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フーダニット、ホワイダニット(4)

 ディニアスはちょうどその場にあったナターシャの席を乗っ取り、腰を下ろした。足を組んで前かがみになり、噛み合わせた両手の上に顎を置いて、至極楽しげな面持ちだ。


「それで? あなたの見抜いた本物の黒幕というのは、一体どなたのことなんです? 証拠は? 動機は?」


 二色の眼はどちらとも好奇心に輝いている。


 ――それがわかっていたら話は終わっている。そんな風にぼやくのは、心の内で留めておいた。嫌味を一言えば十になって返って来る、会話相手はそういう陰湿な男だ。黙って首を横に振って答えとする。


 それに対する反応も、無言のままなされた。ディニアスは失望の色濃く背もたれにのけ反り込み、呆れをありありと含ませたため息をついた。


 あんまりな態度に苛立ちを覚えながら、ナターシャも手近の椅子を引いて腰かけた。そうして、こちらも横柄さを真似して問う。

 

「あんたはどうなの。どうせまた、全部知ってて隠してるんじゃないの」

「買いかぶりすぎですよ。一身で全てを完璧に把握する、そんな神のような芸当ができたなら、もう少し上手く事を運んでいましたとも」


 ディニアスは肩をすくめて、それから、不意にまともな顔をした。


「とはいえ、誰かは目算が付いていますが」

「教えなさい」

「嫌ですよ。……動機が分からない。おまけに確たる証拠もない。足元をすくわれかねない要素を残したまま、犯人の像を固めて動くのは危険。後ろから誰に刺されないとも限りません」


 それきりディニアスは口を閉ざした。こじ開けても何も吐いてくれやしないだろう、そんなオーラが漂っている。どんな風に熱っぽく見つめ、あるいは睨んでも、彼は眉ひとつ動かさない。


 推測を白状させるには。彼の言葉を裏返せば、動機ないし証拠があれば犯人を断定できる、と。


 動機か、とナターシャは口元に手をやり考える。過去を振り返り糸口を探し、それを見失わないよう声に出しながら。


「亜人の復権」

「だったら人魚の事件はどう説明する。なぜブロケード=ロクシアは生かされている。……ギベルさんを筆頭にそう妄信する連中は少なくないでしょうが、裏で総括する輩は微塵も思っていないだろう」


「金」

「それにしては回りくどいやりかただ。どうせエスドアの名を借りるなら、表だって教会を立ち上げて、信徒から布施を得る仕組みを確立させた方が、犯罪に手を染めるより安全かつ安易だろう」


「武力」

「あえて集める必要が無い。ギベルさん一人を想定しても、中央軍の四分の一近くは動かせるわけだ。それに異能の兵を集めたところで戦う相手が無い、政府の仮想敵が亜人や異能ですから。政府を倒したいなら話は別ですが、わざわざ危険を冒して戦を止めに来た事実がある、考えにくいでしょう」


「権力、支配力……は、ほとんど同じか」

「ええ。それに、王様気取りで振る舞いたいのなら、表に堂々立ってやらないと意味無いですし。今のままでは、すべての畏敬はエスドアに向かいます」


 ナターシャが何か言えば、間髪入れずに局長が否定してくる。あっという間に考えは尽きた。ひねっても、揺らしても、次が出てこない。


 お手上げだ。ナターシャは息を吐き出しつつ、げんなりと天井を仰いだ。


「それくらいしかないわよ。欲望を満たすために組織を作り、力も金も人も自分のところに集まるようにした。そのために利用したのが、亜人たちの信仰心だったり、アビリスタたちの不平感だったり。これで全部つながるし、動機として不自然なところも無い」

「確かに目的の一部では有り得る。だが……それならば、ライゾット=ソラーはなぜこのタイミングで死ななければならなかった。亜人たちの満足感のためならば、もっと早くにそうするべきだろう。その他の理由なら死ぬ利点が無い」


 ディニアスが言わんとすることはわからないでもなかった。ライゾット一人が死んだところで、世界が大きく変わったわけではない。殺す価値があるとすれば、東方の亜人たちのためのみ。だがそうするとやはり、ブロケードには魔手が及んでいないことが不思議なのだ。


 ナターシャは黙り込んでいた。あれこれ思いめぐらしても、わからないものはわからない。第一、自分よりも頭脳明晰で、政府の内情にも通じている局長が悩んでいることを、下っ端の自分が解決できる気がしなかった。


 だが、ディニアスは対面者の閉口を許さなかった。挑発するように指を動かし、


「どうぞ遠慮なく続けてください。私とあなたでは脳が違う、思いもよらぬ突破口が開けるかもしれません」


 と促した。


 ナターシャは二人きりの空間を仕立てたことを若干恨めしく思いながら、眉間に皺寄せ、あらん限りの知恵を絞る。


 過激思想の宗教組織を操ることで手に入れられるものは何か。金か、権力か、愉悦か、尊厳か。ギベルの場合は尊厳であった。異能が人と同列に扱われる未来を求め、弾圧の元凶であるブロケードに刃を向けたのだ。


 では、そのギベルの熱く暗い闇を、のっぴきならない状況に陥るまで表に出さぬよう抑え込んでいた者、別口の首謀者が求めていたものは果たして。


 手掛かりになるのは、エスドアの使いが語った言葉だ。


『我らが主が御所望なのです。奇跡の力を持つその血肉にて、我らが神代に永遠をもたらして頂きたい。死に絶えることも、老い衰えることもない栄光を我らに』


 不老不死の力が導く永久の主権。さらに先にあるものは、この世の全てを手中におさめることか。


 そんな存在を表す端的な単語が、ナターシャの口をついた。


「神、になること」


 その瞬間、確かに部屋の空気がひび割れた。肌にぴりりとした刺激を感じ、思わず身を縮める。机の島中央付近に積み上がっていた書物が、何の前触れもなく崩れ倒れた。


 やや怯んだ水色の目は、対面する男をじっと見つめていた。向こうもこちらを睨視している。温度の無い黒に燃えぎらつく橙、明らかに気を損ねた形に変形していた。いつも谷を描いている口の線は、まるきり反転した山型に引かれている。白や紫の混じる髪の毛が、元々の跳ね気味より激しく逆立って見えるが、気のせいだろうか。


 苛立たしを紛らわすようにに手指をこねくり回しながら、ディニアスは厳しく言った。


「この世の神は唯一。我が神、我が主君、我が創造主、ルクノール、その人だけだ。なろうとしてなれるものではなく、根拠もなく神を僭称することなどもっての外。偽りの神を至上と崇め奉る側も同罪、まさか、そんな愚行を冒す者はいないだろうが」

「……バダ・クライカは、現にエスドアを神と崇めてるんだけど?」

「エスドアは我が神が自ら認め力を与えた存在だ、下賤な人間が横暴を利かせると同列ではない!」


 まるで牙をむき出しにした咆哮、ナターシャは反射的に身をのけぞらせた。驚いた、という感情が全てで、気が立つ男に特段恐怖を抱くことは無かった。――これだから宗教家は。などと心中で嘆息する始末である。


 ナターシャはぱっと手を横に開き、息を荒げるディニアスに対して、努めて理性的に自論を述べる。


「世の中の人が神だって認定する基準は、あんたが思っているよりもずっと低いわ。ライゾットの死にかたは不可解だった、あれは神のせいだ。死んだはずのシュドンが生きていた、それじゃあ絶対に神のせいだ。ギベルのことだって同じよ、あの顔を見せるまでは誰もが神だと思っていた。バダ・クライカの信徒だけじゃなくて、政府側の人間もね」


 語れば語る程に、ディニアスから怒りが滲みだしてくる。きりきりと食いしばられた歯は、隙あらば己が妄信に基づく言論を繰り出そうと構えているようだった。


 それを見ていると、ナターシャもふつふつと熱が上がってきて、語り口に棘が混じり始める。


「現にあいつらは、あたしの血にあるっていう不死の力を狙って来た。もし成功していたら生まれていたのは永久に死なず君臨し続ける支配者、それは神と呼ばれるわ、あんたが何と言おうとね。だからー―」


 そこで「待て」と苦み走った声がかけられた。ナターシャは不満げに口を閉ざし、目を細めて向かいの男を直視する。ディニアスは顔全体を渋く歪め、特に眉間には深い谷を刻んでいた。


「不死の力を狙って来た、だと?」

「ええ、そうよ。エスドアの使いはあたしにそう言った。あんな滅茶苦茶な伝説にすがりつくなんて、よっぽど非現実的な理想を抱えている証拠よ。人を喰うなんて、吐き気がする」

「……どうしてそれを黙っていた」

「言う機会も必要もなかったもの! そんなんで怒られたって、あたしにどうしろってわけ!? 何か考えろって聞いてきたのはあんただし――」

「もういい」


 低く寒々とした一言だった。熱く煮えていたナターシャの心が瞬間に凍り付き、こめかみには露をしたたらせる。目を見開いたまま固まり、瞬きすら失くしてに、恐ろしい気を放つ局長を見据えていた。


 ディニアスは激していた。青筋を立て、目を怒らせ、口を裂き歯を食いしばり。腹のあたりで握られた拳が、ごきりと音を立てた。


「エスドアのみならず、我が神をも愚弄するか、薄汚き我欲の化身どもめ……!」


 凶相に顔が歪んだ。と、次の瞬間には、ディニアスは椅子を蹴飛ばして立ち上がり、大股でドアへと向かい始めた。ナターシャから「どこへ」と反射的な質問が投げられても、返答は無し。


 ただ。ドアに手をかけたところで、ディニアスはぴたりと立ち止まった。対象に背中を向けたままで一呼吸、それから、彼は無理に作り上げた普段使いの声音で問いかけた。


「ねえ、ナターシャさん。あなたの体に、本当に不老不死の力、あるんですか?」

「馬鹿馬鹿しい! 伝承は伝承、事実じゃないわ。確かめたことは無い。だいたい、それ教えてくれたのはあんただし」

「ああ、そうですね。そんなことも言いました。じゃあ、一つお詫びします。……それ、私の作り話なんです。人魚の血肉と不死の因果を語る伝説なんて、この世のどこにも存在しません。即興で創作した嘘ですよ。では、そういうことで」


 早口で言い切ると、ディニアスは扉の向こうへ姿を消した。後ろでナターシャがのわめき声が、総監局の大気を無駄に揺らしていても、お構いなしだ。


「嘘!? 局長! 待て、どういうことよ!」


 乱暴に開け放ったドアの向こうには、朝の静謐な空気に包まれる廊下が延々と続いているのみだった。


 ナターシャは八つ当たり気味に扉を締め、赤色の髪をかき乱しながら元の位置に戻る。椅子に掛けて、むしゃくしゃした息を吐きながら頬杖をついた。


 どこまでも滅茶苦茶な奴だ、嘘のせいでひどい目に遭った、運が悪ければ死んでいた。戯れだと笑い飛ばせる域を越えている。騙される方もむかつくが、騙す方も大概だ、まとめて引っぱたいてやらないと気が済まない。


 と、そこまで考えたところでナターシャはある事実に気づいた。苛立たし気に足が刻んでいたリズムが止まる。


 ディニアスの創作話を、どうして面識のないエスドアの使いが知り得たか。主に聞いたに違いない。それならば、主はどうして知り得たか? 直接話者より聞いた、それしか知り得る術はない。


 偽りの伝説が語られた現場に居合わせたのはたった三人だ。局長、自分、そして――治安維持隊中央軍総大将・ワイテ=シルキネイト。


 ナターシャは血の気が引いた頭を抱えた。信じがたい、だが、彼が黒幕だと前提にすると、あらゆることがしっくりとしてくる。


 バダ・クライカの尻尾が数年間捕まえられなかったのも当然だ、ワイテは治安側の動きを完全に掌握しているのだから。軍の島や物資がバダ・クライカの手に落ちていたことも、シュドンが沈没した軍船から逃げられたことも、大将直々に手引きすれば容易くなせるだろう。ただし、自ら手を汚したわけではないだろうが。


 ギベルとの繋がりも明白である。そもそも彼がエスドアになりすますには、戦地で指揮をとっていないことが不可欠だった。では誰がギベルをこの島から遠ざけたのだったか? ワイテだ。ギベル自身はむしろ前線に立つことを懇願していた。されど心酔する上官に逆らうことはできず、大将と示し合わせて停戦を仕掛けた。ことが露見してからは、自分が黒幕だと主張し犠牲になることで、ワイテのことをかばっているのだろう。


 ディニアスはワイテに目をつけていた。しかし、大将には富も栄誉も軍事力も人望も揃っているがために、動機をつかみ損ねていた。だから自説に確証を得るため、あのような嘘を餌として釣り上げようとしたのだろう。ただ、同時期にナターシャがライゾットの事に嘴を突っ込んだため、襲撃の理由が読めなくなってしまったのだ。


 政府の中核であり、強大な権力を握る中央軍が大将ワイテ。その重厚な肩書きとは裏腹に物腰柔らかで、ひょうきんな所作をも見せる好々爺。彼が我欲の塊だとわかると、途端にすべてが胡散臭い印象に変じた。何気ない微笑一つすら、腹の内を探られないための方便なのでは。


 ――ふざけるな、どこまでも人を馬鹿にして。ナターシャは怒りに顔を歪めていた。善良面した大悪党、歪みをあけっぴろげにしている局長の方が幾分ましに思える。


 そこでナターシャはハッと目を見開いた。


「……局長、まさか殺すつもりで出てったんじゃ!」


 机周りに目を滑らすも、先ほどあったナイフは見つからない。殺す動機と殺す手段が揃っている、危険だ。断罪は死で行われるべきではない、特にこんな諸々不透明な状況では。


 ワイテ自体も急ぎ止めなければいけない。神と呼ばれるためのカードは揃っている。捕縛したギベルを使い、かつてのシュドンと同じように死を偽装させ、頃合いを見て死者が蘇ってきたようにすれば、衆愚はギベルに神性を感じるだろう。その彼が、上官たるワイテに対し、恭しく膝を折ってでも見せたらどうなるか。神の上に立つ者は、やはり神に等しい。


 ――思い通りにさせるものか! ナターシャは転げるように総監局を飛び出した。


 ワイテはどこにいるだろう。治安省か、軍の詰所か、市街地を視察しているか、いや、そもそもまだ出仕していないか。中枢の業務開始を告げる鐘はまだ鳴っていない。それどころか、まだ門が開いて少しという頃合いだ。


 今の時間に最も人が多い場所、それは玄関だ。ナターシャは廊下に広く遠く靴音を響かせながら、事件に終止符を打つべく駆けていった。

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