ドラグライト帝国
「ジンガ様、こちらです」
ノア・ロストリアが扉を開けた。
その先には、天井まで届く本棚が遥か遠くまで連なり、知識の海が無限に広がっていた。
「凄いな……」
思わず言葉が溢れた。
「でしょう?
気になることがあれば、仰ってください」
彼女は何処か得意げにはにかんだ。
「定番かもしれないが、ドラグライト帝国の成り立ちが書いてある本はあるか?」
「それなら……こちらですね」
とある本棚に案内された。そこには竜種に関するあらゆる内容の書物が陳列されていた。
「"竜の解体新書"……そんなものまであるのか」
当然ながら、俺の世界でも竜の解剖は行われている。
だがしかし、その竜の解剖は神が関わっていた。
「はい。
ドラグライト帝国の協力の元、我らロストリア王国とメディル王国が力を合わせて、この書物を作成いたしました」
「あの馬鹿の話を聞く限りは、ドラグライト帝国は竜と親交があるだろ?
よく協力してくれたな」
あの馬鹿とは、ノアに止められるまで降参しなかったウルトラ・ドラグライト皇子のことだ。
明らかに殺される寸前だと言うのに、意地を張って降参しない愚か者の名前など、口が裂けても口に出したくない。
「ドラグライト帝国は、ドラゴニュートが全て竜化できるようにならないか模索していたようですね。
その武力を持って、崩壊怪獣に対抗しようと考えていたようです」
納得した。
確かに世界崩壊の危機に、信仰も何もないだろう。
人型であれば、複数人でやっと仕留められるだろう崩壊怪獣を、竜であれば一体か二体で仕留められる。
今回戦ってみてわかったが、竜と崩壊怪獣とはそれなりに相性が良いはずだ。
少なくとも、人間が槍や剣を持って戦うより、よっぽど現実的だろう。
「ドラゴニュートの全てが竜になれるわけじゃないのか」
あの馬鹿が竜化するときも、皇族なんちゃらって言ってた気がする。
「そうですね。
基本的に竜化できるのは、皇族のみになります。
ごく稀に竜化できる一般の方もいらっしゃるようですが……」
竜化できる者を一般の方と言って良いのか、そこには議論の余地がありそうだな。
「通常のドラゴニュートは、ヒューマンより少し力が強いくらい……か」
「いえ、めちゃくちゃ強い部類です。普通は勝てませんよ」
おっと。あの馬鹿が弱過ぎてわからなかった。
「でも、あの馬鹿は弱い部類だろ?」
「弱いわけないじゃないですか。竜化できるドラゴニュートですよ?」
何を言ってるんだと、そう言いたげな視線をノアに向けられた。
「ふぅん、そうなのか」
俺は納得したような返事をした。
事実を俯瞰すると、俺が強過ぎたという結果が残る。俺が弱いとは思わないが、俺が知ってるドラゴニュートはもっと強い。
俺の世界の常識と、この世界の常識が違うのは、ほんの少しだけ息苦しく感じるな。
「こちらに、ドラグライト帝国の歴史が書いてあります」
ノアに手渡されたのは、"竜帝国の歴史"と表題のある書物であった。
受け取ったそれをゆっくりと開いた。
竜帝国の年表が乗っていた。この書物には過去二千年の歴史が乗っているようだ。
「二千年って、この世界だと長いのか?」
この世界の常識がわからない。
「長いですね。ロストリア王国は、再来年でちょうど五百年目となります」
「そっか。となるとドラグライト帝国との交渉も、相手が上って感じなのか?」
「それもあります。
ですが、ドラグライト帝国はその長い歴史から、我らヒューマン族が知らないことも沢山知っています。
ですので、歴史が長いからではなく、そこに培われた知識故に、我々は強く出れないことが多くありますね」
歴史が違うと技術や知識の蓄積量も違うからな。至極真っ当ではあるんだが、それを聞いて少し不安にもなった。
「あの馬鹿の件は大丈夫なのか?」
「恐らくは問題ないかと。
……そもそも、私たちは仲裁に入っただけですし」
ノアの言う通りで、そういう観点があったから、仲裁に入ってもらう形で戦いを終わらせた。
「最悪の場合は、ジンガ様に悪者になっていただく必要はありますね。
その時は私がお供しますので、お気になさらないでください」
「いやそれは困るが?」
何をどうやって、気にしないようにすれば良いのやら。
何気なく言うことではないだろうに。
「困りますか?」
「……まあ、あんまり困らないか」
たとえロストリア王国にいられなくなっても、特別支障が出るほどではない。少しは面倒になるかもしれないが、致命的ではない。
「ノアは困るだろ?」
「ロストリアに居られなくなるのは、少しくらいは悲しいですが、でもそれくらいですね」
仮にも第一王女だろうに、彼女は特に気にした様子も無かった。
俺が彼女の立場だったら、致命的に感じていても不思議ではない。
「それくらい、私はジンガ様の勇者召喚に賭けていたのですよ」
彼女は振り向いた。色の無い瞳が俺を真っ直ぐに捉えた。
「そう言われると、期待が重いな」
俺は思わず肩を竦めた。彼女の覚悟が美しくて、直視できなかった。
「……にしても、ドラグライト帝国の始まりは、ヒューマン族と竜が交わる事象から始まるのか」
話を反らす形で、"竜帝国の歴史"の最初の時代を捲った。そこには高貴な竜と美しい人間の子が、帝国の大地に生まれ落ちたと書いてあった。
「そこからは戦争とか、侵略者とか、まあ……真新しい歴史はそんなに無さそうだな」
それ以降の歴史に、面白そうな時代は無さそうだった。
他国を侵略した歴史があれば、戦争に勝利した歴史もある。はたまた純粋な竜種との小競り合いの歴史もあった。
流石に二千年もあれば、様々な事件が起こるのは自然なことだ。
「そこら辺はどの国も同じですよね。
ロストリア王国は純粋なヒューマン族が集った国ですから、誰が生まれ落ちたとか、その手の話はありませんが」
「まあそうだよな。
そんな特殊な歴史はそんなに……」
程々に"竜帝国の歴史"に目を通して、書物をぱたんと閉じた。
「ジンガ様が住んでいた国はいかがでしたか?」
「俺の世界……住んでた国か。色々とやってはいたけど、それを一々歴史として処理してなかったかな」
そもそも戦争をしないし、事件もないからな。強いて言えば、新たな技術とかができると話題にはなるが、それも歴史って感じじゃないしな。
「ちなみに、向こうの世界でお付き合いをしていた相手は居なかったのですか?」
「急だな。……居るわけない。そんな時間は無かったよ」
神源流と呼ばれる武術の鍛錬、高水準の成績維持、それから人工知能の開発。
気が合わない人と出会わなかったのは事実だが、もし仮に出会っていたとしても、友人や恋人に割く時間は多くなかっただろう。時間が無かったのもまた事実だった。
「時間、ですか?」
「今より前の方が忙しかった。最近は鍛錬もしないから、時間が余ってるのはある。
前の世界では、鍛錬と勉強と開発、あとは本を読むくらいで、それ以外の時間はほとんど無かったから」
「勉強はわかりますが、鍛錬と開発……とは」
「開発はヴァリアスのAIの話。
鍛錬は……わかりやすく言えば、剣術みたいな戦闘術かな」
「開発は……あまり力になりませんが、鍛錬については、もしよろしければ騎士団の練習に混ざりますか?」
「……ちょっと考えさせてくれ」
騎士団の練習に混ざるのは悪くないと思う反面、騎士が俺の相手になるとも思えない。それだと意味が無いしなぁ。
「他に何か読みたい本はありますか?」
"竜帝国の歴史"を本棚に戻すと、それを目で追っていた彼女は言った。
「そうだな……
例えば、この世界の武術や戦闘術が乗っている本は無いか?」
俺自身も神源流と呼ばれる武術の使い手だ。この世界にどんな術があるか、知っておいて損は無いはずだ。
「でしたら、別の本棚ですね。
移動しましょう」
ノアに連れられる形で、再び知識の海を移動した。
大きな書物庫だから、ここにある本の、その全てを俺が読み切るなんて未来は想像できない。
本は嫌いじゃないが、そこまで本狂いってわけでもないしな。
だがそれでも、興味のありそうな本を読むだけで、今日という日は終わってしまった。




