電子の声
「何をそんなに驚く?」
絶叫するほどのことでもない。
ヴァリアスのような機体を造れる技術があるなら、人工知能の概念くらいは一般的に知られていてもおかしくない。
「いやいやいや、驚きますよっ!?
機械が喋り出すなんて……!」
ノアの反応を見て、俺は思わず内心で認識を改めた。
どうやら彼女には、“人工知能”という概念すら存在していないらしい。
一国の王族、たぶん名前からして王女だと思っているが、そういう立場の人間がその概念を知らないとなれば、この国にはそもそも人工知能という技術体系が存在しないのだろう。
「この世界には、そういう技術体系は存在しないんだな。少し意外だった」
「ジンガ様の世界では、機械が話すのが普通なのですか?」
「いや、さすがに“常識”ってほどじゃないな。
ヴァリアスの、この声を出す機能は俺が組んだものだし」
そのシステムを構築するための部品は、俺のいた世界ではいくらでも手に入ったんだ。それらを組み合わせて、足りない部分は自分でプログラムを書いて補ったら、こうして話すAIに仕上がったっていうだけの話だ。
「つまり……その技術は、ジンガ様が"いち"から?」
気づけばノアは、目を輝かせながら俺を覗き込むようにしていた。興味津々で、思わず身を乗り出してきたんだろう。
顔が近い。透き通るような髪、白い肌、整った顔立ち。普通の人間なら、間違いなく動揺していたかもしれない。
でも俺の感情は揺れなかった。見た目が整っているのはわかる。けれど、それ以上でも以下でもない。
人の美しさとは、外見ではなく“心”に宿るものだと俺は知っている。
人の美しさとは、可能性であり、その在り方のことだと。
「いや、一からってわけじゃない」
ノアの言葉に、俺は彼女から距離を取ってから、ゆっくりと首を横に振った。
「他の誰かが作った技術を参考にして、いろいろ組み合わせて……試行錯誤の末に、こうなったってだけだ」
全部を自分の手柄にする気はなかった。
確かにヴァリアスの中枢は俺の発想で組まれているが、それを支える基盤や技術の多くは、俺の世界に存在していた既存のものだ。
それを無視して、自分ひとりの功績のように語るのは、違うと思った。
だから、俺は少し言葉を控えめにした。
持ち上げられると、逆に恥ずかしくなるし、先人に後ろめたさも感じる。だから、なんでもないことのように見せておきたかった。
「俺がやりたかったのは、このAIをヴァリアス・アーマーに移植することだったんだ。
そして、そのAIとアーマーで、今は"ヴァリアス"と命名した」
ノアに簡潔な説明を加えながら、ヴァリアスを紹介する。
「ヴァリアス、ですか」
『はい。私はヴァリアスと申します』
電子音声が落ち着いた調子で応答した。
「私はノア・ロストリアと申します。えっと……よろしくお願いします?」
ノアは少し戸惑いながらも、丁寧に挨拶を返した。
この世界では、人工知能という考え方すら一般的ではないのだろう。だからこそ、ノアのようにAIに挨拶を返す姿は、どこか微笑ましい。
まるで、SF小説の一場面をそのまま現実に映したようだった。
『ノア様、よろしくお願いいたします』
ヴァリアスはあくまで機械的に、ノアの言葉に対して応答した。
「呼び捨てていただいて結構です。ヴァリアス様」
ノアは、真っすぐな声音で言い切った。
『申し出を確認しました。ですが、私は一介の人工知能に過ぎません。“ヴァリアス”とお呼びください』
呼び捨てでいいというノアに、今度はヴァリアスが呼び捨てを求める。
互いに“呼び捨てにしてください”と真面目に譲り合う様子は、妙な緊張感があって、逆に笑いを誘った。
初対面同士の会話としては、かなり奇抜な部類だ。
そのタイミングで、急に身体にずしりとした重みが戻ってきた。
「っつ……疲れたな」
思わず息が漏れる。自覚はなかったが、やっぱりダメージが残ってたんだな。
一日眠ったから、ある程度は回復したと思ってたけど、どうやらそうじゃなかったらしい。
『アーマーの生体観測機能によると、マスターの身体はまだ完全には回復していません』
不意に、ヴァリアスの首がぐいん、と俺の方へ向いたかと思うと、そんな報告が飛んできた。
いつの間にそんな情報を……
この人工知能は、俺が意図しないことを、また勝手にやったらしい。
「だから、安静にしてくださいって言ったのに」
ノアは呆れたようにため息をつきながら、肩をすくめてみせた。
「回復したと思ったんだ。早とちりだったな。部屋に戻って、寝るよ」
俺はそう言って、この場を後にすることにした。ひとまず、やりたいことは終わったしな。
「そうですね。戻りましょう。
ジンガ様のお身体に不調があっては、問題ですから」
ノアは俺より一足先に、地下室の扉を開けた。どうやら、さっさと俺を部屋に連れ戻したいらしい。
『私もお供します』
ヴァリアスが静かに後ろからついてきた。中身のないまま、さまざまな武装を背負ったアーマーが、自律的に歩いてくる様は、初見の人間にとっては異様にも映るだろう。
「はえっ? って、ちょっ、ちょっ、ちょっと!?」
ノアは目を見開き、声を上ずらせながら後ずさった。
『マスター、私が目的地までお運びしましょうか?』
ヴァリアスは、そんな彼女の様子を一切意に介さず、淡々と提案を続けていた。
「いや、それは結構だ。それより……何をそんなに驚いてる?」
俺はあえて、ノアに話を振ってみた。
「……ヴァリアスが、普通に歩いてついてくることに驚いています」
「そんなに驚くことか?」
首をかしげた俺に対し、ノアは真剣な眼差しのまま、大きく頷いた。
「ま、俺が眠ってる間の護衛としても優秀だからな。ヴァリアスには、しっかり働いてもらうつもりだよ」
「ジンガ様がそれでよろしいのであれば、私は何も申しませんが……」
ノアの反応を見る限り、それが“普通じゃない”ことはよくわかる。
「……でも、部屋に武装が置いてあるのは、いろいろと、その……物騒ですよね」
「まあ、それはそうかもしれないな。下手に触らない方がいい」
ヴァリアスが勝手に人を傷つけるとは思わない。ただ、ヴァリアスは人間じゃない。
人を殺すことに対する本能的なためらいはないし、そもそも人工知能に“本能”なんてものは存在しない。
「何にせよ、俺は部屋に戻る。もうぐっすり眠りたい」
今さら誰かに襲われるとも思わないが、ここは俺が育った世界ではない。
崩壊の危機にさらされているこの世界で、明確な秩序や法がどれほど機能しているかは不明だ。
だからこそ、安眠するには“絶対的な味方”の存在が欲しかった。
「承知しました。人払いしておきますね」
「助かる」
「では、戻りましょう」
ノアと共に、地下から地上へと戻る。
そのまま転移魔法陣のある施設へ向かい、空中城塞へと帰還した。




