表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【第一部・完結】幽世庵モノガタリ ~化物絵師と鵺~【幕末妖かしバディ】  作者: Yumiko
第三幕・百々目鬼

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

18/51

百々目鬼(2)



 目黒不動へと続く門前町の賑わいを背後に聞きながら、愁水は隣を歩く嗣巳に胡乱うろんな視線を向けていた。


 普段は同じくらいの目線だが、妹の姿でいる今は、愁水の肩よりも低い位置に頭がある。


 長身の男が並んで歩くより目立たないだろう、という嗣巳の主張に押し負けたのだが、愁水は信じていなかった。


「嗣巳。お前、味を占めただろ」


「……何のことやら」


 嗣巳は白々しく応じたが、娘の姿で買い物をすれば何かとおまけがついてくる――と、この鵺は余計なことを覚えてしまったらしい。


「そんなことより、愁水。帰りに参道の茶飯屋に寄ってくれ」


「あー、筍飯たけのこめしか?」


「ご名答」


 名物料理まで把握してやがるのかと、愁水は顔をしかめた。


 妙だと思ったのだ。嗣巳がわざわざ同行しなくとも、愁水が〈物〉を回収すれば済む話だったのだ。


 愁水は、参道を振り返った。約六町(*)ほどの道の両側に、粟餅あわもちや飴を主に売る店が並んでいる。


 久々に《《まとも》》な菓子も食いたいのだろうが、今日は物見遊山ものみゆさん(*)に来たわけではない。


「参道じゃ遠回りだ。その辺の店でいいだろ」


「それなら、その辺の通行人を喰ってもいいか?」


 声を潜めた嗣巳が、洒落しゃれにならないことを言う。


「……寄りゃあいいんだろ」


「大体、お前ときたら毎日毎日、鍋ばかり……」


「いいだろ、鍋。材料を適当にぶちこんでも、味噌と醤油、酒を混ぜておけば、どうにかなるんだからな」


 腹が満たされれば味はどうでもいい、と考える愁水にとっては二重の意味で、化物が味にこだわる理由がわからない。


(*)も長く生きると、大概のことは飽きるからな。これが数少ない娯楽なんだから、少しくらい付き合え」


 愁水の考えを読んだように、嗣巳がそう言ってあやしく笑ってみせた。


「だから、妹の顔で腹黒そうに笑うなってんだよ」


 と、ぼやいているうちに、寺院や田畑を通りすぎ、件の屋敷――大名の下屋敷にたどり着いた。


 近頃、この近辺で人や猫の血を吸う〈野衾のぶすま〉という化物が跋扈ばっこしていたが、下屋敷に常駐していた家臣に斬られ、主である隠居した藩主の部屋へと逃げ込んだ。


 家臣団が野衾を追って部屋に踏み込んだところ、藩主その人が、刀傷を受けて絶命していたという。


 化物の正体は、藩主であった、というわけだ。


 この件は徹底して隠蔽いんぺいされたが、土蔵に毎夜、怪火や化物らしきモノが群がるのだと、愁水のもとへ極秘に依頼が舞い込んできた。


 化物が人間に化けていた話なら珍しくもないが、この一件は逆だった。絶命後の姿が、人間だったのだから。


「……鵺の酒」


 と、嗣巳が呟いた。


「匂いがするか?」


「ああ。土蔵の方だ」


 依頼人――野衾を斬ったという男に案内され、愁水と嗣巳は土蔵のなかを検分した。


 米や高額な家財道具の蔵とは分けられており、記録文書や書物を保管した唐櫃からびつ(*)に、書棚と文庫(*)が並んでいる。


 書物を手に取った愁水は、目を細めた。


 神仙思想――〈不老不死〉を願う古代中国の思想に傾倒していた形跡が、ありありと見て取れる。


 ――人間の体は脆弱だからね。


 そう気丈に笑ってみせた女を思い出すと、記憶のなかのその女は、いつだって泣く寸前のように、頼りなげに立ち尽くしている。


 江戸入りする一月前、愁水は盗賊宿に身を置いていた。


 各地に四散した鵺の身体の一部が、愁水の記憶を奪い、妹の身体に鵺の魂を封じたという〈陰陽師〉の手によって、悪用されている――と、嗣巳が告げたそばから、江戸へと向かう道中で、その悪用例に出くわしたのだった。


 盗賊の女頭目と、それを追う火盗改かとうあらためとの奇妙な共同生活は、ちょうど冬の長雨の間続いた。


 ――はみ出し者たちの、雨宿り。


 そう表現したのは、火盗改の密偵だったはずだ。男装していた、真澄という名の――。


「ああ、この酒樽だな」


 唐櫃の影に隠れるようにして、酒樽が並んでいる。その一つを指して、愁水は言った。


 嗣巳に尋ねるまでもなく、嗅ぎ慣れた酒の匂いだ。


「こいつは密造酒だ。酒の材に変わったモンを混ぜている。これさえ捨てちまえば、化物も……」


 話の途中で、嗣巳が動いた。愁水の背をかばうように、案内人の前に立ちふさがっている。

 

 案の定、嗣巳の肩越しに、案内人の手が刀のつかに触れているのが見えた。


 案内人の緊張と執拗な視線は感じていたため、愁水は得心して笑った。


 元藩主が化物であったなどと、万が一にも吹聴ふいちょうされてはならない。ここで愁水たちを始末しておけば、その憂いも晴れるというわけだ。


 相手の構え、眼差し――太刀取りで刀を奪えると踏んだが、嗣巳が鵺の姿に転じる方が早かった。


 鋭利な爪で壁に押さえつけられた案内人が、目を見開いて絶叫している。


 狸の胴、虎の右前足。先日まで欠けていた犬の左前足は、犬神を祀っていた祠の下に埋まっていたのを掘り返し、取り戻した。


 鋭利な牙を剥き出しにしている顔は、文献によれば猿とされているが、凶相が過ぎて、実際の猿とは似ても似つかない。


 足りないのは虎の後ろ足一本と、蛇の尾だ。鵺の酒の材となったスイカズラは、蛇の尾が変化したものだと言われている。


 千切れた尾も痛々しいが、後ろ足の切断面からは血が流れ続けている。尋ねたこともないが、無痛というわけにはいかないだろう。


「悪いな。これで〈化物絵師〉のわれがわかっただろ。心配しなくても、口外はしねえよ。あんたもそうだろ?」


 案内人は壊れたからくり人形のように、ガクガクと首を縦に振って気絶した。


「私が居て良かっただろう」


 娘の姿に戻った嗣巳が、剣呑な笑みを浮かべている。


「礼なら、この男の腕一本――」


「お前のほうが、よっぽど悪食じゃねえか」


 嗣巳を半ば引きるようにして下屋敷を出ると、黒の紋付き羽織に長脇差――武士と町人の境のような、着流し姿の若い同心どうしん(*)が目に飛び込んできた。


 その同心は愁水をじっと見つめたあとで、背を向けて歩きだした。


 愁水も一定の距離を空けて歩き、同心が立ち寄った料理茶屋の暖簾のれんをくぐった。


 店の案内で、奥座敷に通される。


「本当に同心だったんだな。――真澄」


 そこで待っていた若い同心――真澄が、愁水の率直な挨拶に苦笑を浮かべて頷いた。


 


――――

*六町:約六百四十八メートル(一町は約百八メートル)。


*物見遊山:名所旧跡へ行楽に出かけること。


*浮き世:「どうせはかないなら、今この瞬間を楽しもう」という、享楽的で現世肯定的な言葉。「憂き世(辛く悲しい世)」という仏教用語から派生し、江戸時代以降に広まった。


*唐櫃:脚やふたの付いた、中国伝来の大型の箱。書物や甲冑、衣類などを入れた。


*文庫:書物専用の小さな収納棚や箱のこと。


*同心:江戸幕府の下級役人。火付盗賊改方の配下で、警備や庶務を担当。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ