9話
学園にて、昼。各々が持ってきた弁当を広げ、思い思いの話題を広げながら食事をしている。空と翼は机をくっつけ、向かい合う形で昼食をとっている。
「―――段々ついてこられるようになったね」
ウィンナーをつまみながら翼が言う。空は、何の事か分からず首をかしげる。
「何が?」
「修行。最初はすぐへばってたけど、最近はそうでもなくなったよ。相変わらず戦い方はへたくそだけど」
「一言余計だな……。やっぱり型とか覚えた方がいいのか?」
「そうだね。空手部あたりに入部してじっくり学んだ方がいいよ。でも、それは嫌なんでしょ?」
「……まあ、そうだな」
「前も聞いたけど、そこまでひた隠しにする理由は何なの? やっぱり教えてくれない?」
「すまん。教えられない」
「ま、そうだよね」
空は罪悪感と共にほうれん草を飲み込む。自分が魔法少女として活動している事は、一般人―――と思っている―――翼には秘密にしておきたい。後、男が魔法少女やっているという事も、勿論秘密にしておきたい。女の子に変身して戦っているなんて変態と思われるかもしれない。それは避けたい。
食べ物を咀嚼しながら俯く空を前に、翼はじっと考え込む。
「(戦いの事を学びたい。でも理由は秘密にしておきたい。まさかとは思うけど、空も怪人と戦う戦士なのか……?)」
翼の予想は、空は戦士ではなく魔法少女として戦っているため、半分当たっている。
「(同じ戦士であれば、色々と情報の共有とか出来るかもしれない。今度聞いてみようかな)」
多少の勘違いはありつつも、昼食の時間は穏やかに終わる、はずだった。
唐突に備え付けのスピーカーが甲高い音を上げ、荒い呼吸と共に悲鳴のような声が響いてきた。
『か、怪人です! 学園内に怪人が現れました! 生徒の皆さんはすぐに避難してください!』
しんと静まり返る教室。やがて、ざわざわと小さな波紋が広がり、現実に認識が追いついた順に悲鳴が上がっていく。クラスは一瞬でパニック状態となり、生徒達が出口に殺到する。
―――空、怪人が現れました。すぐに向かってください。
「分かってるよ……!」
遅れてペンダントからの声が空の頭の中に響く。だが、教室の出口は生徒達がぎゅうぎゅうに詰まっており、出られそうにない。どうすれば、焦る空は考えを巡らせるが上手くいかずにいた。
ぱん、と教室内に乾いた音が響く。それは翼が両手を叩いた音だった。再び静まり返った教室で、皆の注目を浴びる翼は冷静に言った。
「皆落ち着いて。一人ずつ順番に外に出るんだ。避難経路は以前訓練で学んでるよね? 慌てず騒がずに避難するんだ。いいね」
翼の言葉にクラスの狂乱は静まっていく。落ち着きを取り戻した生徒達は、翼の言う通りに避難を開始した。
「空も早く避難して。僕は置いていかれた人がいないか見てくるから」
「俺も見回るよ。一人じゃ大変だろ」
「怪人に会ったらどうするんだ。君じゃ戦えないだろ」
「そっちも同じだろうが。ちゃんと逃げるよ。ほら、行くぞ」
「……仕方ないな。怪人に出会ったらちゃんと逃げるんだよ?」
二人は教室を出て廊下に立ち、お互いの無事を祈って別々に行動を開始する。校内では逃げ遅れた生徒達が廊下を彷徨っており、空と翼はそれぞれ避難誘導を行った。途中先生に見つかり、避難するよう指示を受けるが、その場では従ったふりをして引き続き二人は校内を駆け回った。残っている生徒達を避難させる事もそうだが、真の目的は怪人の討伐である。中々見つからない怪人の姿にやきもきする二人であったが、ふと、翼は大きな破壊音を聞きつけた。
「こっちか!」
廊下を走り、曲がり角を曲がる翼。そこでは一体の怪人が校舎の破壊を行っていた。急ぎ変身しようとする翼だったが、ふと気づく。
「あれは、前にも見た奴……?」
今回現れた怪人は、以前倒したはずのカエル型の怪人であった。瓦礫を舌で振り回し、暴れ回っている。
「以前倒したはずなのに……いや、考えるのは後だ。変身!」
頭に浮かんだ疑問をひとまず置いておき、翼はカイへと変身する。ベルトから剣を取り出し、未だ破壊活動を続ける怪人に不意の一撃を浴びせる。
「ゲロ! 何者だゲロ!」
『僕の事を覚えていない……別個体なのか?』
カイへ振り返った怪人が舌を振り回し威嚇する。怪人の言葉に疑問が深まるカイであったが、ひとまず置いておき、剣を構えなおす。
「食らえゲロ!」
怪人の舌が瓦礫に張り付き、それを振りかざしてカイへぶつけようとする。カイは床を転がって瓦礫を避け、怪人へと肉薄する。一気に距離を詰めたカイは、勢いそのままに剣を怪人へ向けて振り下ろした。怪人の身体から火花が散る。
「舌だけが取り柄と思うなゲロ!」
たたらを踏んだ怪人だったが、やおら拳を構え、カイへ向けて振り抜く。カイはそれを避け、時には受け止め、最小限の動きで対応しながら反撃とばかりに剣を振るう。
「こ、こいつ強いゲロ! こうなったら……!」
怪人は舌で壁を破壊し瓦礫の山を積み上げ、カイを足止めする。そうして踵を返し、カイからの逃走を図る。だがその行動は、反対側から現れた少女が立ちふさがった事で失敗に終わってしまう。
「おっと☆ 逃がさないよ☆」
『その声……スターライトか!』
宇宙色の髪をたなびかせ、手にステッキを持ったスターライトが怪人の前に立つ。空もまた、怪人の破壊音を聞きつけてこの場に駆けつけていたのだ。
「あれ……前に会った事ある?」
「どいつもこいつも僕の邪魔をしやがって! もう怒ったゲロ!」
怪人の舌が天井を叩き、無数の瓦礫の山が出来上がる。怪人はまた鋭く舌を突き出し、瓦礫を破壊する事で無数の礫を生み出した。瓦礫で出来た礫がスターライトへと迫る。
「おっと☆」
スターライトは、カイよりは覚束ないながらも素早い足さばきで礫の雨を避けて回る。だが回避は完璧とは言えず、身体の至る所に小さな傷が出来てしまう。
「う……」
スターライトは痛みを堪えつつ、ステッキを振るって星の弾幕を生み出して反撃する。弾幕は怪人の身体に当たり小さなダメージを与えるが、致命的な一撃は与えられずにいた。
「これなら、どうだ!」
『キラキラ☆』
ステッキを叩き、それを正眼に構えるスターライト。ステッキに膨大なエネルギーが込められ、巨大な星の塊となり、射出される。
「スターライト☆シューティングスター☆☆」
スターライトの必殺の一撃は、しかし怪人の身体をかすめて彼方へ飛んでいく。身体に溜まった小さなダメージが、スターライトの射線を僅かにずらしてしまったのだ。
「ゲーロゲロゲロ! どこに向けて撃っているゲロ!」
怪人が勝ち誇ったように笑い、舌を伸ばす。それはスターライトの腕を絡めとり、ゆっくりと締め上げていく。痛みに持っていたステッキが床に落ち、からんと乾いた音を立てて転がる。
「くっ……!」
「このまま骨を折ってやるゲロー!」
怪人が愉悦に満ちた声を上げる。万事休すのスターライトであったが、彼女は諦めていなかった。
「……だって、貴方がいるものね☆」
『Spin! Gera Break!』
突如響いた電子音と共に現れた二つの歯車が怪人の身体を挟み込んだ。怪人が驚き、背後を見やる。足止めとして積み上げていたはずの瓦礫は粉々に粉砕されており、その向こうからカイがゆっくりと迫ってきていた。先ほどスターライトが攻撃を外した時、それはカイと怪人を分かつ瓦礫へとぶつかっていたのだ。そのおかげで再び道が繋がり、油断していた怪人はカイの攻撃を受けてしまったのだった。
『これで終わりだ……!』
『Gear Crash!』
カイがベルトの歯車を手で擦りつけるようにして回す。カイの身体にエネルギーが漲り、それが右足へと集中する。カイの足が怪人の目の前で止まり、今、必殺の一撃が放たれる。
『はあああああっ!』
エネルギーの集中した右足が、怪人の身体を蹴りつける。怪人の中を膨大な力が駆け巡り、爆発。学園の安全を脅かした怪人は、カイの手によって倒されたのだった。
爆炎の中から気絶した、怪人だった男が現れると、それをカイは一瞥する。そしてスターライトへ向き直った。
『スターライト、怪我は……してるね。良かったらこれ使って』
カイが懐から包帯と絆創膏を取り出し、スターライトを手当てする。
「あ、ありがとう……」
『魔法少女とは言え女の子なんだ。傷ついている所は……見たくないな』
「でも、怪人は放っておけないからね☆ 私はこれからも戦うよ☆」
『だよね。いざとなったら僕を盾にしてもいいからね』
「しないよ☆」
カイに包帯を巻かれるスターライトもとい空は、カイの行動に暖かな気持ちを感じ取る。
「(手当を受けてるだけなのに、何だかドキドキしちゃうな……)」
頬にも絆創膏を貼られ、むずがゆくなったスターライトは勢いよくその場から立ち上がり、カイとは反対の方向へ駆け出す。
「じゃあね☆ また会おう☆」
その後、二人は人目につかない所で変身を解除し、校庭に避難していた生徒達にこっそりと紛れ込む。怪人と化していた男が警察に移送されていくのを見送った翼は、ふと空の見た目に違和感を覚えじっとのぞき込む。
「どうした翼?」
「いや……顔、どうしたの? 絆創膏貼ってるけど」
翼の指摘に空ははっとして、手で絆創膏に触れる。
「ひ、避難中に転んだんだよ。それで保健室でもらってきたんだ」
「……そう」
慌てふためく空を見て、翼は訝しがる。空に貼られていた絆創膏の位置に見覚えがあったのだ。
「(スターライトと同じ位置。偶然? それとも……)」
倒したはずの怪人の再出現。そして空の傷。翼の考え事は増えていくばかりであった。