転生を希望しますか?
今日はいい1日になる、はずだった。
子供を保育所に預けての職場復帰。
子供のことは大好きだし、家にいるのも嫌いじゃないが、久しぶりの一人の時間はやっぱり開放的な気分になった。
そのせいで、わたしは少し浮かれていたのだろう。
だから、あの時。
目の前で道路を横断しようとする猫と走ってくる車を見て、つい飛び出してしまった。
イメージでは、上手く助けられるはずだった。
ところが、車のほうで避けたのだ。よりにもよってこちら側へ。
結果、猫は無事だがわたしは撥ねられてしまった。
あぁ、これはやばいかな。
いや、だめだ。わたしは死ぬわけにはいかない。諦めてたまるか。あきらめて・・・
そこでいったん記憶は途切れた。
で、意識が戻ったと思ったらこれだ。
『転生を希望しますか?』
目の前に立っているのは中性的な顔と声をしたスーツ姿の人物だった。
先ほどの発言の後、無表情でじっと私を見ている。
「・・・えっと。わたし、車にひかれたんですよね」
『そうですね』
それだけ答えてまた黙りこむ。
「・・・もう少し説明はないんですか」
『説明、と言いますと?』
「あー、まず、わたしは死んだんですか」
『そうですね。正確に言いますとその瞬間ですね』
「瞬間?」
『ここは時間の狭間ですのでね』
要するに時間が止まってるみたいなことだろうか。
『どうですね?転生を希望しますか?』
「転生ってことは、今の生活はなくなるんですよね?」
『そうですね。違う世界で違う人間として生きてもらうことになりますね。記憶は今のままですがね』
「それじゃ困るんですけど」
『人間が嫌なら別の種族でもいいですね。今なら特典としてその種族の最強にしてあげられますね』
なんか押し売りの人みたいなこと言いだしたぞ。こいつ。
「いや、わたしは今の家族と今の生活がいいんです」
せっかく幸せを手に入れたのだ。そう簡単に諦めてたまるか。
『それは難しいですね。あなた今死んでいるところなので』
「難しいってことは不可能じゃないんですね」
『・・・』
「不可能じゃ、ないんですね」
『そうですね。あまりお勧めしないですがね』
「教えてください」
『非常にめんどくさいですね。失敗するかもしれないですね』
「お・し・え・て・く・だ・さ・い」
『・・・まず、魔法のある世界へ行って蘇生魔法を習得するですね。それから、戻ってきて元の体を蘇生させるですね』
「なんだ、全然ややこしくないじゃない」
ちょっとめんどくさそうだけど。
『何度も世界を移動しないといけないですね。それもここに繋げないといけないですね』
「わたしには関係ないことですね」
あ、うつった。
『あなたも人間としての生は残していくことになるので人間にはなれないですね。ネコになるですね』
「猫を助けたから?」
『それだけじゃないですね。ネコは九つの命を持っていますね。魔法の習得に時間が必要ですね』
「ちょっと、あんまり時間がかかると私死んじゃうんじゃ」
『さっき言ったんですね。ここに繋げるので問題ないですね。ただし、ネコのまま寿命が尽きたらそこでおしまいですね』
「お、おしまいって」
『人間のあなたは死に、魂はリセットされますね。特典もつかないですね』
「いや、特典はいいんだけど。よし、わかった。じゃあそれでお願いします」
『ほんとにいいんですね?不可能ではないようにしておくですがかなり難しいんですね』
「だって、なにもしないとこのまま死んじゃうんでしょ?なら、精いっぱいできることはやっておかないとね」
後悔だってしきれない。わたしは、死なないと決めたのだ。
『そうですね。神も人間の自主性を重んじているのですね。では、精々頑張ってきてくださいね』
その言葉の後、急激にかすれていく視界の中、終始無表情だったその口元が少しだけ笑っているように見えた。