ。
(どうやって中断するの、これ!)
僕はもう一セット腕と腰を振ってから、ようやく止まった。
(……さっきの物音は気のせいだよな。誰も見ていないよな?)
そっと首だけ振り返ると武道場の角に女子生徒が立っていた。角の向こうの死角になる位置からやってきたようだ。
あ……。掃除場所が隣だから、たまに見かける人だ。
手にはちりとりを持っているから、ゴミ捨て場に向かう途中だろうか。
女子はじろっと僕を見てくる。踊っていたから不審がられた?
僕は顔を背け、その場から去ろうとする。
だが――。
「ねえ」
呼び止められてしまった。
落ち着け。僕は何も悪いことはしていない。ひとけのないところで踊っていて、ちょっと怪しいだけだ。
すっ……。
僕は女子に向かって手を伸ばす。
ゴミと掃除用具を僕が受けとったら、この子は去ってくれるだろう。
「え、なに」
女子は一歩下がった。
しまった。誤解を与える行動だったか。
「あ、いや……。ゴミ捨ててきます。ちりとりは片づけるから」
「ありがとう。でも、いいです」
「あ、はい」
警戒するような、突き放すような、ツンとした返事だった。
小柄で、髪が肩まで届かないボーイッシュな子だ。実家が古武術の道場で、兄が三人くらいいそうな雰囲気してる。
気まずいから僕は早々に背を向け、ゴミ捨て場に向かう。
ゴミ捨て場は高校の敷地の端にあるから、少し遠い。
「ねえ」
どうやら先程の女子がついてきているようだ。方向が同じだからしょうがないか。
「ねえ」
誰かに話しかけているようだけど、無視されているようだ。
「ねえって!」
女子が僕の横を通り過ぎて、いきなりターンして正面に立ち塞がった。
「危なッ!」
ドンッ!
急に立ち止まれない僕はそのまま女子と激突する。
体格差が大きいから僕は女子を吹っ飛ばしてしま――。
「どうだ!」
「え?」
僕の体は女子に真正面から受け止められてしまっていた。
女子は腰に手を当てていて、軽くふんぞり返っている。
何に対して『どうだ!』なのか分からないが、怪我をさせなくて良かった。
それはそうと、正面からの激突だから、胸が思いっきり当たっていたと思うんだけど、この子は平気なんだろうか……。見た感じ凹凸が少ない体型だから、当たってはいなかったのだろうか。
それよりも……。
「ごめん」
女子がちりとりを手放していたため、地面にゴミが散らばっていた。
僕は自分のちりとりと箒でゴミを集める。
「あ! それはこっちがごめんなさい! 悪いのは私です!」
女子も箒とちりとりでゴミを回収し始めた。
声がハキハキ大きく、動きがキビキビしている。やけに元気な子だな。
僕は女子に背を向け、離れた位置に転がっていたゴミを集める。
「でも、無視した先輩も少し悪いので、引き分けですから!」
引き分け?
何かしらの勝負がいつの間にか発生していたのか。
あと、先輩って呼んできたってことは、この子は一年生か。
「えっと、無視したわけじゃなく、僕が話しかけられているとは思わなくて……」
「周りに人いませんよ」
「確かに(クリームコロッケ)」
「え? 何か言いました?」
「なんにも……」
「なんだかお腹がすいてきたんですけど、食べ物の話しませんでした?」
「してない(ンドカレー)」
「……? やっぱり何か、お腹がすきそうなこと言ってません?」
「言ってない……」
仮に超小声が聞こえていたとしても、それでお腹をすかせるのはどうかと思う。
僕は竹箒を短く持って掃き、ちりとりと一緒にゆっくり後退しながらゴミ回収を続ける。
「あの、ですね」
「なんでしょう」
「あれ? なんで敬語なんですか? 武道場周りの掃除してるのって一年と二年のA組ですよね? 私が一年生の担当だから、先輩は二年生ですよね?」
「あ。はい……。二年A組です」
「じゃあ、先輩ですよね? だったら私に敬語はおかしいですよね」
「あ、はい」
上級生とか下級生とか、そういうの関係なく、単に妹以外の女子との会話が苦手なだけなんだが。
ドンッ!
「うわっ」
お尻に何かが当たり、前傾姿勢で掃除していて僕は、転倒してしまう。
「ごっ! ごめんなさい!」
慌てて謝ってくるということは、どうやら僕がぶつかったのはこの女子らしい。
向こうも掃除していて僕が見えていなかったようだ。お互いに背を向けて掃除しながらさがっていき激突したっぽい。セクハラの怖れがあるから、どことどこがぶつかったのかは気にしないでおこう。
女子が僕の頭の方に移動してきた。
「大丈夫ですか?」
「うん」
太ももふっと!
目線が下がったから見えたんだけど、この子の太もも、アトリエで錬金術していそうというか、胴体くらいありそうというか。
え。待って。僕は倒れたのに、女子は平然と立ったまま?
……なんか、さっきからこの後輩ちゃん、強くね?
僕は小学校や中学校時代に「オタクなのに脚が速くてキモい」とか「陰キャなのに泳ぎが上手くて草」とか言われたことがあることからも明らかなように、運動神経は悪くない。むしろ、いいまである。
高校に入ってからは、クラスの陽キャに目をつけられないように、学校行事や体育では力をセーブしているくらいだ。
イキりでも誇張でもなんでもなく、二リットルのペットボトルが六本入った段ボール箱を三段重ねにしても余裕の「よっ!」で運ぶパワーがある。引っ越しの短期アルバイトをした時に、社員から「パワーあるなお前。冷蔵庫やテレビ頼むわ!」と褒められ頼られたこともある。
カテゴライズするなら、僕はパワー系のオタクだ。
それに、身長体重は平均くらいある。
だから、身長が平均以下の後輩女子とぶつかって、一方的に吹っ飛ばされるのは、なんかおかしくない?
スッ。
女子が手を伸ばしてきた。
(……なんだ、この手は。まるで、立ち上がるのを手伝うから、掴まってくださいとでも言いたげな……)
僕は女子の手を取らず、独りで立ちあがる。
いや、まあ、女子に触れるは恥ずかしいよ。
手の行き場に困ったのか、女子は左手で僕の右手首を掴み、右手で僕の手の平をはたいてきた。同じように左手もとられ、はたかれた。
埃を落としてくれたらしいけど、いきなり女子に手を触られてしまった僕は、軽く行動不能に陥る。
その間に女子は姿勢を低くし、僕の膝もはたいた。
既に分かってしまった。この子は優しい良い子だ。
まずい。僕は女子に免疫がなさ過ぎるから、たったこれだけのことでも、好きになってしまう。それが態度に出たら気持ち悪がられる。
「痛いところないですか?」
「うん。それはそうと僕のキモさが滲み出てしまう前に離れてくれ。君みたいな性格の良さそうな子からは嫌われたくないんだ」
やっちまったー。キモいこと口走ってしまったー。
「え? 先輩キモいんですか? 大丈夫ですか? 保健室に行きますか?」
めっちゃ良い子じゃないか。キモいの意味を誤解して心配してきたぞ。
「遠慮なく言ってください。上級生に怪我させたなんて知られたら、私が先輩に怒られちゃいます」
「あ、うん。平気」
やけに先輩後輩の上下関係を意識しているしパワーもあるから、この子は体育会系の運動部っぽい。
掃除の時間は有限だから、僕は箒とちりとりを手に取り、ゴミ捨て場を目指す。
後輩女子は僕の真横を歩く。親しくなるイベントなんて発生していないと思うけど、友達の距離に来られてしまった。
「ねえ、先輩」
「はい……」
「今朝、武道場に居ました? さっき先輩が掃除していた辺りです」
「……?!」
なんでそんなことを聞くんだ。
ま、まさか、この子は今朝の犯人を捜している?
僕が痴漢一派だと思われてる?!
窓が開いたときに僕は這いつくばっていたし、背を向けたまま立ち去ったから、女子更衣室側からは僕の顔は見えなかったと思うけど……。
あとがき
本作とは関係ないですけど、VTuberを題材にした電子書籍を出しています。
よろしければ読んでみてください。
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