表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【第一部・完結】幽世庵モノガタリ ~化物絵師と鵺~【幕末妖かしバディ】  作者: Yumiko
第三幕・百々目鬼

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

20/51

百々目鬼(4)



 真澄は台所にあった食材を並べてみたものの、何をどうしていいかわからなかった。


 米、卵、葱、しいたけの塩漬けに、真澄の採ってきたせり


 調味料は、酒、醤油、味噌――。


 真澄は愁水の顔を伺った。手先が器用で、大方のことはそつなくこなしてみせる愁水ならばと思ったのだが、こちらも腕組みしたまま動かない。


 思わず吹き出すと、横目でじとりと睨まれた。


 大胆不敵、という言葉の似合う男が、途方に暮れた様子で立ち尽くしているのが、妙に笑えたのだ。


「――なんだい、あんたたち。飯も作れないで、よく生きてこられたね」


 様子を見にきた百々目鬼が、呆れて溜め息をついた。


 生きる力がない、と言われるのは、真澄にとって一番(こた)える。


 ぐっと歯噛みした真澄を押し退けて、


「愁水、井戸水を汲んできな。真澄、かまどで火を起こすんだよ。ああ、椎茸と葱も切っといて」


 と、百々目鬼が指示を出しながら、上等そうな鰹節を削りだした。


 削り節を布袋ふくろに入れて、土鍋で出汁を取る。椎茸と葱、酒を入れて煮込み、沸いたところで米を入れ、ふたをする――。


 食欲をそそる出汁の香りが漂ったところで、真澄は百々目鬼に言われるまま、溶いた卵を回し入れた。そこへ、百々目鬼が塩と醤油を無造作に加えていく。


「愁水、味噌を入れな。ああ、芹を採ってきたの。じゃ、それも切って散らしといて」


 芹を散らすと、青々と爽やかな香りがした。


 百々目鬼が「よし」と言う頃には、真澄はこれまでに経験のない類いの汗をかいていた。愁水の額にも、うっすらと汗が浮いている。


 出来上がった雑炊ぞうすいは、平時であれば随分と濃く感じられるはずだが、冬の山中での暮らしに慣れた今は気にならなかった。


 乾燥した舌が、濃い味を求めている。そして何より、乾物や冷飯で育った真澄にとっては、温かいというだけで、心の芯まで届きそうだった。


 時間をかけてたっぷり煮込んだ雑炊は、多少味付けに難はあっても、滋味じみに富む。愁水も、黙々と口に運んでいた。


 奇妙な共食の終わりに、百々目鬼は男物の着物を素っ気なく押し付けてきた。


 着物は、真澄の小柄な体にぴったりだった。真澄の実年齢は十五だが、男装をしている今はもう少し幼く見えるだろう。


 戸惑いの眼差しを向けると、


「あたしの息子も、生きてりゃ、あんたくらいの年だったよ」


 と、百々目鬼は言葉少なに呟いて、背を向けた。


 その日から、百々目鬼に毎晩料理を手伝わされて、夕飯を共にするようになった。


 やはり愁水のほうが器用で、真澄の腕前は酷いものだったが、雪山でもどうにか生きられる程度には仕込まれた。


 雨足が強いときは、食事が済んだあともすぐには帰らなかった。


 会話はなく、各々好き勝手に過ごすのだが――真澄がぼんやりと雨音に耳を傾けている間、百々目鬼と愁水は書物を読んでいた――気まずさを感じるどころか、心は奇妙にいでいた。


「――はみ出し者たちの、雨宿り」


 真澄がそう呟けば、背後で小さく笑う気配があった。


 互いの身の上には触れず、何か呟けば返事があるくらいの――近すぎず、遠すぎもしない距離が心地よかったのは、真澄だけではなかったかもしれない。


 七日目の晩、真澄が自分たちの庵に戻ろうとすると、ひょうが降ってきた。


 ――らずの雨。


 大事な人を引き留めようとするかのような、長い雨。


 そんな言葉が思い浮かんで、すぐに打ち消した。そんな関係ではないし、後三日で全てが終わる。


 百々目鬼のいる部屋に戻り、雨足が弱まるのを待つあいだ、真澄は膝を抱えてうつむいていた。


 いつものように、誰も、何も話さない。


 そのままでいてくれれば良かったのに、


「暇だね。あんたら、何か芸でもないのかい」


 こんな時に限って、百々目鬼が口を開いた。


「……墨と紙があれば、何か書いてやるよ」


 と、愁水もそれに応じて、部屋を出ていった。


 しばらくして、愁水は雪明かりにぼんやりと浮かぶ、この盗人宿の絵を描いて戻ってきた。


 絵に詳しくない真澄も、小さく息を呑んだ。墨の濃淡だけで、雪の質感と陰影を見事に表している。


 立体的で――奥深い。


 余白には、歌が添えられていた。


 雪ふりて人も通はぬ道なれや


 あとはかもなく思ひ消ゆらむ


 ――雪が降って、わが家へ通う人もいなくなった道。その道のように、私の寂しい思いも、跡形もなく消えるでしょう。


 和歌集にある雪の歌を添えただけだとわかっているのに、愁水の選んだ和歌は、今の真澄の心にかなっていた。


 そして、おそらく、百々目鬼の心にも。


「――ああ。いい絵だね」


 百々目鬼の柔らかな笑みを、真澄は真正面から見てしまった。


 ――そんな優しい目で、笑いかけないで。


 目を反らした拍子に、百々目鬼の袖から覗く、無数の目玉と目が合った。


 真澄は気取られないように、睨みつけた。それが、邪眼を破る〈呪法〉だった。


 これで真澄は再び、百々目鬼の目の届かない場所での活動が可能になる。真澄は久蔵の指示の元、動き出した。




「――愁水、ちょっと来て」


 真澄は愁水の腕を引き、盗賊宿を見下ろせる岩場へと連れていった。


「ああ……今日が、十日目だったか」


 説明するまでもなく、愁水は岩場に待機していた久蔵を見て、そう漏らした。


 十日目の夕刻、真澄と久蔵は既に〈仕込み〉を終えていた。


 久蔵が盗賊の仕業に見せかけて、近隣の田畑を荒らし、村人に軽く怪我を負わせる。


 真澄は商人が現れるであろう時刻に、村人たちが盗賊宿を襲うよう、情報を与えて誘導する――。


 愁水には伝えていなかった全容を語る最中さなかに、久蔵が焦った声をあげた。


「あいつら、早すぎる……! 商人はまだ来てねえぞっ」


 真澄の眼下で、くわ脇差わきざしを構えた村人たちが、盗賊宿へとなだれ込むところだった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ