表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/21

争いの後に残るもの

 俺──ジンガ・エルヴァディアは、戦闘中の高揚感が徐々に薄れていくのを感じていた。

 だからだろうか、やけに“崩壊怪獣ブレイクスフィア”以外のものが目に入るようになっていた。


 崩れた建造物。

 その下敷きになって潰された肉塊。

 弾けた血液の跡。そして……人体の一部だけが、瓦礫の隙間から覗いていた。


「……やっぱり、死人は出たか」


 即死だろうと思った。

 もちろん、残念には感じる。だがそれ以上の感情は、湧かなかった。

 この感覚が“異常者のそれ”だという自覚はある。否定するつもりもない。

 むしろ「そうであれ」と教え込まれてきた。俺の家は、そういう家だ。


 かつて──“戦うとは何か”という題目で、父と母に連れられ、俺の知らない世界の戦場を幾つか見せられたことがある。


 ……まあ、衝撃的だったよな。


 銃弾で撃ち抜かれて崩れる頭部。


 鋭い刃で切り離される頭部と胴体。


 魔術で炭になるまで燃やされる人々。


 はたまた、一瞬にして失われた焦土の街。


 元気だったはずが、あっさりと冷たくなった肉体。


 最初は当然、慣れるはずもなくて、何度も吐いた。

 でも、目を逸らすことは許されなかった。

 俺が「そういう立場」にいたからだ。


 まあ、今こうして異世界にいるけど、俺の身分が変わったわけじゃない。

 でも、俺のことを誰も知らない場所なら、身分なんて意味を成さない。

 そんなことを思ったり、思わなかったりする今日この頃だ。


 残念に“感じただけ”では、終われなかった。


 手にしていた刀を振り下ろす。

 がれきに埋もれた建材が真っ二つに裂け、押し潰されていた重さが解き放たれる。

 俺は残った破片を蹴り飛ばし、遠くへと散らした。


「ジンガ様っ!?

 それは私たちが対応しますのでっ!」


 ノアの声が飛んできた。

 けれど、俺はその言葉に首を横に振った。


 俺は、キラキラと輝く英雄なんかじゃない。

 “良いとこ取り”するだけの勇者じゃない。

 正義を振りかざして戦っておきながら、戦いの果てに生まれた痛みや犠牲に、目を背けるような“正義の味方”ではない。


 そういう、人間強度の低い生き方をするつもりはない。


 潰れた肉塊──スプラッタになった骸を見つけ、俺はただ、死んでいることを確認した。


 流石に、生きてるわけがない。いや、最初からそう思っていた。


 そこに驚きはなかった。けれど、やっぱり残念ではある。

 そもそも、最初に見たときから、肉片の量と散らばり方で“即死”だと判断していた。


 予想通り、というだけの話だ。

 たしかに、そういうことなのだが。

 予想通りだからといって、何も感じないのは、それはそれで無感情が過ぎる気がした。

 ……もっとも、こんなふうに考えてしまっている時点で、もうとっくに俺は無感情なのかもしれない。


 他にも、生存者がいるかもしれない。

 その可能性は低い。けれど、探さずに済ませようとは思わなかった。他人に任せて終わりにしようとも思えなかった。


 瓦礫を何度か斬り裂き、蹴り飛ばしながら、周囲を切り開いていく。

 やがて、別の骸を見つけた。頭部が潰れている。即死だったのだろう。転がった瓦礫がそれを潰したようには見えなかった。


 倒した化け物は、それなりに大きな身体をしていた。

 それに、コンクリートの地面をいとも容易く貫くほどの武器を持っていた。

 そんな存在に、ただの人間が対面しても、できることなど何もない。

 抵抗すらできず、ただ蹂躙されるだけだ。


 この足元のコンクリートが、俺が知っているコンクリートと同じ強度を持っているかなんて、知る由もないのだが。


 要するに、今回新たに見つけた遺体は、崩壊怪獣ブレイクスフィアによって直接殺された可能性が高い。

 建物の崩壊に巻き込まれたのではなく、明確に狙われて殺された痕跡だった。


 その差にどれほど意味があるかはわからない。

 けれど、俺があの化け物と対峙したときに覚えた違和感と、状況を照らし合わせると……ただの気持ち悪さでは済まされない不快感が残った。


 食うでもなく、狩るでもない。

 ただ、人を殺すために行動する──それが崩壊怪獣ブレイクスフィアの性質だった。


 俺を見たときも、迷いなく殺しにきた。だがしかし、そこに殺意は感じなかった。

 つまりあいつは、人間を排除することを“本能”でも“任務”でもなく、“機能”として組み込まれている存在なのだろう。


崩壊怪獣ブレイクスフィアが人を喰ったという記録はあるか?」


 気になったことは、その場で確認するに限る。

 瓦礫を丁寧にどけていたノアに声をかけた。


「聞いたことはありません」


 努めて冷静に、ノアは短く答えた。


「そうか」


 人を襲っても食べない。

 その時点で、あれは自然の生き物ではない可能性が高い。

 おそらく、誰かが作り出し、明確な意図で放った存在だ。


 殺意を消したまま攻撃するというのは、実はそう簡単なことではない。

 その性質を持つものといえば、プログラミングされた機械や、極限まで無心になった達人くらいのものだ。

 他には、悪戯で小動物を弄ぶ子供が思い浮かぶが、それは今回は除外していい。


 崩壊怪獣ブレイクスフィアに人間のような意志や感情はなかった。

 剣を通した手応えは、金属の塊を斬ったようだった。

 そう考えると、機械的な構造を持つ生物兵器だという線は、十分に現実的だ。


 遠くで、甲高い音がした。空気の震え方からして、魔導機関を積んだ飛行艇の接近だとわかる。


 数十秒後、俺たちの頭上をかすめて、数機の白い艇が低空を旋回しながら着地した。すぐさま後部ハッチが開き、隊員らしき者たちが次々に飛び出してくる。


 統一された制服。無駄のない動き。どうやら、王都直属の救助部隊のようだ。


 ノアがその一団の長に近づき、何かを手短に説明していた。隊長は一礼し、すぐさま指揮を取り始める。

 医療班、捜索班、記録班──それぞれの動きが、まるで仕組まれた魔術陣のように連動している。


 誰かが叫び、誰かが駆け寄り、誰かが静かに息を引き取った者へ布をかける。

 静かで、効率的で、そして……残酷なほど慣れている。


 俺は黙ってその様子を見ていた。

 誰も彼も、顔をしかめながら、それでも仕事を止めない。

 生者と死者を峻別するように。悲しみは表に出さず、ただ前へ進む。


 ノアが戻ってきた。

 少しだけ、疲れた顔をしていた。


「ジンガ様……これ以上、あなたが手を汚す必要はありません。あとは、私たちで」


 その言葉が気遣いから出たものだということは、理解できた。


 けれど──。


「死者に関わることを、“手を汚す”なんて言い方はやめろ」


 思わず、口にしていた。


「あ……えっと……」


 ノアは戸惑い、言葉を詰まらせた。困ったような顔を見て、俺は少しだけ声の調子を和らげる。


「……つまり、気にするなってことだ。で、手伝えることはあるか?」


 視線を救助隊に戻しながら、俺はノアに問いかけた。


「無ければ無いでいい。邪魔なら、この場を離れる」


 つまらない正義感から、彼女に反発したわけじゃない。

 “ジンガ・エルヴァディア”は、そうあるべきだと俺は思っている。だから訂正した。だから反発した。


「い、いえ……そんな、邪魔だなんて……」


「それから、そんなに顔色をうかがう必要もない」


 “ジンガ・エルヴァディア”は、気を遣われるために存在しているわけじゃない。


「……はい。今は特にお願いすることはありません」


「ん、わかった」


 手にしていた刀を、この世界から消失させた。


「ジンガ様。

 急で申し訳ありませんが、案内したい場所があります。

 ──ついてきて、くださいますか?」


 ノアが更に続けた。

 この場を離れていいのか、という疑問がよぎらなかったわけじゃない。

 けれど、彼女の顔には、わずかに焦りが混じっていた。


「わかった。案内してくれ」


 だから、拒まなかった。特に拒む理由もないしな。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ