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武装起動

「じ、ジンガ様っ!!」


 目を開けた瞬間、視界に飛び込んできたのは、心底安堵したような、けれどどこか怯えにも似た緊張を滲ませたノアの顔だった。

 彼女は、何処か待ち焦がれたように、こちらへと駆け寄ってきた。


「……どうした?」


 俺はゆっくりと身体を起こし、まだ頭に残る微かな痺れを振り払うようにして、被っていたヘルメットを外した。

 ノアにそれを手渡すと、彼女は受け取りながら、明らかに言葉を選ぶような仕草を見せた。


「目覚めたばかりで申し訳ないのですが……」


 その声はか細く、しかしどうしても告げなければならない使命に突き動かされていた。


「気を遣うな。話せ」


 言葉を遮るようにして促すと、ノアは小さく息を呑み、そして覚悟を決めたように口を開いた。


崩壊怪獣ブレイクスフィアの……大量発生が確認されました」


 脳裏に、つい先ほどまで斬り伏せていたあの異形の姿がよみがえる。


 ──大量発生、か。


 また、命が失われる。

 大量発生ということであれば、きっと多くの……それはきっと避けようのない未来だ。


 ヴァリアス・アーマーの初起動にうってつけ──そんな言葉が、脳裏をかすめる。


 だが、それを“ちょうど良い”とは思えなかった。

 まるで新しい武器を手に入れた子どもが、それを使って遊びたいとでも言うような感情には、なれなかった。


「《Start up》」


 この世界の言語でそう発した瞬間、ヴァリアス・アーマーが反応した。


 目前に吊るされていた機体が、まるで引き寄せられるように俺の身体に向かって滑り込んでくる。

 金属の装甲が、手先から足元にかけて次々と嵌まり込んでいき、全身が冷たい鋼で包まれていくのがわかる。

 最後にヘルメットが頭部を覆い、視界に淡い光が走った。

 俺の姿は、完全に武装された“兵器”となった。


 だが、装着は終わりではなかった。

 全身の関節が自動で制御され、姿勢が正されていく。

 直立した瞬間、背中に鈍い衝撃が走った。


 背面から機械の翼が展開される。

 音もなく、鋭く、滑らかに広がったそれは、装飾ではなく実戦のための構造物だと一目でわかる。


 インストールされた知識が、静かに意識に浮かんできた。

 この装備は、広域戦闘に特化している。

 狭い場所では動きに制限が出る。だからこそ、開けた場所での殲滅戦こそが真価を発揮する場だ。


 右翼には長大なバスターライフル。

 左翼には質量のあるバスターブレード。

 そのどちらもが、まるで意志を持っているかのように重く、確かな存在感を放っていた。


 他にも装備はあったが、現時点ではこの二つが主力になるとわかっていた。


 この地下施設の出撃システムも、既に把握している。

 必要な操作も、手順も、すべてが明確に頭の中に刻まれていた。

 たった一人で敵地に向かうことも、もう可能だ。


 ヘルメットのバイザー内に、ソナー画面が立ち上がる。

 半径一千キロメートル内に存在する敵性体が、点滅する光点として次々に表示されていく。


 その数を見た瞬間、息を飲んだ。

 予想を遥かに上回る規模だった。

 膨大な敵の気配が、地図を埋め尽くしている。


 ヴァリアス・アーマーは確かに最強の武装だ。

 だが、それを振るう俺は、一人の存在にすぎない。

 全てを敵を一瞬で、同時並行的に消滅させることはできない。


 格納庫内の照明が切り替わり、出撃信号が赤から青へと変わった。足元のリフトがゆっくりと振動し始める。


 ヴァリアス・アーマーの各バーニアユニットが起動手順に入った。

 背面の主推進装置、肩甲骨の間と腰部に配された二基が低く唸り、その周囲には粒子状の青い光がじわじわと滲み出す。


 続いて太腿側面、脹脛の内側、足裏のマイクロスラスターが連動して目を覚ました。

 機体全体を細かく支えるための補助噴射が、わずかな風音を伴って吹き出す。


「全バーニア圧、安定。推進可能域、全方位に展開中」


 視界越しに映るステータスモニターの表示は、すべてグリーンで統一されていた。


 推力、角度制御、熱圧抑制、すべて良好。


 リフトの振動が次第に収まり、発進直前の静寂が訪れる。


 扉が垂直に上がり、目の前には高層区画の縁に広がる空域が現れた。都市の灯が遠く霞み、空気は夜の深さを孕んでいる。


 重力制御のロックが外れ、身体がわずかに浮く感覚が訪れた刹那、背面のバーニアが一斉に点火される。


 強烈な反動とともに、ヴァリアス・アーマーに包まれた俺の身体が発進。

 格納庫を脱し、垂直に空を駆け上がる。都市のビル群を一瞬で抜け、鋼鉄の身体が空気の層を突き破る。


 推進軌道は一直線。濃紺の夜空に、蒼い残光が細い刃のように刻まれた。


 機体を包む風圧を、補助バーニアが緻密に噴射角を変えて制御する。姿勢はぶれず、機体は一直線の加速を維持していた。


 遠ざかる街の音が、装甲越しに薄らいでいく。音も、光も、すべてが遠くなる。


 すでに高度は千メートルを超えた。


 バイザーの視界内、赤く点滅する光点が次々に現れ、地表に点在する崩壊怪獣ブレイクスフィアの反応が輪郭を帯びて浮かび上がる。


 意識をわずかに集中させると、機体の加速モードへの移行が始まった。


 特別な感情はない。昂ることも、怯えることも。


 今やるべきことは、ただひとつだった。


 これから行われるのは戦いだが、それ以上でもそれ以下でもない。


 都市の外郭部、複数の高層ビルが、崩壊怪獣ブレイクスフィアの群れに飲み込まれていた。


 構造物は支柱から砕かれ、骨組みが剥き出しになって崩れていく。数十体の怪獣が蠢きながら、都市機能そのものを食い破っている。


 敵影、密集区域に集中。


 右肩甲骨寄り、背面マウントのロックが自動解除され、バスターライフルが軌道を描いて腕部へと接続された。右前腕に沿うように収まり、砲身が前方を捉える。


「ライフル展開。粒子チャージ開始」


 バイザー内に数値が浮かぶ。

 エネルギー充填──62%、79%、91%、100%。


 機体のセンサーが、敵群の密度、拡散角度、揚力の変化、風速、距離を自動で計測する。


 照準が一点に収束。


 目を細め、無言のまま、俺は“引き金”を引いた。


 刹那、砲口がわずかに震える。


 そして──発射。


 青白い閃光が、空気の壁を突き破って駆け抜けた。

 大気が瞬時に加熱され、軌道上の空間が歪む。

 直後、ビルの谷間に着弾。音なき衝撃が、あたりの怪獣ごと構造物を丸ごと飲み込んで破壊した。


 崩壊、熱、爆風。


 そこに存在していたはずの敵群は、一瞬で視界から消え失せた。


 再チャージの指示を内部システムへ送信しながら、バスターライフルの砲身を折り畳み、背部マウントへと収容する。


 同時に、両前腕の側面に格納されていた二丁のハンドガンが滑るように展開される。駆動音ひとつ立てず、機械仕掛けのアームによって腕のラインに沿って接続され、自然と射撃体勢へと移行していく。


 機構はオートマチック、設定はフルオート。

 内部構造が自動で周囲の粒子状エネルギーを吸引し、それを圧縮・結晶化して即座に弾丸へと変換。給弾も排莢も存在せず、理論上は無限に撃ち続けることができる。


 一発ごとの衝撃は、もし生身の身体であれば肩ごと弾け飛ぶほどの反動を伴っていた。

 だが、ヴァリアス・アーマーはびくともしない。

 衝撃吸収フレームと筋繊維型アクチュエーターが、反動を無音の中へと沈めていく。


 標的は、人間と同じ体躯のものから、ビルを越える巨体のものまで様々。

 だが、どれも等しく“崩壊怪獣ブレイクスフィア”。


 一体ずつ、順に。

 光弾を叩き込むたびに、異形の肉体が爆ぜ、砕け、崩れていく。


 中には飛翔能力を持つものもいたが、空中で狙いを定め、腹部を撃ち抜けば、肢体が空中で弾け飛ぶ。


 ──殺す、ではない。壊す、が正しい。


 この世界に害をなすだけの“異物”を、ひとつ、またひとつと処理していく感覚。

 それは狩りでも、戦争でもない。ただの“掃除”だった。

 ヴァリアス・アーマーが強力過ぎるゆえ、ただの"掃除"になるのだ。


 バーストショットを放つたび、崩壊怪獣ブレイクスフィアの体内を一直線に貫通し、赤黒い爆裂が花弁のように舞い散る。

 爆発音も衝撃波も、すべてアーマーが制御し、俺の動きを邪魔しない。


 一、二、三……五十、百──


 戦場に転がる残骸は、すでに三百を越えていた。


 推進ユニットを再点火。背部バーニアが再び火を噴き、俺は都市空域のさらに高所へと上昇していく。


 視界の先には、別の戦場。


 その戦場に向けて、飛翔する俺の身体が、高層ビルの窓に映っていた。

 その窓ガラスに映った姿は、確かに人型ではあったのだが、トゲトゲしいメカニカルなデザインは、とても強そうなイメージを受けた。


 各地に散らばる崩壊怪獣ブレイクスフィアの群れが、また新たな街区を蹂躙しようとしていた。


 戦場の数が多すぎる。

 そして、それぞれが急を要する。


 今まで建物を損壊させないよう、ハンドガンのみで処理してきたが──それでは圧倒的に手数が足りない。


 ……もっと広範囲を同時に制圧する必要がある。


 ならば、選択肢は一つ。


 俺の思考に応じて、ヴァリアス・アーマーの翼部が僅かに開いた。

 左右の機械翼にマウントされた“浮遊無線型兵装”がパージされ、ふわりふわりと浮かび上がる。


 それらは武器でありながら、個別の推進システムと自律制御ユニットを搭載した、独立行動兵器。


 周囲にゆっくりと展開され、俺の周囲を囲むようにして浮遊し始める。


 放射状に広がったその武装群は、まるで意思を持った衛星のように、等距離を保ちながら旋回し、徐々に加速する。


 静かに、そして確実に、戦場を包囲するための“陣形”が形成されていく。


 黒と蒼の流線を描きながら、無線兵装が空を切る。

 ひとつひとつが鋭く尖った機能美を有しており、見る者にただの兵器以上の威圧感を与えていた。


 空に浮かんだ砲門は合計で十二。俺が手に持ったハンドガンを含めると合計で十四だ。


 新たな戦地に降り立った。

 合計十四の砲門を、一度たりとも重ね射撃することなく、敵に向けて放ち続けた。

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