最強武装
ノアに先導され、俺は地上に広がる高層ビル群を背に、さらにその下──都市の地下深くにある、静まり返った一画へと降りてきた。
分厚い鉄製の扉の前に立ち止まる。周囲の空気はひんやりとしていて、街の喧騒や地表の陽射しとは無縁の、閉ざされた空間特有の静けさが漂っていた。
扉の向こうからは、かすかに機械が回転する音と、規則正しい電子音が漏れている。それはまるで、機械たちが呼吸しているかのようにも思えた。
重々しく開かれたその部屋の中には、無数の装置が並び立っていた。筐体のひとつひとつが異なる形状をしていて、どれひとつとして汎用的ではない。おそらく、すべてが専用に設計された試作機や制御装置なのだろう。
白く磨かれた床。壁面を走る配線。冷却用のチューブが、光を反射して淡く煌めいている。
部屋全体が静謐な熱気に包まれていた。
ここは、研究のためだけに最適化された空間。
誰の目も、言葉も、感情も必要とされない、ただ“創る”ことにのみ集中するための部屋だった。
そして、その部屋の中央には、人型の──これは、スーツだろうか?
全体的なフォルムは、確かに人間とほぼ同じサイズだった。だが、その印象は決して「人が着る服」には収まらない。
各部のパーツは無骨で鋭角的。肩や肘、膝に至るまで、何かを貫くために設計されたような尖りがあり、装飾というよりは明確な意図を持った構造だった。
一目見れば、戦闘を前提にした装備だとわかる。けれど、剥き出しの機械とは違い、どこか有機的な曲線も備えていた。だからこそ、それが“スーツ”なのか、“人型兵装”なのか、判断がつかなかった。
最初はスーツに見えた。だが、見れば見るほど、まるで無人の兵士がそこに立っているような錯覚に囚われた。
「これが……あなたをこの世界にお呼びした、もう一つの理由です」
その機体にゆっくりと視線を向けながら、ノアは静かに、けれど確かな口調でそう告げた。
その声音には、説明の義務感だけではない、どこか罪責のような色が滲んでいた。
「……これは?」
思わず問いかけた俺に、ノアはわずかに息を整えながら答えた。
「この世界を救うために──
各国の技術と知見、あらゆる叡智を注ぎ込んで造られた、対崩壊用の武装です」
言葉のひとつひとつを選ぶように、丁寧に。
その視線はずっと、あの無機質なスーツに向けられていた。
「……綺麗だな」
つい、漏れ出た俺の感想に、ノアは不思議そうな顔をした。
「綺麗……ですか?」
首をかしげたその表情には、心から理解できないといった戸惑いが浮かんでいた。
俺は、目の前の人型の武装から視線を逸らさずに答えた。
「色んな人の想いが詰まってる。──綺麗じゃないはずがないだろ」
願い、祈り、執念、信念、諦めと希望、そして絶望。
この一体の武装には、いくつもの想いが、何層にも重ねられている。
無機質なはずなのに、まるで心を持っているかのように感じられた。
「……使い方を教えてくれ」
その言葉には、もう迷いがなかった。
「俺が一人で戦うより、よっぽどマシだ。
それに……これを受け取れば、戦う理由ができる」
どこか静かな声で、けれど確かにそう言い切った。
逃げる気なんて、最初からなかった。
もちろん、今もない。
けれど、これから先、逃げ出したくなる瞬間が来ないとは限らない。
それほどまでに、“世界を救う”ということは、重く、厳しい。
それがわからないほど、俺は馬鹿じゃない……と思ってる。これは驕りかもしれないけど、これだけは自信を持ちたい。
だから、今ここに、逃げない理由がひとつ、生まれたことに意味がある。
誰かの想いを受け取ってしまった以上──俺は、もう簡単には背を向けられない。
だからもし、折れることがあってもいい。
そのたびに、また立ち上がればいい。
「使い方は私にはわかりません。
ですが、こちらのヘルメットを被ってください」
ノアはそう言って、透明感のある華奢な手で、ひとつの球体を差し出してきた。
受け取ってみると、それがただの防具ではないことがすぐに伝わってきた。
……というか、ヘルメットとは言っていたが、あまり防具の機能は果たしていないように思える。
特にバイザーの内側が特殊であった。そこには極小の文字と回路が浮かび上がり、淡く輝く液晶が情報を表示していた。
まさしく、“精密機器”の名にふさわしい装置だった。
「……これでいいか?」
言われるままに、俺はヘルメットを被った。
「では、起動します」
頭部を包むその装置の内側で、微かな振動と共に電源が入るのがわかった。
次の瞬間、バイザーの中に浮かび上がったのは、この世界の文字で記された一言だった。
《Start Up》
その表示と同時に、俺の意識は現実から切り離された。
──何かが、切り替わった。
「ようこそ。
優秀な母を持ち、最強の父を持つ者よ」
聞き覚えのない声が、静かに脳内へと響いてくる。
気づけば、俺の意識は見知らぬ“白い空間”に漂っていた。
いや、“見知らぬ”とは違う。知っている。
"神域"
母から聞いたことがある。
本来、生物が存在する三次元とは別の、四次元に存在する位相の歪み。
神が座する、下界とは切り離された領域。
「……おや、そんなことまで知っているとはね。
君の母君は、“普通の人間として育てた”と言っていたのだけれど」
その声の主が姿を現す。
目の前に立っていたのは、透き通るような身体を持つ人物だった。
どこか、ノア・ロストリアに似た雰囲気をまとっている。
もしかして、ノアは……神の血筋なのか?
「ああ。彼女は、私の──遠い遠い遠い、親戚にあたる」
とても離れているらしい。……なるほど。
「やっと、私の言葉に反応してくれたね」
俺は、ヘルメットを被れば、あの“美しい武装”の使い方を教えてもらえると思っていた。
まさか、神様と向かい合う羽目になるとは思わなかった。
……正直、全く求めてなかったんだけどな。
「そう悲しいことを言わないでおくれ」
神様は、どこか芝居がかった口調でそう言った。
あのヘルメットでは、装備の使い方はわからないということか。
「その説明をするのが、私の役目だよ」
神は穏やかに言うが、どうにも腑に落ちない。
装備の説明程度で、神がわざわざ出張ってくるとは思えない。
戦争には介入するが、技術には干渉しない。それがこの世界における神のスタンスだと聞いていた。
この状況は、明らかにその常識と食い違っている。
ましてや、神が一個人に対してこうして姿を現すなど、普通ならあり得ないことのはずだ。
「あの装備は、“ヴァリアス・アーマー”という名称の武装だよ」
神はそう告げた。スーツではなく、アーマー。しかも“武装”と呼ぶあたり、やはり戦闘特化の代物らしい。
「世界各国の、あらゆる技術が結集されている。
だからこそ、私のように圧倒的に中立な立場でなければ、その全貌を把握することも許されていないんだ」
淡々と語る口調の裏に、どれほどの秘密と歪な利権構造が絡んでいるのかを感じさせる。
それほどに、過剰な“力”が詰め込まれた存在──それが"ヴァリアス・アーマー"なのだと。
「人類の最後の希望。
誰が使っても、ヴァリアス・アーマーは崩壊怪獣を玩具のように扱えるだけの力を持っている」
“誰が使っても”。
裏を返せば、使い方を知らなければ、誰であっても起動できないということだ。
「これから君の頭の中に、アーマーの使用方法を直接インストールする。少しばかり頭痛を伴うかもしれないけど、我慢できるかい?」
脳に情報を流し込まれるなんて、冷静に考えれば嫌に決まっている。だが、本当に“断れる”のか?
「まあ、どうしても嫌だって言うなら無理強いはしないさ。
でも、もし君が使えるようになれば……そうだね。さっきの化け物が百体いたとしても、問題なく対処できると思うよ」
百体いても困らない。
それがどれだけ“異常な力”なのか、言葉にしなくてもわかる。
脳に情報を直接流し込まれるというのは、どう考えても明確なリスクだ。
けれど、もし本当に“それほどの力”が手に入るというのなら。
それだけの危険を背負う価値は、きっとあるのかもしれない。
ってか、さっきの化け物って言ったな。この神様。つまり、好き勝手に下界を見れるわけだ。
……この世界の人は信用してるけど、この世界の神は信用できないんだよなぁ。
まあ、いいか。いいや。
何か仕掛けてくるつもりなら、その時は目の前の神を叩き切ることにしよう。
「今の君に目は無いけどね!!
じゃあ、"ヴァリアス・アーマー"の情報を流すよ!」
っつ!?
少し傷みが走って、俺は現実世界に引き戻された。




