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felice〜彼氏なしアラサーですがバーテンダーと同居しています〜  作者: 櫻井 妃奈乃
第六夜 二度目のプロポーズ
26/35

あれから二ヶ月、梅雨の雨が滴る夜のことだった。


午前0時、バーホワイトにて。

バーテンダーをしていた圭の下に、見慣れぬ客が二人訪れた。


「いらっしゃいませ。」

「俺、ウォッカロックで。柴田は?」

「俺は…炭酸水でもいいですか?」


後者はもう既にかなりお酒を飲んでいるらしく、目が虚ろであった。

前者の方はまだしっかりとしていて、端正な顔立ちに身長が高く人目を引く容貌をしていた。


「お店、初めてですよね。」

「あぁ。出張で来ているんだ。」

「そうですか。」


圭はハイブランドの黒いスーツに身を包んでいる姿を見て、お堅い職を持っているだろうことを感じた。

しかしその風貌とは逆に、端正な顔立ちをした青年は人懐こく砕けるように圭に話しかけた。


「東京から来ました。この街に来るのは初めてです。聞いていたほど、都会でした。」

「知り合いがいるんですか?」

「元カノが生まれ育った街です。」


青年はそう言うと、お酒を次々と飲みながら、その元カノの話を圭に語った。

ちなみに相棒はもう酒を飲む体力もなく、テーブルの上に肘をつきいびきをかいて寝ていた。


青年は同じ職場で元カノと出会った。

高校時代に親を亡くし懸命に生きていた青年と、地元を離れ一人上京した元カノは寂しさを埋め合うかのように付き合い同棲していた。

仕事にやりがいを持ち何事にも一生懸命な元カノを心底愛し、お互いの仕事が落ち着いた頃にプロポーズをした。

しかし元カノから断られ、理由も聞くことのないまま地元に帰ってしまったのである。


「先月元カノから、別れてから初めて連絡が来て。明日会う約束をしてるんです。」

「明日…ですか。」


圭は昔陽菜に出会った頃聞かされた過去に類似した青年の話にデジャブを感じていた。

しかしもし青年が本物の陽菜の元カレでも、自分と陽菜の関係を明かすことはしたくなかった。


「元カノのことは、今でも好きなんですか?」


圭はつい興味本音で余計なことを聞いてしまった。

その問いに青年は戸惑うことなく告げた。


「はい。別れてか二年になりますが、ひとときも忘れたことはありません。またやり直せないかと、明日は説得するつもりでいます。」

「そうですか。」

「バーテンダーさんは、応援はしてくれないのですか?」


青年がいたずらに笑いながら言った言葉に、圭は動揺し大きな目をぱちくりと瞬きした。


「似たような話を知っているので、ちょっと戸惑ってしまって。知ってる人も元カレがいるんですが、まだちゃんと別れを言っていないんです。」

「バーテンダーさんはその人のこと、好きなんですね?」

「…はい。」

「それは微妙な話を俺はしちゃいましたね。私達はライバルだ。」


青年はそう言うと腹を抱えて笑った。

客相手に本気になるのは圭も初めてで、罰の悪い顔をした。

そしてそれが真実だと分かるのに、時間はかからなかった。



翌日、昼過ぎに圭が目を覚めてリビングに行くと陽菜が出かける支度をしていた。

陽菜は鏡を見ながらピアスをつけていたが、どこか落ち着かない雰囲気があった。


「友達と遊びに行くの?」

「実は…元カレがこの街に来てて。ちょっと話に行くんだよね。」


圭は目が見開き、昨日の青年とのやりとりを思い出した。

しかしまさかそんな偶然ったらないだろう。


出かけるためにおしゃれをした陽菜は綺麗で、そんな姿を元カレに見せたくないと圭は思った。

しかし自分はそんなことを言える立場ではない。


「早く帰ってきてね。」

「ん?圭、今日も夜仕事だよね?」

「いや、夕方から雨みたいだから。」


自分の向ける気持ちに鈍感すぎる陽菜を相手に、圭は不機嫌そうにそう言った。


そしてもし陽菜がちゃんと元カレにけじめをつけて帰ってきたのであれば、そろそろ自分の気持ちを伝えようと思っていた。

居心地の良い関係も捨てがたいが、母の命日での父との一件から、一年半になった片思いに終止符を打つ勇気を圭は出そうとしていた。


「気をつけて行ってきてね。そして必ず帰ってきて。」

「どうしたの?圭。なんか今日おか…。」


困惑した陽菜の言葉が最後まで言い終わる前に、圭は陽菜のことを後ろから強く抱きしめた。

まだ言葉は言うつもりはなかったが、行動は抑えることができなかった。


「元カレに取られたら辛いな、俺。」

「圭…。大丈夫だよ。」


陽菜は落ち着いた声でそう言うと、振り返り圭の頭を撫でた。

圭はまるで捨て猫のようで、泣きそうな顔をしていたのであった。


「ちゃんと帰ってくるからね。行ってきます。」


そう言って陽菜が家を出て行ってからもしばらく、圭は陽菜を抱きしめた温もりを感じて動けなかった。

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