聖女の声➁
私たちは町の記録庫に向かい、旧記録を調べた。
「20年前に……“橋から子供が落ちて死んだ事件”があったらしい。事故として処理されてるけど、母親は自責の念から後を追った」
ユリウスが手にした古い新聞の切り抜きには、小さな墓の前でうつむく若い女性の写真が載っていた。
「名前は、エレン・ハーヴィル。……息子の名は“コール”」
「アリシア様、昨日の霊……母親だったのですか? あの霊は“子供”を探してると言うことでしょうか?」
ユリウスの問いに私は小さくうなずいた。
「ええ。けれど……子供はもういない。あの女の霊が探していた“あの子”は、もう……」
「リリィが、彼女の子供を操っているということでしょうか?」
「そうだと思うわ」
アリシアは頷く。
「彼女はなぜそんなことを?」
私は首を左右に振った。
「わからないわ。でも今はあの親子を解放するのが最優先よ」
ユリウスは頷き、私達は橋へと向かった。
* * *
再び橋に向かうと、女の霊――エレンが、橋の中央に現れる。
女は霧りに蝕まれているように、彷徨っている。
「返して……返してぇ……!」
リリィの声が背中を押す。
「もっと言いなさい。さあ、母親の地獄を開けてあげなさい」
(また、リリィの声)
「黙ってなさい……!」
私は魔核の力を使い、リリィの声を押さえつける。その時――地面に複雑な構文が刻まれた。
私は前世の知識を使い解析する。そして、静かに詠唱を始めた。
「聖核解放ーーー《聖環の光鎖ルミナ・ロック》」
その瞬間、まばゆい光が橋を包み、痛みと記憶が剥がれ落ちていく。すると、そこには子供がいた。
「ママ?」
霧の中に、子供の幻影が立っていた。
女の霊が動きを止める。
「……でも、いけない…いけないのよ……」
「エレン。あなたはまだ“そこ”にいる。でも……コールは、あなたを待っているわ」
「……でも、あの子は……」
そして、その顔が、初めてはっきりと見えた。――涙に濡れた、哀しい母の顔。
「あなたが手を離してしまったのではない。橋の欄干が壊れていた。事故よ」
「……私は……私は、母親として……」
「彼は、あなたを責めていない。彼は、“きてほしかった”だけ」
アリシアの言葉とともに、霧の中のコールが橋へと一歩踏み出す。
そして――母の霊と、子の幻影が、橋の中央で重なる。
「……ママ……」
「……ああ……コール……」
母と子が橋の中央で重なり合った瞬間、霧が光に変わって風に溶けていく。
怨念は消え、二人は抱き合ったまま穏やかに空へと昇っていった。
* * *
というわけで、町の人にことの顛末を話す。
「ーーーというわけで、これで今後、女の霊騒ぎはなくなると思います」
「おおっ、ありがとうございます! これで安心して生活できます」
私たちの報告を聞き、町の人は喜びをにじませた。
「いくつか確認したいことがあります」
「は、はい」
私はある疑問を町の人に聞いた。
「女の霊………が、現れるようになったのは最近というのは本当ですか?」
「は、はい。間違いありません」
「そうですか……」
私は考え込むように顎に手を当てる。
ユリウスが私に質問する。
「どうしました? なにか気になることでもあるんですか?」
「………えぇ。幽霊が現れるっていうのは聞くことはあるけど、そこに精神干渉まで霊にするっていうのは聞いたことがないわ」
「リリィの影響ですかね?」
ユリウスの言葉に、私は首を左右に振る。
「わからないわ。でも勘みたいなものだけど、この件はもっとおおきな事件の前兆のような気がするわ」
「勘、ですか」
「うん。まぁ所詮は元令嬢の勘だからアテにはならないかもしれないけど」
私たちは不吉な予感を覚えつつ、次の街へ向かった。