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【第一部・完結】幽世庵モノガタリ ~化物絵師と鵺~【幕末妖かしバディ】  作者: Yumiko
第四幕・ミシャクジ様

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ミシャグジ様(1)



 荒魂あらみたま和魂にぎみたま、二つ揃って、一柱ひとはしらの神と成る。

 


「――愁水様」


 と、庵の外から名を呼ぶモノがあった。


 ちょうど昼飯時で、愁水は箸を止めて立ち上がった。


 幼さの残る声音であったから、てっきり、京助の営む地本問屋の小僧かと思ったのだ。


 柴戸を開けて顔を出せば、そこにいたのは二匹の、白い――。


「……猫か?」


 愁水の呟きに、二匹が揃ってかっと牙をいた。


「虎でございますっ」


「――狛虎こまとらだな」


 と、嗣巳が愁水の隣に立つと、狛虎たちは怯えて丸い耳をぺたりと伏せたが、逃げずに踏み止まった。


「狛犬じゃなく、虎なのか」


 確かにしま模様が入っているが、大きさは子犬程度だ。


 小刻みに震えていた狛虎たちだが、愁水が用件を促すと、せきを切ったように交互に話しだした。


「我らの土地神様を、助けていただきたいのです」


「人間どもに、地下牢に幽閉されているのです」


 場所はどこだと問えば、江戸近郊の山岳地帯にある集落だという。


 地図を広げて確認すると、歩き通しでも最低二日はかかる距離だった。化物にとっても、近くはなかったはずだ。


「それで、何で俺なんだ。俺に所縁ゆかりのある村ってわけじゃねえよな?」


「愁水様は化物贔屓(びいき)であらせられると、専らの噂でして」


「我らの間では、有名な噂でございます」


 と、狛虎たちが頷き合う。


「それ、江戸の外まで広がってんのかよ」


 どこまで広がるのかと、さすがにうすら寒いものが走る。


「また、それかよ。絵師としての噂なら歓迎だけどよ――」


「良いではないか、愁水。ここのところ、絵の制作にかかりきりだっただろう。外に出て、刺激を受けた方がいいのではないか? ――お前たち、道案内を頼んだぞ」


 横からすらすらと口弁こうべんれる嗣巳に、愁水は食ってかかった。


「お前、何か企んでやがるな? 勝手に決めやがって――」


「考えてみろ、愁水。私の欠けた部位、最後の一つは何だ?」


 至極しごく真面目な顔で問われ、勢いを削がれた愁水は素直に答えた。


「虎の後ろ足、だな」


「そうだ。そして、ここにいるのは狛《《虎》》だ。何か関係があるかもしれん」


「こじつけにも、程があるんじゃねえか」


 そう言いつつ、先日もいつの間にか蛇の尾を回収していたため、ばっさりと切り捨てるのも躊躇ためらわれる。


 愁水のその隙をついて、嗣巳はさっさと二人分の旅支度を始めてしまった。




「――この辺りは、蕎麦そばの栽培が盛んだそうだ」


 という嗣巳の言葉通り、春の淡い陽光のなかで、早咲きの白い花を咲かせた蕎麦の畑が、愁水の眼前に広がっていた。


 近くには蕎麦屋を商う家が五、六戸並んでおり、嗣巳の足が迷うことなくそちらへ向かう。


 その嗣巳は、神主の袴ではなく、楽だからという理由で僧侶の法衣姿だ。


 道案内の狛虎たちはそれぞれ幼い少年少女に化けており、わっと歓声をあげて、嗣巳の背を追いかけた。


 早朝に出立して、すでに昼九つ(*)。鵺の気配にも慣れたようで、狛虎たちも嗣巳にならって、食道楽を謳歌おうかしている。


 愁水は護身用の脇差わきざし旅行李たびごうりが増えた程度で、紺の着流しに黒の羽織という、平生の装いだ。


 嗣巳たちが蕎麦団子を堪能している間に、愁水は旅行李から矢立やたて(*)を取り出して、わずかに見える秩父山の北嶺を描き留めた。


 林に囲まれた道を歩き続けてきたが、ここに来て一気に視界が開けたのだ。


 吹き渡る風が、心地好い。遠くに連綿れんめんと続く山容さんようを認めると、気分もさっぱりとする。


 嗣巳の目的が道中の屋台や飯屋であることは明らかだが、たまの遠出も悪くないなと、密かに考える。


 そこへ、最近よく目にする黒蝶がひらりと視界を横切った。誘われるように手を伸ばせば、愁水の指先に止まる。


「なんだ、お前もついてきたのか? ――って、同じ個体なわけねえか」


 ふっと笑いかけると、黒蝶は懐かない猫のように身をひるがえして、遠くへと羽ばたいていった。


「――へえ、あんたら、あの集落に行くのかい。あんまりいい噂を聞かないけどねえ」


 蕎麦屋の主人に問われて行き先を告げたところ、難色を示された。


「噂って?」


「まあ、色々あるけど。訪ねていった人間が帰ってこないってのが、一番いっち不気味さね」


 狛虎たちに聞いてみても、答えは返ってこなかった。




 日が暮れるまでに宿場町に泊まり、また日が昇る前に出立し――三日目の夕暮れに、件の集落の入り口にたどり着いた。


 蘆荻ろてき(*)と雑草の原の先、黒々とした木立に囲まれた細い山道を突き進んだところで、山の中腹斜面上に集落が見えた。


 家々は左右の端に不自然に固まって並んでおり、中央のさかいに社の建っているのが、何とも曰くありげに見える。


 愁水がその縁起えんぎを問おうとしたところで、狛虎たちが地に倒れ、ぐったりと動かなくなった。


「ごめんなさい。我々は、ここまでです……」


「どうか主様を、この地より解放して差し上げて……」


 愁水はとっさに手を伸ばしたが、狛虎たちは煙となって、社の方へと流れていった。


「待て、結界が張ってある――」


 と、嗣巳が木々に結びつけられた注連縄を見上げて言ったが、すでに愁水が足を踏み入れた後だった。


「愁水、お前は……」


 と、嗣巳が呆れたような視線を向けてくる。


「いや、何ともねえじゃねえか。これ、何なんだ?」


「道切り、というやつだな。魔や疫病神は、村の境から入り込んでくるからな」


「だったら、警戒するのは俺じゃなく、お前だろ。入れそうか?」


 嗣巳が何か言いかけたようだったが、説明が面倒になったらしく、慎重に歩を進めた。


 ――何も起こらない。


「何だよ、大丈夫じゃねえか」


「古すぎて効力を失っているのか、それとも――」


「ごちゃごちゃ言ってねえで、早く行こうぜ。村人が気づくまでに、調べられるところは見ておかねえと」


「お前は、もう少し立ち止まって考えるということを身につけろ」


 嗣巳の文句を背で受け流して、愁水は早速、村の中央にある社へと向かった。


 社の入り口には狛虎の石像が鎮座しており、呼び掛けても反応がない。


「どうやら、魂だけ飛ばしていたようだな。村の外に出られなかったのか……力尽きて、眠っている」


 と、石像を探っていた嗣巳が結論づけた。


「あれだけ飯を食っといて?」


「人間と化物では、魂と器の理屈が異なる。しかし、これでは地下牢がどこか、わからんな。……思ったより面倒そうだ。帰るか?」


 愁水は冗談かと思ったが、嗣巳は心底面倒そうだ。


「お前……嘘だろ」


「そんな目で見るな。私が人でなしみたいだろうが」


 実際そうだろ、という愁水の返しを無視して、嗣巳が天を仰いだ。


「……奇妙な匂いやら気配やらが入り乱れているせいで、私にも土地神の居場所がわからん」


「匂いと気配、か」


 道中で狛虎たちが語った話によれば、この集落では創始に関わる二つの家が対立し合っており、土地神が心を痛めて《《色々と》》してやったそうだが――。


「その、色々ってやつの中身を聞いときゃ良かったな」


 愁水がそうぼやいたところで、左右から複数の駆け足が迫り、夕闇からき出たように、愁水たちを取り囲んだ。


「あんたら、ここで何しとる」


 と、右側にいた熊のような図体の男が、うなるように言った。


「俺は旅の絵師だ。道に迷っていたところで、こっちの坊さんと行き合ってな。一晩、どっかに寝かせてもらえねえかな?」


 と、愁水は軽い調子で応じた。


「ああ、旅の方でしたか。これは、刀祢とね家の者がとんだご無礼を。法師様は我々、養学ようがく家が歓待かんたいいたしましょう」


 と、左側にいた細身の男が、皮肉っぽい眼差しを右に向けながら、嗣巳に声をかけた。


 てめえ、と気色ばんだ熊男の前に立ち、愁水は快活に笑いかけた。


「そんなら、俺の面倒はあんたらが見てくれるのか?」


「……まあ、お前さんは俺たちの方が、気が合うかもな」


 羽織の上からでも、愁水の筋肉質な体躯たいくが見て取れたのだろう。態度を軟化させた熊男が、あごをしゃくって合図する。


 嗣巳と視線を交わしてから、愁水は刀祢家の者たちについて行った。



――――

*昼九つ:昼十二時。


*矢立:筆と墨壺を組み合わせた携帯用の筆記具。


*蘆荻:植物のアシとオギ。

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