百々目鬼(4)
真澄は台所にあった食材を並べてみたものの、何をどうしていいかわからなかった。
米、卵、葱、しいたけの塩漬けに、真澄の採ってきた芹。
調味料は、酒、醤油、味噌――。
真澄は愁水の顔を伺った。手先が器用で、大方のことはそつなくこなしてみせる愁水ならばと思ったのだが、こちらも腕組みしたまま動かない。
思わず吹き出すと、横目でじとりと睨まれた。
大胆不敵、という言葉の似合う男が、途方に暮れた様子で立ち尽くしているのが、妙に笑えたのだ。
「――なんだい、あんたたち。飯も作れないで、よく生きてこられたね」
様子を見にきた百々目鬼が、呆れて溜め息をついた。
生きる力がない、と言われるのは、真澄にとって一番堪える。
ぐっと歯噛みした真澄を押し退けて、
「愁水、井戸水を汲んできな。真澄、かまどで火を起こすんだよ。ああ、椎茸と葱も切っといて」
と、百々目鬼が指示を出しながら、上等そうな鰹節を削りだした。
削り節を布袋に入れて、土鍋で出汁を取る。椎茸と葱、酒を入れて煮込み、沸いたところで米を入れ、蓋をする――。
食欲をそそる出汁の香りが漂ったところで、真澄は百々目鬼に言われるまま、溶いた卵を回し入れた。そこへ、百々目鬼が塩と醤油を無造作に加えていく。
「愁水、味噌を入れな。ああ、芹を採ってきたの。じゃ、それも切って散らしといて」
芹を散らすと、青々と爽やかな香りがした。
百々目鬼が「よし」と言う頃には、真澄はこれまでに経験のない類いの汗をかいていた。愁水の額にも、うっすらと汗が浮いている。
出来上がった雑炊は、平時であれば随分と濃く感じられるはずだが、冬の山中での暮らしに慣れた今は気にならなかった。
乾燥した舌が、濃い味を求めている。そして何より、乾物や冷飯で育った真澄にとっては、温かいというだけで、心の芯まで届きそうだった。
時間をかけてたっぷり煮込んだ雑炊は、多少味付けに難はあっても、滋味に富む。愁水も、黙々と口に運んでいた。
奇妙な共食の終わりに、百々目鬼は男物の着物を素っ気なく押し付けてきた。
着物は、真澄の小柄な体にぴったりだった。真澄の実年齢は十五だが、男装をしている今はもう少し幼く見えるだろう。
戸惑いの眼差しを向けると、
「あたしの息子も、生きてりゃ、あんたくらいの年だったよ」
と、百々目鬼は言葉少なに呟いて、背を向けた。
その日から、百々目鬼に毎晩料理を手伝わされて、夕飯を共にするようになった。
やはり愁水のほうが器用で、真澄の腕前は酷いものだったが、雪山でもどうにか生きられる程度には仕込まれた。
雨足が強いときは、食事が済んだあともすぐには帰らなかった。
会話はなく、各々好き勝手に過ごすのだが――真澄がぼんやりと雨音に耳を傾けている間、百々目鬼と愁水は書物を読んでいた――気まずさを感じるどころか、心は奇妙に凪いでいた。
「――はみ出し者たちの、雨宿り」
真澄がそう呟けば、背後で小さく笑う気配があった。
互いの身の上には触れず、何か呟けば返事があるくらいの――近すぎず、遠すぎもしない距離が心地よかったのは、真澄だけではなかったかもしれない。
七日目の晩、真澄が自分たちの庵に戻ろうとすると、雹が降ってきた。
――遣らずの雨。
大事な人を引き留めようとするかのような、長い雨。
そんな言葉が思い浮かんで、すぐに打ち消した。そんな関係ではないし、後三日で全てが終わる。
百々目鬼のいる部屋に戻り、雨足が弱まるのを待つあいだ、真澄は膝を抱えて俯いていた。
いつものように、誰も、何も話さない。
そのままでいてくれれば良かったのに、
「暇だね。あんたら、何か芸でもないのかい」
こんな時に限って、百々目鬼が口を開いた。
「……墨と紙があれば、何か書いてやるよ」
と、愁水もそれに応じて、部屋を出ていった。
暫くして、愁水は雪明かりにぼんやりと浮かぶ、この盗人宿の絵を描いて戻ってきた。
絵に詳しくない真澄も、小さく息を呑んだ。墨の濃淡だけで、雪の質感と陰影を見事に表している。
立体的で――奥深い。
余白には、歌が添えられていた。
雪ふりて人も通はぬ道なれや
あとはかもなく思ひ消ゆらむ
――雪が降って、わが家へ通う人もいなくなった道。その道のように、私の寂しい思いも、跡形もなく消えるでしょう。
和歌集にある雪の歌を添えただけだとわかっているのに、愁水の選んだ和歌は、今の真澄の心に適っていた。
そして、おそらく、百々目鬼の心にも。
「――ああ。いい絵だね」
百々目鬼の柔らかな笑みを、真澄は真正面から見てしまった。
――そんな優しい目で、笑いかけないで。
目を反らした拍子に、百々目鬼の袖から覗く、無数の目玉と目が合った。
真澄は気取られないように、睨みつけた。それが、邪眼を破る〈呪法〉だった。
これで真澄は再び、百々目鬼の目の届かない場所での活動が可能になる。真澄は久蔵の指示の元、動き出した。
「――愁水、ちょっと来て」
真澄は愁水の腕を引き、盗賊宿を見下ろせる岩場へと連れていった。
「ああ……今日が、十日目だったか」
説明するまでもなく、愁水は岩場に待機していた久蔵を見て、そう漏らした。
十日目の夕刻、真澄と久蔵は既に〈仕込み〉を終えていた。
久蔵が盗賊の仕業に見せかけて、近隣の田畑を荒らし、村人に軽く怪我を負わせる。
真澄は商人が現れるであろう時刻に、村人たちが盗賊宿を襲うよう、情報を与えて誘導する――。
愁水には伝えていなかった全容を語る最中に、久蔵が焦った声をあげた。
「あいつら、早すぎる……! 商人はまだ来てねえぞっ」
真澄の眼下で、鍬や脇差を構えた村人たちが、盗賊宿へとなだれ込むところだった。




