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亜人が居た町(3)

 政所を出て宿へ向かう。ヴェルムが提案したそこは、東方大陸での亜人排斥が強まる以前からある老舗であり、ハイズの言うにはダンザムより亜人を締め出す前から代替わりもしていない、亜人に対して多少の免疫はあるはずだと。


 外に出てからも、ヴェルムはなお神経を逆立てたままである。何も語らぬまま、ナターシャとセレンの一歩先を導いていた。


 ナターシャは絶壁のごとくそびえる背中を見ながら、小さくため息をついた。


「ねえ、あんたさ。気持ちはわかるけど、あんまりとげとげしないでよ。繊細な問題なんでしょ? ここで喧嘩売って全部ご破算になったらどうすんの」

「破算になるのはどっちの意味でだ」

「両方よ。この任務も、あんたたち東方亜人の存亡も」


 それから少し間をおいて、ヴェルムが浅く振り向いた。真剣な顔をしている。発したのは一言、すまない、と。


 だが足取りは変わらない。幅広くとられた通りの真ん中を、生来の大股で歩いて行く。たまに馬車が来たら避けるくらいで、姿を隠すことなどしない堂々としたものだ。本人にそのつもりがなくとも、体躯や面構えからして周りを威嚇しているようになってしまう。


 もちろん、ダンザムの人間たちはいい顔をしない。巡察をする灰色の治安兵から、こじゃれた格好で店番をする女、通りかかりの馬車の御者も、はてには昼間から飲んだくれている荒くれものまで、誰もがヴェルムの鮮烈な赤い肌を見るなり緊張をあらわにする。幸いにも罵詈雑言を直接浴びせてくる人間はまだ居ないが、出会ってしまうのも時間の問題かもしれない。


 山岳病とは違う意味で、頭が痛い。ナターシャはこめかみを覆うように右手をやった。


 そこへ、ヴェルムが背を向けたまま尋ねてきた。


「ナターシャ、おまえはどう思った」

「どうって、なにが」

「この町だ。見て、歩いて、どう思う」


 ふむ、とナターシャは改めてあたりを見渡した。


 まず思うのは大きな町だということ。ナコラ港が中央諸島有数の栄えた町であるのだが、ダンザムに比べてしまうとなんと窮屈なことか。認識が改めさせられた。


 街並みからは歴史深さを感じさせられる。すすけた石と漆喰の建物がならび、新しく建てられた家があると浮いて見えるほど。


 特徴的だと思ったのは、通り沿いにちょっとした広場が数多く設けられていることか。はじめはただの空き地だと思ったのだが、ところによって長椅子が設置してあったり、露店が広げてあったり、どうやら意図的に作られた空間らしいとわかった。


 見る限りでは住民たちの暮らしにも変わったところはない。町全体が荒んでいるとか、圧制が敷かれているとか、経済的に困窮しているとか、そういった不自由はなさそうだ。かといって、特別豊かで華々しいといった雰囲気でもない。


 ただ時折、破壊された建造物や、火災が起こった痕跡がある。いずれも新しいものだった。先日バダ・クライカが檄文につられて蜂起した、その時かぶった戦火だろう。とはいえダンザム住民には慣れたものなのか、一々気にかけて嘆き慄くような姿は見られなかった。修復する方も手慣れた工事を行っている。


 そして、あれこれと観察した総括の感想はというと。


「普通の町よ。悪いところは別にないけど、いいところも特別ない。悪いけど、あんまりおもしろくはないわね」


 聞いたヴェルムは、そうか、と一言発した。


 それから数歩おいてから、彼は重々しく口を開いた。


「昔はおもしろい町だったよ。こんな風じゃなかった。交易都市の名にふさわしく旅商人が大勢出入りして、店屋も山ほどあった。昼も夜も賑やかで、活気があったんだ。この町に亜人が居て、ヘルデオムとの交流があったころは、な」


 亜人が居た町、ダンザム。東方大陸北部の街道で最もヘルデオムに近づくこの土地は、亜人たちの知識技術の取り込みと文化交流ありきで発展したのである。


 翼をもつ者、地下に住まう者、亜人たちは人間とはまったく異なる文化を持っている。その能力は人間たちから重宝されたし、物珍しい生産物は旅商人たちが高値で取引した。


 逆に亜人たちも、人間の知恵や創意工夫、社会の仕組みなどに感心し、積極的に交流をはかっていたという。ヴェルムも幼き頃にダンザムへ連れてこられ、人間の言葉や生活習慣などを学ばされた。


 確かに当時も亜人の力が悲劇を起こすことはあった。人間と地力が違うから、意図せぬところで事故が起こったり、ちょっとした喧嘩がさながら戦争になったり。だが、亜人たちが自浄作用を働かせ、人間側でもアビリスタの寄り合い――俗にいう異能者ギルドを形成し、自警団的に活動するなどで均衡をとっていた。少なくとも、どちらかがどちらかを排斥しようとする動きはなかった。


 ブロケード=ロクシアとライゾット=ソラー、両名が現れるまでは。


「正直、誰もが最初あいつらのことを舐めていたんだと思う。中央の、しかも軍人あがりの若造二人がどれだけ威勢のいいことを言ったところで、そう簡単に情勢がひっくり返るはずがない。亜人から利を得ている政治家も大勢いたわけだから、反感を食らってすぐ粛清されるに決まっている、とな」

「だけど実際はあっという間に蹂躙された。どうして? 亜人の方が強いんだから、暴動起こすとか暗殺するとか、色々あったはずなのに」

「もちろん起こした連中は居る。だが、上手くいかなかったんだ。腹立つことに、あいつらは亜人のことを誰よりも理解している。人間とどこが違って、なにができてなにができないか。どうすれば怒り、どうすれば喜ぶか。弱みはどこにあるか。全部把握したうえで、強硬手段も辞さずに狡猾に立ち回った」


 まるで手段を選ばない、誰もがためらうことも平然とやってのける。政府の法を盾にして、人外の存在自体が罪なのだと問答無用で捕え切り捨てる。そんな亜人や異能をかばう人間も同罪だと、初期には数多くが処刑された。誰しも自分の身がかわいいから、表だって味方する人間はすぐに居なくなった。


 もちろん不当な目に遭わせられる異端者たちは反発する。だが、それで暴れようものなら、それこそ政府側の思う壺。そもそも差別政策を始めたのは、人ならざる力が危険であるからという理由なのだから。その脅威を目の当たりにすれば、世論が傾いて追い風となる。亜人にとってはこの上ない悪手だった。


 苛烈な政府の手を前にして、ダンザムに居た亜人たちの決断は色々だった。ヘルデオムに引っ込み、山岳に囲まれた地域のみを死守するを選ぶ。あるいは、まだ統一政府の力が弱い大陸の南部域へ逃れるか。北や南の大陸へ渡った者も多くいた。そして、町に残り徹底抗戦を選んだ人々も数多に。


 最終的に亜人の一切がこの町から消えた。町の栄華と共に。


「……こうして現実に見ちまうと、きついもんだな。もう二度とあの町に行くことはできないんだって」


 重苦しく呟いた男の背中は悲哀に満ちて、いっそ縮んで見えたのだった。



 ヴェルムの宿の選択は良采配だった。老いた経営者夫妻をおおいに驚かせたものの、おおむね好意的に歓迎され、特に障害なく宿泊する部屋を得られた。男女別で二室、亜人だからとて冷遇されることもなく、標準的な家具の揃った客室である。建屋や調度品は古びているが、清掃は行き届いていており十分な清潔感だった。


 時は日没前。少し半端な時間だが、宿に隣接する食堂で食事を摂った。芋を主食にして、辛味の強い野菜炒めや焼いた肉にチーズなど。ナターシャには馴染みのないメニューだったが、おいしく舌鼓を打った。


 腹が満たされたと共に、精神的な緊張が解けたのか。ここまでの疲れが一気に眠気となって現れた。ナターシャは宿に戻るなり、上着を脱ぎ捨ててベッドに潜りこんだのだった。


 そして、日が沈み、夜の帳が完全に降りた頃。ナターシャは自分のくしゃみで目を覚ました。


「……寒い」


 凍えるほどというわけではないが、普段いる島に比べるとだいぶ気温が低い。昼間はそこまで温度差を感じなかったのだが。


 のそりとベッドを抜け出て、椅子に引っかけてあった上着を羽織る。寝間着にするにはいささか堅苦しいが、これしかないから仕方ない。明日はどこかでゆったりとした夜間着を入手しよう、そんなことを考えた。


 そして、もう一度眠り直そうと身を反転して、気づいた。


 セレンが居ない。ナターシャが入眠する時には一緒に部屋に入ってきたのだが、どこにも姿がない。かすかに差し込む月明かりは空のベッドを照らすのみ。しかも、整えられたままで、寝た形跡が一切ない。


 ナターシャは呆れたように息を吐いた。また誰が頼んだわけでないのに、部屋の前で寝ずの番でもしているのだろう。ありがたい、が、今はそこまで求めていない。ここで休んでおかなければ、先にはもっと厳しい道のりが待っているのだし。


「変に真面目なんだから、もう」


 苦笑しながらひとりごちて、ナターシャは廊下へと顔をだした。


 しかし。左右を見渡す限り、誰も居ない。物音のしない夜闇が廊下を覆っている。


 すっとナターシャは真顔になった。眠れないから散歩に出かけたとか、閉所に気分を悪くして外へ出たとか、そういうふるまいはしないだろう娘だ。だったら、忽然と消えるのはいかなわけか。


 念のため、とヴェルムの部屋を訪ねてみる。真夜中だ、控えめのノックだけして、しばらく聞き耳を立てて反応を見る。


 だが誰の返事も動きもなかった。部屋の主は熟睡しているのだろうか。


 もう一度、戸を叩く。今度は密やかな声で呼びかけながら。


「ねえ、ヴェルム。起きて。セレンが居ないの……あれっ?」


 なにげなく取っ手に力をかけたら、扉が開いた。てっきり施錠してあるものだと思ったのだが。好都合である。


 ヴェルム、と静かに相方の名を呼びながらベッドに近づく。


 しかし。そこは、もぬけの殻であった。


 ナターシャの背中を涼やかな風がさっと撫でた。二人まとめて消えるなど、なにかが予期せぬことが起こった証。消える? いや、消されたのかもしれない。


 二人を探さなければ。ナターシャは一旦自室に戻り、魔砲を装着する。弾も一発こめておくのは、不意打ちに備えて念のために、だ。


 そうして外へ向かう。見るからに鬼気迫っていたから、夜の番をしていた宿の者が驚き顔で呼び止めて来た。


「どうしたんですか! なにかあったんですか!?」

「連れが居ないの。二人とも」

「あぁ……赤肌の旦那様ならしばらく前に、ルースの酒場に行くと言って出ていかれましたよ。もう一人のお連れ様も、その少し後で追いかけるように」

「酒場ぁ?」

「ええ。まあ、男女で出掛けられたところです、あまり詮索するのは無粋でしょうよ」


 茶化すように笑う相手と対照的に、ナターシャはむっつりとした顔を見せたのだった。


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