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無色の少女

 城の一角──玉座の間から少し離れた、装飾を控えめに整えられた部屋へと案内された。


 無言で先導するのは、控えめな身なりをした女中だった。さっきの騎士連中や家臣たちのような高圧感はなく、静かで、影のような存在だ。


 廊下を進むたびに、装飾過剰な壁や天井が目に入る。まるで装飾品の暴力だ。どこを見ても、ギラギラ、テカテカ、キラキラ。俺の趣味とは正反対。


 こっちはまだ現実感すら掴めてないってのに、居場所だけはしっかり用意されてやがる。

 別に怖いとか、不安とかは無いんだが、流石に見知らぬ世界に急に落とされれば、なかなかどうして現実感を掴むのは難しい。


 案内された先の部屋は、厚い木扉のついた小部屋だった。


 開かれた扉の先に広がっていたのは──そこそこ広い、でも無駄に広くもない、落ち着いた一室だった。

 床には柔らかそうな絨毯、壁には意味ありげな絵画。ベッドは大きく、白い天蓋がゆるく垂れ下がっている。

 あとは木製の机と椅子、整理された棚。衣類や水差しらしきものも見える。窓からは遠くの山並みがかすかに見えた。


 なんていうか、“快適すぎない快適さ”って感じの部屋だ。


「こちらが、ジンガ様の居室でございます。寝具は本日中に新しいものを──」


「もういい。勝手に使うから、下がってくれ」


 俺の一言に、女中は小さく頭を下げて静かに部屋を後にした。

 扉が閉められて静かになった部屋の中、俺はため息をついてベッドに体を沈めた。


 柔らかすぎず、硬すぎず。

 王様のくれた“勇者様用の部屋”ってやつは、思ったよりまともだった。


 ──でも。


 この部屋には、どこか“閉じ込められてる”ような居心地の悪さが漂っている。

 窓はあるけど、外へ出られる構造じゃない。

 出入口はひとつ。扉の外に誰がいるのかは知らないけど、見張りが立っていても不思議じゃない。


 ……まるで檻だな。


 俺は天井を見上げた。


 結論から言えば、俺は“できる範囲で”世界を助けてやることにした。

 だからまあ、王様の命令もある程度は聞いてやる。

 この俺が勝手に動き回ったって、見知らぬ世界をどうにかできるほど、都合よくできちゃいない。


 何ができるかなんて、正直さっぱりだ。

 でもまあ──「助けてくれ」って言われてよ。

 何も聞かないで、何も見ないで、そのうえ「知らなかったことにする」ってのは……流石に性に合わない。


 助けを求められてるのに、知らん顔を決め込むとかさ。

 なんか、寝つき悪くなりそうだろ?


 もちろん、衣食住が確保されてるって前提の話だ。

 俺の身が雑に扱われるようなら、そんな世界を助けてやる義理なんて、欠片もない。


 いざとなったら、この城から脱出することは……まあ、何とかなるな。そんなに騎士も強くなさそうだったし。


 ……と、自分の状況と状態をざっくり整理し終えたところで、俺は閉め切られた扉に目をやった。


 その向こうから、人の気配を感じたからだ。

 ついさっきまでは気配なんてなかった。となれば、恐らく俺に用があるのだろう。


 しばらく待ってみたが、扉が開くことはなかった。

 だから、逆に俺が開けてやることにした。


 すると、そこには一人の少女が立っていた。


 俺は今年で十六。

 その少女は、それよりも年下に見えた。けれど、顔立ちは整いすぎていて、子どもというより“人形”みたいだった。


 透き通るような白髪、血の気のない白い肌。

 その全身を覆うように、薄布が幾重にも重ねられたような、白くタイトなドレスを身にまとっている。


 ……アルビノか?


 色彩がまるで感じられない。病的なほどに“無色”だった。


「あ、あのっ!!」


 俺が言葉を発する前に、少女のほうが先に声を上げた。

 意を決したような、少し震えた声音だった。


「ジンガ様……でいらっしゃいますか?」


 そんな、控えめな上目遣いの問いかけが続いた。

 その仕草ひとつひとつが、彼女の美しさと儚げな可愛らしさを際立たせていた。


「ああ、俺がジンガだ。……君は?」


 俺は、目の前の“無色”の少女から目を離せずにいた。

 今にして思えば──この時点で、すでに彼女に強く興味を惹かれていたのだろう。


 すると、少女は右手をぎゅっと胸元で握りしめ、小さく息を吸い込んだ。


「わ……私はノア・ロストリアと申します。このたびは、勇者召喚に応じてくださり、誠にありがとうございました」


 その声は、わずかに震えていた。

 何かに怯えているようにも見えた。

 それでも──彼女、ノアの口から出てきたのは、まっすぐな“感謝”の言葉だった。


「勇者召喚に応じたのは俺の意思じゃない。だから、感謝を言われる筋合いはない」


 勇者を呼び出して、この世界に強引に引きずり込んだ。

 そこに、俺の同意なんて存在していなかった。


「それでも、その後に、“世界を救う”と仰ったのは、あなた様なのですよね?」


 ノアの言葉は、僅かに震えていた。だがしかし、言葉に迷いはなく真っすぐだった。


「……まあ、それは否定しない」


 崩壊しかけてる世界を見て、知らん顔はできなかった。

 放っておいたら、なんとなく寝覚めが悪い──そう思ったのは確かだ。


 けどな。


 それを“感謝”されるのは、どうにも釈然としない。

 自分でも意外なくらいに、照れくさい気持ちになっていた。


「私は、その感謝をお伝えするために、ジンガ様にお会いしに参りました。

 そして、勇者としての武器を与えるよう、命を受けてこの場に参っております」


 ノアはそう言った。

 勇者としての“武器を与える”──まさかそんな言葉が出てくるとは思わなかった。


 てっきり、俺一人の力でこの世界を救えって話かと思ってたよ。


 ……まあ、考えてみれば当然か。


 “勇者”って言っても、中身はただの人間だ。

 聖剣の一振りや、加護の一つ二つくらい用意されてても、別におかしくはない。


 ただの人間が世界を救うだなんて、それこそ無理ゲーだ。

 勇者と称するだけでは無理でも、“勇者らしい武器”を渡せば、それっぽく見える。


 そういう、作られた英雄譚──つまりは、マッチポンプってやつだ。


「お疲れのところとは存じますが、お時間をいただけますでしょうか?」


 そう続いた言葉に、俺は頷いた。

 頷かない理由は、特になかった。


 どんな道具であれ、武器であれ、手札は多いに越したことはない。

 たとえこれが、“勇者”という存在を演出するためのマッチポンプだったとしても。


「……ありがとう、ございます」


 ノアは、心の底から安堵したように微笑んだ。

 その表情はとても柔らかく、どこか慈愛に満ちていた。

 けれど同時に、“年相応”とは思えない落ち着きと静けさが、そこにはあった。


「もし、よろしければ……外へ出てみませんか?

 この世界を──この国を、この街をご案内いたします」


 そう言って、ノアは小さく手を差し出してきた。

 まるで、触れていいかどうかを確かめるように。

 俺が何も言わずに頷くと、彼女はそっと、俺の手に触れた。

 驚くほど細くて、か弱い手だった。

 少しでも強く握れば、簡単に折れてしまいそうなほどに。


「行きましょう。ついてきてください」


 そう言ったノアの腕は、思っていたよりも強かった。

 か細いはずのその手が、ぐいと俺の腕を引く。

 抵抗する理由もなかったから、俺はその力に身を任せることにした。


 そして、気がつけば──俺は城の外へと足を踏み出していた。


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