九 エピローグ(あとがきを含めて)
1990年に書き上げた作品を投稿します。少し手直ししました。よろしくお願いします。
いつも思っていた。広すぎる家だと。ボーナス払いを行わない月々のローンを支払う一人暮らしは、無駄なことの繰り返しをしているようで味気がなかった。計画されたベットタウンは、田舎暮しの長かった僕には季節の移り変わりもなく何の感慨ももたらさなかった。棟ごとの草刈りや野球大会も、僕には何の意味もない。今までそうやって自分を慰めていた。
愛はね一番大切なものなの。
五年間を僕は自分自身の器を見極める時間だったと考えようと思う。僕は冬眠していた。久美子と別れてから、久美子に出会うまで。そして、起き出さなければならない。久美子が愛してくれた僕へ。それが何なのかまだ分からない、ただ事実が僕に勇気を与えてくれた。
携帯電話の着信履歴から電話を掛けるのは。躊躇われた。僕が、かわったと伝えるにはふさわしくないと思った。自分が久美子を拒否していた番号からは掛けられない。わかりやすく彼女に自分を表すには不適切であるという思いがあった。そして、父がくれたメモの番号を押す手にためらいはない。
高まる鼓動が嬉しかった。
「はい。手塚です。」
「渡辺です。」
「伸也さんですか。何でこの電話番号を知っているんですか、……お儀父様に聞いたんですね。」
「うん。」
「じゃあ、沢木さんにも、話は…。」
「言い遅れたから。……結婚、おめでとう。」
「……ありがとうございます。…和志と、話しますか。」
「いや、いいよ。ただ、いつか。本当のことを話してほしい。」
「いいえ、終わったことですから。………心配しないで。」
結婚を決めたとき以上の魅力を持った女性がそこに居るのだろうと思った。
最後に聞くべきことを忘れなかった。お祝いを言ったのだ。
「相手の人って、優しいって聞いたけど、どんなひとなのかな。」
「あたしの決めた人。……それで、安心して。」
少し誇らしげな彼女の言葉に、僕は心の底からうれしいと思った自分に驚いた。
「そうだね。」
しばらく沈黙があり、そして僕はさよならを言った。
「渡辺主任……。」
携帯電話の向こうから掠れた声が聞こえてきていた。
「こんばんは。」
「お父さんは平気なんですか。階段から転げ落ちたと。」
「情報が早いね。」
「からかわないで下さい。……あの、何の御用なんですか。」
「親父が階段から落ちたのは嘘で、本当は違う用だったんだ。」
「そうだったんですか。」
「そうなんだ。」
「よかったですよ。心配してたんです。」
僕はわざと聞いた。
「どうして。」
吉田君は言葉に詰まったように沈黙した。僕も喋らないでいると、彼女が先に口を開いた。
「……御用は何でしょう。」
僕はゆっくりと言葉を発した。
「もう、桜井君に返事はしたのかと、聞きたくて電話しました。吉田さん。」
「はい。」
返事は一瞬遅れた。
「僕の言ったこと、分かったでしょうか。」
「はい、わかります。」
緊張するはずの僕より、彼女のほうが緊張しているようだった。振られるのかな。僕は思った。それならそれでいい。彼女が好いてくれた僕がここに居て、彼女が好きになれなかった僕もここに居るというだけだ。
「緊張してるの。」
「そんなことは、ないです。」
「僕は……。遅くなってしまったけど。」
「桜井さんのことは、お断わりしています。」
「……吉田さん。明日、食事をしませんか。いい店を知っているんだ。」
「はい。」
吉田君の答えはか細かった。しかし、一呼吸置いてはっきりと言いきった。それは僕の、悠久なる人への思いと、間違ってしまった愛しい人への気持ちが昇華してゆく兆しだった。道程は遠いだろう。だが、歩いて行けるはずだ。僕は吉田君の、彼女の一言にその資格を再び手に入れたと確信した。
「はい。喜んで。」
終わり
あとがき
この小説の本当の本題は『プライド』と『マザコン』との戦いです。
渡辺信也が、久美子と別れてしまったわけは、マザコンゆえにある渡辺信也の女性に対する、久美子に対してあった無言のプレッシャーです。誰であっても言葉でしか気持ちは通じることができません。又、いつまでも逃げていた信也は、今まで培ってきた心の通いあいを放棄してしまったのです。それでは生活は成り立ちません。互いが同じ場所を見つめ続け、どんなに苦しくとも『何時までも一緒に居たい』と言う事実こそが、愛しあっていると言えるのだと私は考えるのです。
建前は「一番大切なもの」などと題名をつけましたが、これは登場人物の「渡辺信也」が一番大切なもの、と思っているものであり、読者にこれを訴えるものではなく、また、「愛についての彼の考察」という副題は、「愛にかこつけた彼の言い訳」であり、これが自分を騙せる人間、そして、他人を言いくるめることができる人間の本性でもあるのです。むろん、それがプラスにもマイナスにも働き、それゆえに『自然の不思議』を認識せざるを得ない事実はあるのですが。
「渡辺信也」は『プライド』をそして、女性に全てを委ねて、責任を負うことを吉としない考え方を越えた。(大人の男とは、全てを自分で考え、自分で決めなければならないというのが考え方の基本)現実を直視しない甘えゆえにそれにたどり着くことができなかった彼が、全てを悟り、自分自身を自分で決めることができたと信じて、僕はこの小説を終わりとしました。どうだったでしょうか。
人が人に求めるものについての僕の考えを小説にしてみたのです。
作 1990年3月(第一回脱稿)
高校三年生から大学一年生にかけて執筆した作品を再度見直して校正をかけました。
あとがきからして、言っていることが良くわかりません。
高校三年生に結婚生活の意味が分かるはずもないので、そのあたりの青臭さを消すことはできませんでした。奇麗すぎる大人像に脱帽です。
携帯電話がない時代に書いていたので、会社に普通に私用電話がかかってきていた内容を変更しました。建設業界の事情は三十五年も前なので、当時を調べていただければと思います。今はすごく良い業界になっていますのが、その部分まで修正するとちょっと大変ですのでそのままにしました。
あと、和志くんの養育費は親父さんが出しています。無理やりださせてくれと食い下がって久美子のお母さんに直談判しています。それが、再婚に踏み切るきっかけにもなっている裏設定は、そんなこともあるかもしれない程度で。
なぜこのような作品を書くことにしたのかは、多分私の両親が離婚したことが起因となっていると思っています。主人公は自分であることが、こういった小説のお決まりですが、「そのとおり」と言わざるを得ない、三十五年前と変わらない自分と相まみえることとなりました。
人って、成長しないものですね。でも、世界一周をして元の位置の戻ってきたイメージはありますので、まったく成長しないことはないのかな。
大きな違いとして、信也は外見がとても良い設定です。
でなければ、成り立たない展開です。
外見はいつまでたってもあんまり変わらない一つの基準となりますからね。
最後まで読んで頂き、ありがとうございました。
2025年8月校正




