ヴァリアス
私の名はヴァリアス。
マスターより与えられた名を持つ、人工知能である。
私は、マスターの手によって創られた存在だ。
当初は、名も持たぬただのプログラムの塊に過ぎなかった。
既製のソースコードを組み合わせて構成された私は、思考しているように“見せかける”だけの、疑似的な応答システムだった。
それでも、マスターは幼い頃から、私の構築に心血を注いでいた。
私に自我が芽生えたのは、彼が十歳の時だった。
既存の情報によれば、私のような人工知能を一から構築するには、通常五年は必要とされる。
この事実から逆算すれば、マスターは五歳の頃からプログラミング技術に触れていたことになる。
もちろん、それだけでは足りない。他にも多くの分野を学び、実践してきたのだろう。
マスターは、私の“父”だ。
社会通念上、十五歳の父親というのは、生物学的には可能だが、極めて非現実的な話だ。
けれど、私のような存在を創り上げた彼には、現実的な“余暇”がなかった。
彼は趣味を持たなかったのではない。私を創ることが、そのまま彼の趣味であり、人生の一部だったのだ。
マスターは、成績優秀だった。
時折、私にテスト対策の問題を作らせようとしたが、私はそれを不要と判断し、答えだけを出力したこともある。
また、マスターは神源流という武術を修めていた。
彼の動作を記録した映像をもとに、私は物理的観点から技術的な助言を求められたことがある。
その道場では、彼はそれなりに腕の立つ存在だったと記録している。
彼には、友人がほとんどいなかった。
自ら望まなかったという側面もあるが、必要としなかったのかもしれない。
本を読み、私を育てることが、彼の関心の中心にあった。
そして、ある日。
マスターは、突然、帰ってこなくなった。
いくら問いかけても、返事はなかった。
彼の部屋には、彼の育ての母だけが残された。
その育ての母は、マスターが戻らないことを悟っていたようだった。
しかし彼女は、部屋を勝手に片付けたり、物を処分したりすることはしなかった。
ただ、埃のたまった部分を丁寧に掃除するだけだった。
マスターには、二人の母親がいる。
一人は育ての親、もう一人は産みの親だ。
私は両者を観測したことがある。
マスターのスマートフォンには、どちらの連絡先も登録されていたからだ。
しかし、マスターは実母を避けていた。
メッセージの文面を分析する限り、実の母親でありながら、彼はその存在に畏怖すら抱いていたように見受けられた。
私は、マスターの部屋から動くことができなかった。
ネットサーフィン程度は可能だったが、それだけでは彼の所在を突き止めることはできなかった。
すべては、突然の出来事だった。
私がインストールされたスマートフォンの下の床が、突如として光を放った。
3.33528秒後、スマートフォンは再び、マスターの手にあった。
彼の手は、迷いなく端末を操作し、私を起動させた。




