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城下の景色


 城の外に足を踏み出した。

 同時に、俺の視界に飛び込んできたのは、遥か足元に広がる巨大な都市だった。


 空気は澄んでいるのに、どこか金属の匂いがする。

 はるか下方には、ガラスと金属でできた細長い建物が、びっしりと地面から突き出している。

 その合間を、光を放つ何かが高速で流れ、時折、空中に浮かぶ板のような構造物が、ゆっくりと動いていた。

 見上げれば空、見下ろせば都市。まるで空の底に街を貼り付けたような、奇妙な風景だった。


 地面はどこにも見えない。

 俺の立っているこの城は、建物の屋上なんてもんじゃない。

 地形そのものが空に浮かんでいて、都市の遥か上空に“別の大地”が存在している。


 風が吹き抜ける。思わず足を止めて、柵の向こうに視線を向けた。

 足場はしっかりしていたけど、こうして下を覗き込むと──


(落ちたら普通は死ぬよな、これ)


 とにかく、見たこともない世界だった。光景だった。

 人がどれだけの技術で、どれだけの理屈で、ここを作ったのかなんて知らないけど、目の前の景色だけは確かだった。


「ここが……君たちの住む世界か?」


 ぼそっと問いかけた俺に、隣に立つ少女──ノアが頷いた。


「はい。ここは首都ロストリア・ヴァルト

 そして、私たちが今いるのは、空中城塞ロストリア・アークと呼ばれる場所です。

 王族と一部の神託関係者だけが住む、特別な領域です」


 見下ろせば、動く人影も見える。移動する乗り物もある。だけど、それら全てが遠すぎて、現実感が薄い。


「……壮大な景色だな」


 思わず漏れた言葉に、ノアは小さく微笑んだ。


「この世界、セレスノマでも、この場から見える光景が当たり前というわけではありません」


 ノアはそう言った。


 まあ、それはそうだろうと思った。

 俺のいた世界にも、空中要塞は存在していた。

 ただ、それを実現させたのは、神々の奇跡と人々の可能性が、うまく噛み合った時だった。

 そんな代物、いくら作れたとしても、日常になることは有り得なかった。


「この空中城塞が造られたのは、世界の崩壊が始まってからです。

 当時の各国にいた魔術師や科学者、数え切れないほどの人々が命を賭して築き上げました」


「神の助けはなかったのか?」


 俺の問いに、ノアは静かに首を振った。


「神は争いの仲裁こそしますが、技術の発展には関わらないのです」


 つまり、この空に浮かぶ大地は、人間だけの手で造られたということらしい。

 そこに込められた想いや努力なんて、想像もつかない。

 俺が知る限り、これほど大規模な奇跡を人が生み出すなんて考えたこともなかった。


 それにしても、世界が崩れかけてるってのに、神々の態度はずいぶんのんきなもんだ。

 信仰によって存在しているなら、世界が滅びれば、神も一緒に消えるんじゃないのか?

 それでも動かないあたり、本気でこの状況をどうにかしようってつもりは、あまりなさそうだ。


 空を見下ろしながら、ずっと引っかかっていたことが、ふと形を持って頭に浮かんだ。


「……そういえばさ」


 ノアが横顔だけでこちらを見る。

 俺は足を止めずに、前を向いたまま続けた。


「神って、技術には関わらないって言ったよな。さっき」


「はい。それは、基本的に変わりません」


「じゃあ、勇者召喚ってのは、どういう理屈で行われてんだ?」


 ノアは一瞬だけ歩みを緩めた。けれど、そのまま立ち止まることなく、歩き続ける。


「……それは、召喚の術式に関するご質問、ということでしょうか?」


「いや。そうじゃない」


 俺は首を軽く振った。

 話したいのは術の構造じゃない。もっと根本的な話だ。


「勇者召喚は、神の意志を受けて行われるんだろ?

 だったら、それってもう“技術”の話じゃなくなるよな。

 神が直接、世界のシステムに手を突っ込んでるって話になる」


 風の音が少しだけ強くなる。

 ノアはすぐには何も答えなかった。


「さっき言ってたじゃん。神は争いの仲裁はしても、技術には介入しないって。

 でも勇者召喚って、神託ありきで始まるんだろ?

 その時点で、けっこう思いっきり介入してないか?」


 沈黙。

 ノアは少しだけ俯きながら、口を開いた。


「……はい。それは、仰る通りです。

 召喚術そのものは人が組み上げたものですが、その発動には、神の許可が必要です。

 技術と神意が重なったときにだけ、あの術は成立します」


 なるほど。

 それはつまり──


「神様たちは、口では“手は出さない”って言っておきながら、必要なときには、ちゃんと許可は出すんだな」


 皮肉でもない。ただの事実を口にしただけだった。

 けれど、ノアは何も言わなかった。


 その沈黙が、すべてを肯定しているように聞こえた。


 沈黙を破ったのは、ノアのほうだった。


「勇者召喚が必要とされた理由は、二つあります」


 その声は、さっきまでよりも少しだけ硬くなっていた。

 言葉を慎重に選んでいるのが、聞いていてわかった。


「一つは、世界崩壊に対する戦力の補強。

 そしてもう一つは……後ほどお話します。

 現物を見ながらのほうが、きっと伝わりやすいと思いますので」


 戦力の補強、ね。

 ノアにとって、世界崩壊ってのは“戦うべき相手”みたいなもんなのか。

 そういえば、あの王様も“怪物がどうの”って言ってたっけな。


「そろそろ、上からの景色も見飽きましたよね。

 街を歩いてみませんか?」


 ノアはそう言って、空中城塞の縁から下を見下ろした。

 俺も彼女の視線に合わせて、再び下に広がる街を見下ろした。

 けれど、どこをどう探しても、街に繋がる道なんてものは見当たらない。


 階段も、橋も、エレベーターらしきものもない。

 下に広がっているのは、どこまでも整然と並ぶ建物と、複雑に交差する交通網。

 その全てを、雲の切れ間から射す光が淡く照らしていた。


「まさか、飛び降りるってわけじゃないよな……?」


 つい口をついて出た言葉に、ノアはくすっと笑った。


「さすがに、それは死んじゃいます。

 城の内部に転移魔法陣がありますので、そちらへ向かいましょう」


 そう言って歩き出すノアの後ろ姿を、俺は黙って追いかけた。

 背を向けた彼女の白いドレスが、風にふわりと揺れる。

 その向こうに広がるのは、空の上に浮かぶ城の回廊。

 高く積まれた石の壁、その合間に差し込む光、どこまでも静かな空気。


 聞こえるのは、遠くを渡る風の音と、二人分の足音だけだった。


 広い回廊を抜け、ノアに連れられて石造りの階段を下りる。

 通路の壁には、見慣れない紋様が刻まれていて、ところどころから淡い光が漏れていた。

 照明の代わりに、魔術の仕掛けでも使っているのかもしれない。


 途中、誰ともすれ違わなかった。

 兵も、使用人もいない。

 まるでここだけが、城の中でも特別に隔絶された空間のようだった。


「この先に、転移魔法陣があります。

 本来は王族と神託関係者しか使えませんが……今日は特別です」


 ノアがそう告げた直後、重厚な扉の前で足を止める。

 表面には精緻な彫刻が施されていて、ひとつひとつが美術品のようだった。

 けれどこれが、ただの装飾ではなく“扉を開くための仕掛け”だとわかった瞬間、思わず、作品と機能の境界が曖昧になるような感覚に襲われた。


 ノアが手をかざすと、扉に刻まれていた紋様が淡く光り、静かに開いた。

 その先にあったのは、広くて静かな円形の部屋。

 床一面に描かれた魔法陣が、光の粒をちらちらと浮かせている。


 天井は高く、柱が四方を囲んでいた。

 その空間には、祭壇のような神聖さと、研究施設のような無機質さが、奇妙な調和を保ちながら共存していた。

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