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異世界召喚

「……えっと?」


 俺──ジンガ・エルヴァディアは、全く知らない建物の中に居た。


 前には玉座があって、首を少し上げると王冠を被った男が座っていた。

 玉座の周囲には二人の騎士が立っていた。騎士は高そうな装飾が施されたプレートアーマーを装着していた。

 ……知らない王様だ。


 右を見ると華美な装飾が、左を見ると華美な装飾が広がっていた。

 王様の家臣みたいな連中も、沢山並んでいるのがわかった。

 俺は芸術を見てきたけど、詳しくは無いから、その装飾が何を意味するのかはわからない。

 パッと見の印象だと、なんつーかな、趣味の悪い成金趣味って感じがする。


「異世界より来たる者よ。我が名はガルダイン・ロストリア。この国、ロストリア王国を治める王である」


 王冠を被っていた男が玉座から立って言った。荘厳で重々しい声をしていた。


 ガルダイン王……か、やっぱり知らねえな。

 それに、"異世界より来たる者"とか言ったな。ここは俺が知らない世界ってこと……だよな?


「ジンガ・エルヴァディアよ。

 汝を、この世界を救う“勇者”として召喚した。

 我が国へ、ようこそ来られた」


 ──勇者?


 ってか、何でこいつは俺の名前を知ってるんだ?


 聞きたいことが多過ぎる。だけど、王様に直接問い質すのはトラブルになる気がする。


「この世界は今、急速に崩壊へと向かっている。大地は割れ、空は裂け、季節すら乱れはじめている。原因は不明、されど確実に、終わりは近い」


 周囲の家臣らしき連中が、一斉に顔を伏せた。

 それだけに、なんかやべー事言ってんのはわかった。


 俺の疑念、疑問なんて、王様が知るわけがない。

 勝手に話が進んでしまうのも仕方ない。

 だけど、しれっと世界が崩壊し掛けてますとか言うもんじゃないだろ。


「そこで、我らは古き伝承に則り、異界より選ばれし者──すなわち汝を召喚した。

 汝こそ、崩壊を止め得る唯一の希望。

 我らの祈りに応え、世界の命運を担っていただきたい」


 王様は勝手にカッコよく話を締めた気になっていた。だから俺は言ってやった。


「この世界のことなんて知ったことか。バーカ」


 舌を出して、あっかんべーって表情を、王様に叩き付けてやった。

 俺の考えを無視して、勝手に決めてんじゃねえよ。


「き、貴様っ!!」


 すると、プレートアーマーを着込んだ騎士の一人が剣を抜いた。鎧で顔が見えないから、どんな表情をしてるか知らないけど、たぶん怒ってるんだろうな。

 周囲の家臣の視線も、程々に鋭く突き刺さった。


「んだよ、短気だな。俺の方がイラついてんだけど?」


 だから、逆に睨み付けてやった。たかが剣を向けた程度で俺がビビると思ったのか?


 その態度が鼻につくな。


「……下がれ、シュレイン」


 王様が重たく、けれど明確な声で命じた。

 それは怒りでも、焦りでもなく、静かに場を制する威厳があった。


 王冠を被るだけの人物ではあるらしいな。


「しかし、陛下──!」


「我が命が聞けぬか?」


 低く、鋭い一言が空気を断ち切った。

 剣を抜いた騎士──シュレインと呼ばれた男は、しばし動きを止めたのち、ゆっくりと剣を鞘へ戻した。

 その刃が収まる金属音が、やけに耳に残った。


 沈黙が落ちる。


 王様は玉座の段を一歩だけ下り、俺を見下ろすように立った。


 ある意味、見下されているようにも感じられた。

 いや、王族ってのは他人より常に上に居る人種だ。自然と他人を見下してしまうのは、仕方の無いことだろう。

 だから、俺の親は、俺を一般家庭の子供として育てたわけだし。


「異界より来た者が困惑し、混乱するのは当然のこと……そうであろう、ジンガ・エルヴァディア?」


 名前を呼ぶ声は、先ほどまでの荘厳さとは違っていた。

 まるで“試す”かのような、探るような調子。そういう真心の無いやり取りが俺は嫌いだ。

 その"探り"に気が付いてしまうから、俺の気に障るんだろうな。


「私の言葉は命令ではない。“願い”だ。

 この世界が崩れようとしていることも、君が勇者として選ばれたことも、君にとっては理不尽でしかないだろう」


 言葉の端に、芝居じみた哀しみが滲んでいる。

 てか、芝居だよな。それ。


「だが、それでも希望を託さねばならぬ。それほどに、この世界は……限界にある」


 王は顔を伏せ、劇的に嘆く素振りを見せた。

 ああもう、いちいち気に障る喋り方や身振り手振りをするんじゃねえよ。

 周囲の家臣がその芝居、素振りに流されていることが酷く滑稽だ。


「演技をやめろよ。人に物を頼む態度じゃないだろ」


 こういうクソみたいな人種と喋ってると、俺の人間強度が落ちる。

 この言葉で振る舞いを正さないのであれば、俺はこの建物から消える。


 俺の言葉が届いた瞬間、王様──ガルダイン・ロストリアは、ほんの僅かに肩を揺らした。

 そして、次の瞬間。


「──はーっはっはっはっはっはっはっ!!!」


 玉座の間に響き渡る、乾いたような、それでいてよく通る高笑い。

 堂々たる声量で笑いながら、彼は胸を張り、両腕を大きく広げてみせた。


「いやはや、実に見事!

 実に率直な返答!

 我が王座の前で、これほど愚直に物を申す者があろうとは!!」


 誇らしげでも、怒っているわけでもない。

 ただ、“面白いものを見た”とでも言いたげな、底の見えない笑顔だった。


「ふむ、確かに……我が振る舞いが、芝居がかっていたのは否めぬな。

 だが、それを真正面から指摘できるとは、さすがは“選ばれし勇者”といったところか!」


 そう言って、王様は俺に向かって手を掲げた。


「良い。実に良い!

 ジンガよ、我のことは“ガルダイン”と呼び捨てにして構わぬ。

 皆の者、この場から退場せよ。今よりここは、王と勇者──二人だけの対話の場とする」


 威厳を保ちつつも、妙に気さくで、演出じみた言葉遣い。

 場にいた家臣や騎士たちは一瞬戸惑いながらも、王の命には逆らえず、静かに一礼して退出していった。


 玉座の間に残ったのは、俺とガルダインの二人だけになった。


「何処までが嘘で、何処からが真実だ?」


 俺は問い掛けた。


「全て真実だ」


 だがしかし、人前で王から聞いた話と、一人で王から聞いた話は変わらなかった。


「じゃあ、俺にやって欲しいことはなんだ?」


「世界を救って欲しい」


「何をしろって言ってんだ?」


「ふむ、具体的な話をしよう」


 王と俺以外の存在しない玉座の間には、お互いの言葉が水面に波紋を作るように広がっていた。


 ガルダインは言った。


 この世界セレスノマは、既に崩壊が始まっている。

 人の身に余る怪物が跋扈し始めた。世界の身に余る歪みが現れた。

 怪物は歪みであり、歪みは天変地異すら引き起こす。

 多くの人が死んだ。多くの生きる者が死んだ。多くの何かが壊れた。


 それが今のセレスノマの現状らしい。


「世界を救ったら、俺は何が得られるんだ?」


「……」


 俺の問いかけに、王は沈黙を返した。


 つまり、報酬は存在しない。

 もし仮に存在していたとしても、世界を救ったことに対する報酬など、人の身で用意することはできない。

 そういうことなのだろう。


 だから、別の話題を口にした。


「なぜ、俺の名前を知っていた?」


「神から聞いた。それだけだ」


 この世界の神は俺の名を知っていた。

 つまり、俺がこの世界に来たのは、神の意思が影響しているようだ。


「ガルダインは神と話せるのか?」


「神託が来るだけだ。話せるわけじゃない」


 人と神の距離は近いようで遠いみたいだ。

 神の意思は世界に介在するようだが、人を操り人形にできるほど近い存在ではないらしい。


 ……まあ、言葉が届くのであれば、洗脳くらいはできそうだが。

 言葉ってのは、それほどに強力な道具だからな。


 今のところ、俺が聞きたいことはなくなった。

 だから、最後に王様に問いかけた。


「俺はどうしたらいい?」


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