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陛下、それは猫ではなく後宮妃です!~姿を変えて、冷徹皇帝の溺愛本音を聞いてしまいました~  作者: 及川 桜@『後宮の料理妃2』発売
第三章 冷徹皇帝の本音が甘すぎます

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「娘々が、貴妃様を欺いて呪術を行っていたなんて――そんなの、でたらめです!」


 阿李は瞳を潤ませたまま、必死に訴える。


「たしかに、娘々は湛州国の巫女の血を継いではいます。けれど……呪術なんて、あんな恐ろしいものを使うようなお方じゃありません!」


 どうやら禁軍太尉が掴んだ情報は、すでに阿李の耳にも届いていたらしい。

 だが彼女は、自らの安否ではなく、ただひたすらに璃華の無実を信じ、訴えようとしていた。


「もちろん、わかっている。だが、これは、璃華へと繋がる、唯一の手がかりだ。何かに巻き込まれたことは、まず間違いないだろう」


 その言葉に、阿李の顔色がさっと蒼白に変わる。

 そして、黎煌の腕をがしりと掴み、縋りついた。


「どうか……どうかお願いです。娘々を、どうか助け出してください!」


「……命に代えても」


 黎煌は、静かに、しかし力強くそう告げると、ゆっくりと立ち上がった。

 そして傍らで見守っていた猫を、そっと抱き上げる。


「さあ、小璃。帰るぞ。璃華を見つけ出さねばならない」


 その目はすでに、見えぬ敵を見据える戦場の将のものとなっていた。

 腕に大切に抱かれた猫を見つめ、阿李はふと、不思議そうに小首を傾げる。


「その猫……」


 ぽつりと漏れた呟きは、すでに闘志を燃やして歩き出した黎煌の耳には届かなかった。

 代わりに、璃華が振り返る。

 阿李に向かって、「ニャー」と小さく鳴いた。

 ここにいるから、大丈夫。

 そんな思いを込めて。



 宮廷へ戻った黎煌は、璃華を寝室に残したまま、足早に政務へと向かっていった。どこかへ行かれては困ると思ったのかもしれない。

 黎煌は忙しそうだったし、璃華も大人しく寝室で待つことにした。それに、今はゆっくりと考えを巡らせたい。


(このままでは駄目。無実の証拠を……いいえ、貴妃様の陰謀を暴かなければ。また同じことが繰り返される)


 呪詛の道具だった大香炉を破壊しただけでは、不十分だった。なぜ貴妃が、不動の罪に相当する呪術に手を染めたのか。そこには、きっと大きな目的があるはずだ。

 真実を暴くのなら、今の猫の姿はむしろ好都合。元に戻れずに悩んでいたが、今はそれどころではない。やるべきことがある。


 そうして今後の計画を練っているうちに、あっという間に夜が更けていった。

 やがて、湯殿で身を清めてきたのだろう、寝着姿の黎煌が寝室へと戻ってくる。


「ただいま、小璃」


 黎煌は柔らかい笑みを浮かべ、手を伸ばして璃華の喉元をそっと撫でた。

 璃華――いや、小璃はごろごろと喉を鳴らして応える。

 猫の体にも、もうすっかり馴染んでしまっていた。


 黎煌はよほど疲れていたのか、文机に向かうこともなく、真っ直ぐに寝台へと身を横たえた。

 いつもなら政務を片付けてから床に就くはずなのに。どうしたのだろうと璃華が心配して近づくと、黎煌は小璃をそっと抱き寄せ、自らの胸元に包み込んだ。


(わ、わわっ!)


 驚いた璃華は腕の中から抜け出そうと身をよじるが、黎煌はその動きを逃すまいと、さらに腕に力を込める。


「……なあ、小璃。少しだけ、俺の話を聞いてくれないか?」


 ぽつりと、ひとりごとのように呟かれたその声に、璃華はぴたりと動きを止めた。


「最初は、璃華が俺のそばにいるのが嫌で、姿を消したのだと思っていた。だが、そうではなかった。どうやら、きな臭い事件に巻き込まれたらしい」


 その言葉には、安堵と不安がないまぜになっていた。


「自分の意思でいなくなったわけじゃない。それがわかって、ほっとした。けれど……事件に巻き込まれたというなら、璃華の身が危ないということだ。それを思うと、胸が潰れそうだ」


 黎煌は目を伏せ、静かに語り続ける。その口調は淡々としていたが、言葉の端々から、押し殺した感情が滲んでいた。

 璃華はただ、胸の奥が締めつけられていくのを感じる。こんなにも心配してくれていたなんて。


「こんなことになるくらいなら……たとえ嫌われていても、会いに行けばよかった。触れられなくてもいい。言葉を交わせなくてもいい。ただ、遠くからでも、その姿を見ていたかった」


 吐き出された黎煌の想いは、まるで苦悩と後悔そのものだった。

 知らなかった。黎煌が、ここまで自分のことを想ってくれていたなんて。璃華はただ、胸を押さえたくなるような切なさに呑まれていった。


「情けないよな。璃華がもうこの世にいないかもしれないと考えるだけで、手が震えるんだ」


 かすれたような声だった。


「戦場でも、震えたことなんて一度もなかった。命を落としかけた時ですら、怖いと思ったことはなかったのに……今は、どうしようもなく怖い」


 あの戦で数多の勝利を重ね、不敗の将と謳われた黎煌が、〈怖い〉と口にしたことが、璃華には信じられなかった。


「どうして俺は、ちゃんと伝えなかったんだろう。たとえ嫌われていたとしても、恨まれていたとしても……ただ、一言だけでも――」


 言葉を飲み込み、黎煌は苦しげに息を吐いた。そして、しっかりと想いを乗せて、ぽつりと告げた。


「……愛している、と」


 その一言に、璃華の胸が大きく脈打った。


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