11話
とある日の夜。空が自室で休もうとしていると、突然ペンダントから声が発せられた。
―――空、お願いがあります。
「何?」
―――私を、近辺で最も高い場所へ連れて行ってください。話したい事があるのです。
「最も高い場所……?」
ペンダントからのお願いに、空は首を捻って考える。そして、そう言えばと思いついた個所を一つ上げてみた。
「この辺りだと学園の屋上かな。もしかして、今から行ってほしいとか?」
―――なるべく早急にお願いします。時間がないのです。
普段と違う切羽詰まった言い方に、自然と空の気が締まる。何か、よほどの事があるようだ。
「夜の学園か……。開いてるかな」
空は軽く支度を整えて部屋を出ると、リビングでテレビを見ていた空の母親に出かける事を告げた。
「母さん、ちょっと出かけてくる」
「なあにー? お菓子でも買いに行くの?」
「まあ、そんな所。すぐ帰ってくるから」
車に気を付けるのよー、と間延びした声を聞きつつ、空は家を出る。季節は春という事もあり、上着なしではまだ肌寒い。一枚羽織っておいて良かったと思いつつ、空は通学路を歩く。そして、特にトラブルもなく学園の校門前まで辿り着いた。空が校門に手をかけてみると、それは大きな音を立てて開く。時刻はすっかり夜であるが、学園はまだ開いているようだった。
「そうか、先生が残業してる可能性があったな。どうかバレませんように」
空は僅かに開けた隙間に身体を滑り込ませると、姿勢を低くして学園内を歩く。途中通り過ぎた職員室にはまだ明かりが灯っており、誰かがキーボードを操作する音が聞こえた。空の予想通り、先生の誰かが残業をしているらしい。
「おっと」
前方に見えた懐中電灯の明かりを警戒して空は物陰に身を潜ませる。それは巡回中の警備員だったようで、空の事には気づいていないようだ。ほっと胸をなでおろし、空は慎重に歩みを進め、やがて屋上へ繋がる扉の前に辿り着いた。
「さて」
ドアノブに手を掛け、回してみる。どうやら鍵はかかっていないらしい。
「天文部が活動に使うから開けてるのかな? 何しろラッキーだ」
空はそっと扉を開け、外の様子を窺う。見える範囲では誰もおらず、物音も聞こえない。今がチャンスだ、とそのまま屋上へと出る。上を見上げてみれば満点の星空で、何だかロマンチックな気分になれそうだ、なんて考えているとペンダントから指示が飛んだ。
―――空。私を掲げてください。星の明かりを一身に浴びせるように。
「こんな感じか?」
空は言われた通りにペンダントを掲げてみる。すると、ペンダントが薄ら輝き始め、その光は徐々に大きくなっていく。まるで光を吸収しているかのようだ。輝きが頂点に達し、空は思わず顔を腕で覆う。やがて光は小さくなり、空が腕をどけると、そこには一人の女性の姿があった。
宇宙を思わせる深遠の髪に、星が散りばめられた鳶色の瞳。顔には微笑を湛えており、柔らかな印象を抱かせる。そんな女性だった。
「―――ああ、空。ようやく会えましたね」
女性の声は、複数人の声が重なっているような独特な音として空の耳に響く。突然に事態に驚き戸惑っている空に、女性は優しく微笑みかけた。
「私は……この星から遠く、遠い星々の一かけら。この星に危機が迫っている事を知った我々が送り出した力の一端」
「宇宙人って事か……?」
「人ではなく、そうですね。エネルギーと言うのが正しいでしょう」
「エネルギー」
未だ戸惑いを見せつつも、空は首元のペンダントを握りしめる。
「じゃあ、俺はあんたの力を借りて変身しているって事なのか」
「そうなります」
「でも、どうして俺だったんだ? 他に適任はいなかったのか?」
「あなたには我々との強い親和性がありました。魔法少女……と言いましたか。その適正が、あなたには強くあったのです」
「適正が……」
空は自分の手をじっと見つめる。魔法少女としての適性……どうやって判断しているかは分からないが、自分にはそれがあるようだ。どうせなら戦士としての適性が良かったな、と思うのは贅沢な悩みだろうか。
「空。……かつてない脅威が迫ろうとしています。今のあなたでは到底勝てる相手ではないでしょう。ですので我々は、我々との親和性をより高めるために今日この場を設けて頂いたのです。新たな力を得るために」
「新たな力……」
「下地は既に整えました。後は経験だけ。戦い続ける事で、あなたは花開く」
「怪人と戦いまくれって事か。分かった」
空の言葉に満足そうに微笑んだ女性は、徐々にその姿を薄くさせていく。話すべき事は話したと言わんばかりに。
「待ってくれ。あんた、名前は……」
「我々に名前はありません。どうか、お好きなように」
「じゃあ……ルミナ。どうだ?」
空からの贈り物を、女性は口の中で転がすように呟く。
「ルミナ、ルミナ……ええ。分かりました。これからはルミナと呼んでください」
星々の明るい夜にまた会いましょう。そう言うと、女性―――ルミナは溶けるように消えてしまった。しんと静まり返った空間で、空はひとりごちる。
「不思議な印象だったな……。遠い星々のエネルギーの一つ、か」
ルミナから受け取った言葉を噛み締めていると、ふと空は疑問に感じた事を口にした。
「んん? なら魔法少女って宇宙由来の存在なのか?」
また今度聞いてみよう。そう考えて空は屋上を後にする。階段を降り、廊下に出た所でまた警備員の姿を見つけた空は、物陰に潜んでやり過ごそうとした。だが、何かを足で蹴ってしまい、からん、と乾いた音が静寂な廊下に響き渡った。まずい、そう思った時には既に遅く、警備員の鋭い声が空の元へ届く。
「誰だ!」
「やっべ……!」
もはや隠れる事はかなわないと悟り、空は遮二無二走り出した。視界の端で、廊下を走ってはいけませんというポスターが見えたが、そんな事は言っていられる状況ではない。空は学園に不法侵入した身なのだ。バレれば何を言われるか分かったものではない。後ろから聞こえる警備員の足音を遠ざけようと、廊下を、階段を駆け回る。やがて外に飛び出した空は、勢いそのままに校門を飛び越えた。そのまま近くに生えていた街路樹の陰に隠れ、様子を窺う。警備員はしばらく校門の前でうろうろしていたが、やがて諦めたのか学園内へと戻っていった。その姿を確認して、空はほうと一息つく。心臓は未だ早鐘を打っており、落ち着くまでは時間がかかりそうだ。帰りはゆっくり歩こう。そう考えて、歩き出したが、先程の自分の行動を思い返して立ち止まる。
「俺、さっき……校門飛び越えたよな?」
空は勢いよく振り返る。校門はそこそこの高さがあり、当然だがそう簡単に飛び越えられるものではない。だがそれを事も無げに成し遂げてしまったのは一体誰だったか。
「それに、あんだけ走り回ったのにあまり疲れてない。どうなってるんだ?」
疑問は尽きないが、いつまでもこの場にいては怪しまれかねない。そう思った空はひとまず帰路につく事にした。
その後帰宅した空は、お菓子を買ってくるという言い訳で外出したのに何も持っていなかったため母親に怪しまれる事になり、弁明に苦労したのだった。




