混戦模様
気がついた時には、俺の周囲には、多くの悲鳴が入り交じっていた。
ブレイクスフィアの異形の咆哮。
そして、人間の絶叫──助けを求める声、恐怖に震える叫び、断末魔。
それらが都市の空間に反響し、夜の空域に悲鳴の奔流を形成している。
浮遊無線型兵装十二門、両手のハンドガン二門。
計十四門の砲口が常に別方向を狙い、絶え間なく発砲を続けていた。
それでも、まるでキリがない。
ビルの谷間に火花が閃き、怪獣が瓦礫ごと吹き飛ぶ。
だが、同時に崩れ落ちる構造体の陰に、人の姿が見えた。
落下してくる瓦礫に向けて、浮遊無線型兵装の一門を即座に転向。
複数回の精密射撃が命中し、瓦礫は空中で細かく砕かれていく。
一撃ごとに破片が小さくなり、やがて人々の頭上を掠めるだけの粒子へと変わっていった。
「さっさと逃げろっ!! 都心部に向かって進め!」
上空から、俺は逃げ惑う群衆へと叫ぶ。
だがその直後、高層ビルの一棟が軋みながら、まるで狙ったかのように俺の方へと倒れてきた。
右手のハンドガンを一瞬の判断で放り投げる。
同時に、後方右翼にマウントされたバスターライフルのロックが解除され、砲身が自動展開される。
迫り来る巨大なコンクリートの壁に向け、俺は重圧なビーム砲を放つ。
ビル内部の、ちょうど人が存在していない空間を的確に貫き、構造物を真っ二つに裂いた。
だが、直後──。
「……っつ!?」
爆風に煽られ、ビル内部に潜んでいた人々が、空へと吹き飛ばされる。
咄嗟のことに、全員が悲鳴すら上げる余裕もなく、宙を舞っていた。
目の前で人が墜落死する光景は、流石に後味が悪い。
俺は即座に、ヴァリアス・アーマーに刻まれた魔法陣の一つを起動。
このアーマーには戦闘用のシステムしか組み込まれていないが、それを応用すれば、救助っぽいこともできなくはない。
展開された魔法陣から、幾筋もの鎖が放たれた。
それぞれが空中の人々の身体に絡み付き、落下速度を抑制していく。
地面に叩きつけられる寸前、ぎりぎりの位置でその動きが止まった。
俺はバスターライフルを再び右翼にマウント。
放り投げていたハンドガンも、重力制御の補助で正確に手元へと戻ってくる。
機体の制御を微調整しながら、都市低空を滑空するようにして、人々をひとりずつ安全な地上へと下ろしていった。
「逃げろっ!」
そう叫ぶしかできない。
今この瞬間に、彼らの未来を保証する言葉など、何一つ見つからなかった。
人を守るより、敵と戦う方が圧倒的に楽だ。その皮肉の中に、苦笑すら浮かばない現実がある。
逃げ惑う人々に向けて、崩壊怪獣の群れが殺到する。
脚をもがれ、這いながらも進もうとする者の上へ、牙を剥いた異形の影が覆いかぶさった。
それを、十四門の銃口が迎撃する。
浮遊無線型兵装が空中で角度を変え、正確に頭部を撃ち抜いた。
ハンドガンの連射が重なり、巨体のバランスが崩れる前に、追撃の光弾が胸部を貫通する。
爆発の光と煙の中で、崩壊怪獣は跡形もなく消え去った。
俺はその隙に、右手に握っていたハンドガンを右前腕の側面へと戻す。
滑るように格納され、装甲の一部として再接続される。
続けて、右肩甲骨側のマウントロックを解除。
再びバスターライフルが展開され、前腕と結合されると同時に、砲身が敵群を捉えた。
瞬間、照射。
青白い光柱が一直線に走り、敵群の中心をまとめて焼き払った。
着弾と同時に膨張する熱量が、周囲の空気ごと歪ませる。
爆風と光の奔流に包まれて、数十体の崩壊怪獣が無音のまま蒸発した。
倒すだけなら、自分の部屋を掃除するよりも簡単だ。
けれど、人を守るとなると、難易度は一気に跳ね上がる。
圧倒的に人手が足りていない。
高層ビルの合間から、崩壊怪獣の一体が滑り込むように飛び込んできた。
俺は即座にバーニアを吹かせて加速し、脚を振り上げて蹴り上げる。
怪獣の巨体が浮いた瞬間、右肩のバスターライフルを構え、至近距離から撃ち抜いた。
爆発。
炸裂した熱と衝撃で黒煙が立ちこめる。
視界を覆うそれをものともせず、ヘルメットの視界補正機能によって、敵の残骸の位置まで正確に把握できた。
視線を前に戻す。
爆煙の隙間から、地上に展開された複数の機械兵器が見えてくる。
その姿は、俺が装着しているヴァリアス・アーマーとほぼ同じ人型だった。
左右の翼は無いが、それ以外であれば、全長もほとんど変わらないように見えた。
ただ、彼らには空を飛ぶ術がないのか、地表からミサイルや弾丸を放って戦っていた。
彼らの攻撃は、確かに崩壊怪獣に有効打を与えていた。
敵の動きが鈍り、爆煙の中でその巨体が崩れ落ちるのが見える。
この地点は任せて問題ない。
俺は判断を切り替え、次の戦場へと舵を切る。
背面バーニアの出力を最大まで引き上げる。
蒼白い推進光が噴き上がり、ヴァリアス・アーマーの機体が再び空へと跳ね上がった。
夜の都市を縫うように、俺は次の戦場へと向かった。
結論から言えば、俺以外の戦力が崩壊怪獣と交戦する場面を、いくつも目にすることになった。
だから俺は──俺でなければ対処できない敵、あるいは味方が確実に苦戦するような個体だけを優先して撃破することにした。
移動、撃破、そしてまた移動。その繰り返しだった。
恐らく、ようやく味方部隊が各戦場に追いつき始めたのだろう。
納得はできる。俺のように自由に空を飛び、瞬時に戦域を移動できるわけではない。
部隊単位の移動には時間がかかるし、侵攻ルートの確保や味方の避難誘導も同時に行っているとなれば、対応が遅れるのは当然のことだ。
すべての鎮圧が完了した頃には、すでに東の空に朝日が昇りはじめていた。
世界が崩壊しつつある──そう、ガルダインとノアは語っていた。
正直なところ、初めて崩壊怪獣を目にしたとき、俺はそれを“誰かに操られた兵器”の一種だと思っていた。
要するに、過小評価していたのだ。実際、あの時は生身でも撃破できてしまったから。
……けれど。
いま目の前に広がる光景は、そんな甘い認識を即座に打ち砕いた。
何本もの高層ビルが根元から折れ伏し、かつて車が走っていたであろう道路は瓦礫に埋もれ、完全に機能を喪失している。
都市が、まるごと沈黙していた。
どれだけの崩壊怪獣を討伐したか、もはや覚えていない。
千か、万か、それ以上か。数える意味すらなかった。
これほどの“異常”を前にして、なお兵器と呼ぶには、あまりに無差別で、あまりに理不尽だった。
この有象無象を、災害と呼ばずして何と呼ぶ。
この連鎖を、世界の崩壊と呼ばずして、何を以て崩壊と定義する。
地面に降り立った俺は、そう独白せずにはいられなかった。




