決着
俺は右手を地面に叩き付ける。自身の足元に輝いた魔法陣を展開させる。
「《我が名に応えよ──ジンガ・エルヴァディアの命によりて。全てを斬り裂く神刀よ、その姿を此処に》」
魔法陣の中心から現れたのは、漆黒の柄。そのまま手を伸ばし、“斬神ノ刀Mk-Ⅱ”を引き抜いた。
「ジンガ様っ!? 殺してはダメですっ!!」
ノアの声が鋭く響く。焦った調子だった。
この刀の意味を知っている彼女にとっては、俺が“殺すつもり”だと映ったのだろう。
人差し指を軽く左右に振ってみせる。
心配するな、殺しはしない。そう伝えてから、一気に踏み込んだ。
翼の内側、硬質な鱗に覆われていない脹脛を狙い、刀の切っ先を滑らせるように撫で斬った。
「ぐうっ……!」
鈍いうめきと同時に、巨体が大きく揺らぐ。
「竜の鱗は硬い。だが、それに甘えて、自分の弱点を護ろうとはしない」
動きの鈍ったウルトラを見据えながら、俺は静かに言った。
斬られた脚をかばうように、彼は大きく体勢を崩していた。
「下等生物ごときにいいいっ!!」
咆哮とともに竜口が開かれ、喉奥から火炎が奔流のように吐き出される。俺は反射的に身を翻し、背後へ回り込む。炎が訓練場の一角を焼き払い、焦げ跡を残した。
残留物が少なかったのは幸いだが……十分に破壊的だ。
観客席のガルダインとノアが、息を呑んだ気配が伝わってきた。
その反応がウルトラのブレスに向けられたものか、それともその隙を突いて背を取った俺に向けられたものか──判別はつかない。
「殺す気しかないじゃないか。……なら、本格的に痛い目を見てもらう必要がありそうだな」
刹那、刃が閃く。
竜の翼が空を裂いて落ちる。血飛沫が弧を描き、ウルトラの悲鳴が場内を震わせる。
「き……貴様っ……」
「次は、腕だな」
振りかぶった刃が、竜の上腕を断つ。
「次は、脚だな」
ためらいなく、もう一方の脚を斬り裂いた。
ウルトラの巨体は膝を折り、力なく地に崩れ落ちる。四肢の自由はすべて奪った。
「火は吹くなよ。次にやったら、喉元を潰すことになる」
告げた声は冷たく、淡々と響いたのがわかった。
ウルトラ・ドラグライトの巨体が、ぐらつきながらも俺を睨んでいた。
顔を上げようとする意思はあるらしいが、身体が応じない。痛みに歪んだ眼が、微かに揺れている。
……違うな。あれは、恐怖だ。
竜種の誇りだか本能だか知らないが、彼は決して“恐れ”を表に出さないようにしている。だが、身体の反応は正直だった。
呼吸が浅い。
鱗の間から流れる血は止まらず、皮膚は青ざめたように見える。
なにより、俺の足元に落ちた彼の視線が、何度も焦点を失っている。
“次は喉を潰す”と口にしたとき、その瞳がびくりと揺れた。
じり……と、足を踏み出す。
そのわずかな一歩に、ウルトラの全身がびくりと跳ねた。
巨体の震え。竜族の皇子ともあろう存在が、たかが“ヒューマンの一歩”に恐怖している。
目の前の生物は、すでに“戦士”ではなかった。
“敵”ですらない。ただの、命乞い寸前の竜人だ。
俺は何も言わない。ただ、その姿を見つめていた。
ウルトラの口元が、かすかに震えた。
牙を剥くことも、火を吐くことも、もう彼にはできない。
“殺される”という認識が、ようやく彼の中で現実味を帯びたのだろう。
「俺は勇者ではない。
俺の名はジンガ・エルヴァディアだ」
繰り返し繰り返し下等生物と野次ったくらいだから、目の前の皇子が俺の名を知っているとは思えなかった。
だから、二度と忘れないように教えてやる。俺が彼にとっての恐怖の対象として刻まれるように。
「俺はお前を知らない。興味もない」
事実だ。他者を気にせず生きて良いのであれば、俺はお前を殺している。
「それから、お前みたいな無礼な奴は嫌いだ」
少なくとも、ドラグライト帝国とやらの救援には向かいたくない、そう思えるくらいには気に入らない。
「だけど、ここで懺悔するのであれば、生命までは取らないでやる」
だけど、俺は殺し合いが好きなわけじゃない。
「どうする?」
とは言え、服従しない相手を逃がすほど、お花畑な頭をしているつもりはない。
ウルトラ・ドラグライトはそれでも、すんなりと頭を垂れなかった。
ここまでやっても、ドラゴニュートとの意地だとか、皇族の意地だとかがあるのだろうか?
ここまで来ると、もはや傑作だな。
「じゃあ、殺してやる。くだらんプライドを抱えて溺死しろ」
俺は刀を振り上げた。狙う先は竜頭の中心部。
「ジンガ様っ!!
ダメですっ!!
殺さないと私にジェスチャーしたじゃないですかっ!?」
けど、そんなノアの言葉で俺は刀を下ろした。
良かったよ。彼女が止めてくれるような、そんな人物で。
この流れだと、必ず殺さなければいけなかった。
「良かったな。下等生物に借りができて」
手に持っていた刀を現世から消失させた。
「ノア、俺はこいつに手心を加える理由がない。
貴殿らが俺に何か差し出してくれるのか?」
そして、俺の行動を止めたノアに問い掛ける。だがしかし、それに応えたのはガルダインだった。
「その通りだ。
故に、ドラグライト帝国第一皇子の身柄は、我らロストリア王国が預かる。
ドラグライト帝国より、我らに対する対応を見てから検討させてもらう。
それでも良いな?」
「ああ、構わない。
……けど、あまり杜撰な対応をしてくれるなよ」
彼の言葉に俺は頷きつつ、ひとつ釘を刺した。
「わかっている。後はこちらでやっておくから、ジンガは部屋に戻れ」
ガルダインは国王らしからぬ態度で、手であっちに行けとジェスチャーをした。
「ああ、任せるよ」
俺は訓練場に背を向けて、その舞台を後にした。
空中城塞はそれなりに入り組んでいるから、少し意識が反れると迷子になってしまう気がする。
……そう思うんだけど、俺が迷子になったことはない。まあ、そもそもそんなに歩き回ってない。
「ジンガ様っ」
後ろから息を切らしてやってきたのは、ノア・ロストリアだった。
少し離れた場所で観戦していたから、俺に追い付くためにそれなりに走ったようだ。小さい体躯の歩幅は小さい。
「どうした?」
「私の役目は、ジンガ様の身の回りのサポートすることです」
「あぁ、そうだったのか」
確かに俺の周辺によく現れるが、表立って役割を聞いたことはない。少し前に魔導師団のエースだった……くらいは知っているが。
「国や街を救っていただいているのですから、せめて、それくらいはさせてください」
「俺は政に詳しくないから、そこら辺は俺の知らない所で勝手にやってくれ」
政治的な話は知らないし、首を突っ込む気もない。
「このまま部屋に戻っても面白くない。どうするかな……」
部屋に戻れと言われたが、部屋に戻ったからと暇を持て余すだけだ。
ウルトラが来るまでは、ノアとのんびり話していたけど、それを今更に続けても流石に暇に感じるだろう。
「でしたら、ドラグライト帝国について、一緒に調べてみませんか?」
「あの馬鹿の国か。まあ、他にやることは無いし……」
とても乗り気だったかと言われると、決してそんなことは無いと断言出来るが、俺はノアの誘いを受けることにした。
ドラグライト帝国に少しばかりの興味が湧いたのも、それはそれで事実だったからだ。




