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亜人が居た町(2)

 しかし、一つだけ念を押したいと切り出す。


「くれぐれも他の者にはミリア様の指令下であると通してください。ブロケード様はあくまでも協力を強く要請されたために動いた、そういうことにしておきたいのです。こちらの内の事情で、大変恐縮なのですが」

「ブロケードの野郎の体裁が悪いってだけの話なら、俺は応じるつもりはないぞ」

「個人の問題ではないのです。東方統治府の内も一枚岩ではありません。特に、ライゾット様が亡くなられてからは、亜人に対して強硬姿勢を取らんとする過激派の声が大きくなっています。もしも今、ブロケード様が異能と協力体制を取ったと知られれば、過激派連中の反発は必至。最悪、暴動が起き、政治の基盤がひっくり返る可能性すらある。ブロケード様が、そして自分が憂慮するのは、後先考えない過激派に権力が渡る危険です。それが恐ろしいことであるのは、ヘルデオムの民にとっても同じではありませんか」


 すなわち、全面戦争の危惧だ。先日中枢の島で起こったことが、大陸規模、場合によっては世界規模に拡大される。ぞっとしない。


 ハイズのまなざしは真剣そのもので、脅し吹かしの類ではないと語っている。


 ヴェルムも納得したようで、小さく頷いたのだった。


 一方で、ナターシャには別の懸念が浮かんでいた。東方政府の内々で派閥争いをしている最中に、ライゾットの生存と裏切りを明らかにするのは、それこそ政治の基盤を揺るがせる危険があるのではないか、と。彼が今まで反亜人で行ってきた東方政治のすべてを否定し、彼に親する者たちの足場を崩落させるのだから。


 その場合、困ったことになる筆頭は、ライゾットを親友と公言し、参謀として重用してきたブロケードに他ならない。憂慮される事態そのものだ。


 ハイズはもちろん、その向こうに居るブロケードも、レデナ=ノアに求める敵が誰なのか知らないで作戦を実行しているということだろう。ナターシャは唇を噛んだ。


 少なくともハイズ個人は信用に足る人物な気がする。ここで懸念を伝え、政治の混乱を避ける方向性を考えるべきでは。


 しかしその場合、バダ・クライカを追い詰める二度とない機会を失う可能性が高い。


 個人の問題ではない、というハイズの言葉が耳に残っていた。ナターシャはひとまず、ヴェルムの服を引っ張って助けを求めた。


「この前した話のことは」


 あえて抽象的な言葉でぼかしたが、なにを指しているのか、ヴェルムはしかと理解してくれたらしい。すぐに答えが返ってくる。


 それは、否定。


「今する話でもないだろう」


 さらっと言って、ヴェルムは正面へ向きなおった。


 しかし、わずかなやりとりをハイズが聞き逃すことはなかった。にわかに疑いの火が灯る。


「なにか懸案がありましたかな」


 そう訝しまれるところまで織り込み済みだ、ナターシャは動揺を見せない。適当なこと、例えば先の戦いのことや、中央軍大将周りのきな臭さなど、別の話題を提示してやりすごすつもりだった。


 しかし、ナターシャが口を開くより先に、ヴェルムが応じた。やはり一切の後ろめたさを出さずに、それが真だというように切り出した。


「中枢を出る前に、ブロケードと話す機会があった。その時にやつが、レデナ=ノアにエスドアが潜んでいる証拠をつかんでいると言っていた。公にしていないとの話だったから、こうしてあんたに聞くのもどうかと思ったんだが……実際のところ、どうなんだ?」


 うまい、とナターシャは思った。こちらの腹を隠しながら、逆に利をとりにいける話題へ舵を切った。


 ハイズは、ああ、と警戒を解いた。後ほど教えるつもりではあったと前置きして、少しだけ声のトーンを落とす。


「このところレデナ=ノアを守る亜人たちの警戒度が増しておりまして。探りをいれたところ、どうやらエスドアより啓示があったらしいのです。己の代行者を聖地より遣わすと」

「代行者!?」

「神エスドアは天上人、地上に干渉するには色々と制約がかかる。だから代行者を立て、バダ・クライカ・イオニアンの絶対たる指導者にすえる。向こうの言い分はそのようなことです」

「まさか、本当にエスドアがそんなこと言って出てきたわけじゃないだろうな」

「『エスドアの使い』と名乗る者が、レデナ=ノアの内側より現れ、守り人たちに伝えたとのことです。……申し訳ないですが、これ以上のことは自分たちも把握できておりません。いかんせん、非武装の使者すらも門前払いされる状況なのです」


 ナターシャとヴェルムは緊迫した顔を見合わせた。エスドアの使いと呼称する者を表に立て暗躍する、ワイテたちが使う手法そのままだ。なるほど、報告を受けたブロケードが確信に足ると断言するのも頷ける。


 聖地の守り人たちが易々と騙されたのは、内側から現れたという点に尽きるだろう。しかし、それも簡単な話だ。あのキロハの女みたいな幻術使いであれば、監視の目を欺くことなど容易だ。そうでなくとも、主犯であるライゾットにとって東方大陸は勝手知ったる庭であり、亜人を手玉にとることも十八番だ。死角をつくことは簡単だったに違いない。


 もはや一刻を争うと再認識した。ハイズからも同じ所感が伝えられる。


「レデナ=ノア最寄りの拠点……まあ、監視所なのですが、ひとまずそこへ行っていただきます。案内役を兼ねた武装小隊を随行させますので、よしなに」

「必要ない。ダンマだけ借りれれば十分だ。ここからレデナ=ノアへの道なら、よくわかっている」

「それでもです。このところダンザム以東では、地溝ちこうの民による襲撃事件が頻発しております。貴殿らを無事にレデナ=ノアへ送り届けることが自分に与えられた使命です、何卒ご容赦ください」

「……監視所から先はついて来ないんだな」

「先ほども話した通り、行きたくとも行けないのが本音です。監視所に立ち寄るのは、補給と進行確認のためと承知いただければ。聖地探索が決まった後、人手が必要であれば、いつでも出動できる体制は整えてありますが……」

「向こうが良しとしないだろう。はじめから俺たち三人という条件で進めた方がいい」


 ハイズもその通りだと頷いた。


 方針も明らかになったことだ、すぐに出発しようと思えばできる。が、そうできない事情が一つ。ヴェルムがぴっとナターシャを指さした。


「こいつが飛空船で倒れた。山岳病だ。このまま行けば再発する可能性が高い。少しダンザムで過ごして、こっちの空気に体を慣らす時間をくれないか」

「どれほど必要ですか」

「予防薬を飲むうえで二日、それでどうにかなるだろう」


 ハイズは了承した。予防薬は政所にも常備してあるから、それを持っていって構わないと。


 そしてもう一つ、宿の話も提示された。


「ブロケード様より、もし宿泊が必要となれば公邸を開放してよいと仰せつかっておりますが、いかがしますか」

「俺は町の普通の宿でいい」

「あたしも。セレンは……あたしと一緒よね」

「当然です」

「では、そのように。お好きな宿に泊まってください、代金はこちらでもちます。ただ……」


 ハイズはにわかに眉をひそめた。


「もしも街を見てまわるつもりでしたら、ふるまいには重々お気をつけください。城壁内への亜人の立ち入りは原則禁止、特例で許可しているとの旨をお忘れなく。目立つこと、怪しまれることはせず、制服を常に着用してお願いします。ただし、住民も亜人に免疫がないため、不快な思いをしたくないのであれば出歩かないことをおすすめします」

「免疫、ねぇ。住民が訴えてくるならともかく、町から亜人を追いだした立場で、よくそんなこと言えるな」

「元首代行として都市状況の事実と懸念を述べたのみです。大陸の統治方針について、完全に部外者である貴殿らと論議するつもりはありません」


 ぴりぴりと肌を刺す空気が漂う。居たたまれなくなったナターシャは、すがるようにティーカップに手を伸ばした。間を持たせるようにすすった茶は、ちょうどよく冷めていておいしかった。

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