魔王の締め付け
「ビトゥフからの報告によりますと、人馬の越境ではなく。“奴隷解放戦線”を名乗る奴隷の武装集団が“荒鷲の騎士団”の荘園を襲撃し、奴隷を脱走させたとのことです。現在、荒鷲の騎士団とヴィルノ族の兵士が共同で対処中。応援の要無し。との事です」
チェスワフの報告で会議室に集まっていた部族長と騎士団の関係者達は安堵の声を上げた。
「魔王様、どうなさいますか?」
「やはり引き揚げますか?」
ポーレ部族長のマリウシュが質問すると、クヴィル騎士団長のランゲも発言したが、カエの答えは予想外のものだった。
「このまま進軍を続けさせろ」
会議室の笑い声が消え、一同の視線がカエに集まった。
「し、進軍ですか?」
ランゲが声を絞り出す。
「“荒鷲の騎士団”に伝えよ。“領土を失いたく無ければ、ニュクスが到着するまでに反乱を鎮圧せよ”とな」
「何故です?」
カエが鼻からため息を吐き、不機嫌そうな口調で説明を始めた。
「私の統治下で奴隷の反乱を許したのだ。奴隷の管理も出来ない者に奴隷と領土を預けれると思うか?戦で遠征している時に起きないと言う保証は?貴様らも笑っておるが、万が一奴隷の反乱を許すのであれば、同じく軍を差し向け領地を取り上げるからな!覚悟しておけ!」
怒りをぶちまけ、カエが椅子から立ち上がったので、一同起立して見送ったが、ズカズカと足音を立て部屋から退出しても、全員がカエの豹変に驚き誰も声を出せなかった。
バタンと、執務室の戸が乱暴に閉められる音が聴こえてから、チェスワフとフィリプ卿がいそいそと部屋を出たが、他の参加者は口を手で覆う者や、椅子に座り天を仰ぐものに別れた。
「何てこった」
最初に声を漏らしたのは、“荒鷲の騎士団”と同じく荘園と鉱山を抱える騎士団の団長だった。
今までの魔王は、反乱が起きれば奴隷を縛り付けてくれたが、今回の魔王は全く逆で。反乱が起きたら、領土を取り上げると宣言したので目の前が真っ暗になった。
てっきり、魔王が反乱を鎮圧してくれると思い込んでいたが、この事が知れ渡れば奴隷が反乱を起こすに決まっていた。
「奴隷の処分すら禁止された今、どうすれば」
カエが3日前に勅命として出した“奴隷法”で、正当な理由無き奴隷の殺処分を禁止したのだ。わざわざ、捕獲したズヴェルムを使い、各部族長の元に勅命を届けさせ。即日、政令として発行させていたので、今更殺処分など無理だった。
今回反乱が起きた荒鷲の騎士団のイゴール卿の元にも伝わっていたが、肝心の荘園に伝達が遅れていたので、仮に反乱が起きなくてもイゴール卿を含む関係者一同が処罰される事になっていた。
「あ"ー………」
執務室に戻ったカエは、そのままアルトゥルとライネが座るソファーの向かいに並んだもう1つのソファーに飛び込んだ。
「疲れた~」
「その、お疲れ様」
「えらい剣幕だったけど、良いんかい?」
カエが髪をムシャクシャに掻きながら「無い無い」と言った。
「ハッタリだハッタリ。一々そんな事に構ってられるか」
ムクリと起き上がり「リーゼ、お茶!」と叫ぶと、エミリアとリーゼが紅茶とクッキーを持ってきた。
「全く、馬鹿じゃないの?散々奴隷に酷い事をしといて、反乱が起きると殺すとか?」
「いやはや、全く………」
「恥ずかしい話ですよ」
静かに入ってきたチェスワフ部族長とフィリプ卿がため息混じりに同意した。
「どうなってるの?」
まだ怒っているのか、カエはソファーに座り直し、尻尾を膨らませながら2人を叱責した。
「イゴール卿は昔から、冷徹な男です。元ナチ党員の転生者ではと疑った程ですが、そうでは有りませんでした。アイツは生まれながらの鬼畜です」
フィリプ卿が吐き捨てるように言い切り、チェスワフも続いて過去の悪行を語り始めた。
「奴が8歳の時です。人馬の奴隷に跨がり、遊んでいたのですが、途中で落馬したのです。人馬の背に立った結果でですが、奴は人馬のせいにし、彼の娘を………軍馬の慰み物にしました」
余りの出来事にリーゼがスプーンを落とした。
「申し訳御座いません」
「下がって良い、エミリアも」
「はい」
「失礼します」
2人が出てから、アルトゥルが「酷ぇ事を……」と嗚咽交じりに漏らした。
「失礼しました………」
すっかり毒され、自分の感覚がマヒしている事に気付き、チェスワフは謝罪した。
「構わん。さて、2人は居なくなったが、他にも余罪が?」
フィリプ卿が首を縦に振り話始めた。
「定期的に奴隷の処分と、反抗的な奴隷の子供を殺して奴隷の食事に混ぜたりと……キリがありません。しかし、奴は人狼と人馬の国境を護る騎士団の団長であり、鉱山と石切場は人狼の経済を支えてきました。奴が騎士団の伝統を汚して搾取をしていても誰も止めようとしませんでした」
「何とか、逃亡した奴隷だけでもと思い、助けてきましたが問題が。………逃亡奴隷の数が多く、その中の一派が武装し奴隷解放戦線を名乗り活動を始めました」
「武器は誰が?」
武装したとは言え、相手は騎士団。そう簡単にはいく筈がないが。
「判りません」
チェスワフ部族長の一言に「判らない?」と思わず聞き返した。
「どうせロシア人だろ。アイツら弱者の味方のふりだけは上手ぇし」
ライネが肘でアルトゥルを小突いた。
「武器はライフリングマスケット銃で、制服まで支給されています。恐らくハーバー議員の言うとおり、ソヴィエトの支援も考えられます」
アルトゥルがライネを小突き返し、「ほら言った通りだ」と勝ち誇って見せた。
「で、FELNの目的は奴隷解放だけかな?」
「恐らくは」
フィリプ卿の一言に「フム…」と一言発し。カエは黙り込んだ。
「荒鷲の騎士団側に穏健派は居ないか?それとFELNとも接触したいが」
フィリプは予想していたのか、直ぐに答えた。
「イゴールの次男のリシャルドなら奴隷の扱いに疑問を持っております。FELNのメンバーも何人か接触可能です」
カエが口元を緩ませた。
「よし、イゴール卿の失脚工作とFELNの要求と情報収集を速やかに行ってくれ」
「了解しました」
『今回の一件は、FELNを名乗る逃亡奴隷の反乱で戦禍の拡大は恐らく無さそうだ。だが、ニュクスはそのまま南進して荒鷲の騎士団に圧力を掛けろ。イシスも旅を続けてくれ』
『判った』
『良いけど、どう圧力を掛けるの?』
『今日、明日は必要以上にゆっくりと進軍してくれ。で、3日目に一気にビトゥフまで出てイゴール卿に“何故猶予を与えたのに鎮圧しなかったのだ”と脅してくれ』
『成る程ね』
「南の事件は只の奴隷の反乱で侵略じゃ無いって」
イシスの一言にフランツとアガタは相変わらず暗い顔をしていた。
「反乱が起きたのは“荒鷲の騎士団”の荘園で間違いは無いのか?」
「ええ、そう聞いてますけど」
フランツは「そうか」と言うと、夜営の準備を始めた。
「今日は此処で夜営だ。トマシュとイシス、今夜は見張りに立たなくて良い。明日に備えて直ぐに寝てくれ。デイブとショーンは先に寝ててくれ、俺とアガタで朝方まで見張りをする」
「え?ああ、判った」
普段は3組に別れて夜の見張りをするが、フランツは相談せずに2組に減らしたが、トマシュ達が抜けた分もアガタと見張ると言い出した。
事前に相談をしていない筈のアガタも文句を言わずに、見張りの準備を始めていた。
「何だ?」
「さあ?」
とは言え、フランツ本人が長い時間見張ると言い出したので、2人は夕食の準備で火を起こそうとしているエルナの手伝いを始めた。




