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侵略への対応

『そっちは騒ぎになってる?』


遺跡に向け森の中の獣道を移動中のイシスの元にいきなり念話が飛んで来た。

「ふぅ…うーん……」

ニナの前に座り、移動しながら寝るのが当たり前になっていた。


『にゃに?』

『“にゃに”じゃ無いわよ!人馬が南から侵略してきたって騒ぎになったけど、何もないの?』

「え!?」


イシスが急に声を出したので、一行はイシスを見た。

「どうしたの?」

「“人馬が南から侵略してきた”って、ケシェフで騒ぎになってるってニュクスから」


「何だって!?」

前を行っていたフランツとデイブが馬を引き返す形で近付いて来た。

『こっちは何も聞いてないよ。どの辺?』

『ヴィルノ族と人馬の国境だって。トビー山脈のラザフォード山付近だって』


「ヴィルノ族と人馬の国境。トビー山脈のラザフォード山付近から越境して来ているって」


「南の国境…」

「ねえ、荒鷲の騎士団の城が在ったよね?」

デイブとショーンの一言にフランツは「ああ、在る」と短く答えた。


「あの城なら2、3ヶ月は籠城出来る。荒鷲の騎士団が応援に来れば直ぐに追い払える」

「此処からの距離は?」

「早馬を走らせ2日………。実際は、南東のビトゥフの街に行ってから街道を西へ行くから案外近いかも知れない」


ケシェフの様な最近造られた街周辺なら測量で正確な地図を作っているが、マトモな地図が無いので件の山までの距離が今一判らなかった。

「一応、見えてるよ。あの山」


デイブが南西方向を指差した。

『例の山は此処からも見えるけど、何の騒ぎも起きてないよ』

『そう………。何かあったら全員で逃げて来てね。後、エルナに変なことする馬鹿が居るかもしれないから、気を付けなさいよ』


『え、ちょっと。何か情報無いの!?』

『有るわけ無いでしょ。私の所に話が来たのも今なんだから。何でも魔法具の“伝令ツバメ”で第一報を飛ばしたばっかで、詳細が報告されるまで時間が掛かるから。続報来たら教えるから』


「まだ、“伝令ツバメ”の第一報だけで詳細が来たら教えてくれるそうです」

「参ったな」

フランツがソコソコ正確な地図を拡げて迷っていた。

「今から引き揚げるにもな」


遺跡に通じる道は今歩いている獣道一本で、途中で遺跡に通じる脇道と、北西のファレスキ方面に出る道に別れていた。

万が一、この周辺に戦禍が及び、北西の神聖王国に占領されたファレスキ周辺に逃げる事だけは絶対に避けたかった。


「囲まれても、私が全員を転移させて逃げます」

「警戒も僕の探知魔法で何とかなります」

イシスとトマシュに言われても、フランツは決めかねた。

確かにトマシュの探知魔法は正確で、かなり広い範囲を探知出来るが、一人で四六時中周囲を探知させるのか?イシスの転移魔法も、イシスが倒れたら?


「先に進むが、安全か日が落ちるまでに確認出来なければ、一旦引き揚げよう。トマシュ、それまで周囲を探知し続けてくれ。イシスも転移魔法を何時でも使えるように用心してくれ。デイブ、ベトナム戦争でブービートラップの経験が有ったよな?ショーンと前衛に回ってくれ。それと全員、武器を装備しとけ」


「了解」

「あー、やだやだ」

各々、普段使っている護身用の剣だけでなく、弓矢や剣を荷物から取り出した。


「え、ええっと」

いきなりの事で、エルナは背負っていた荷物から弓矢を出そうとしたが、何をして良いのか戸惑っていた。


「ほら、手伝うよ」

イシスが声を掛け、弓矢と剣を装備させる。

「矢筒は右手で取りやすいように、斜めに背負って。剣は走るのが邪魔になるから腰から斜めに後ろ足の方に」


カエの記憶を頼りに、エルナに武器を持たせた。

「弓は練習した通りに射てば良いけど、貴女は戦いが始まったら捲き込まれない様に逃げて」

「え、でも」


イシスがエルナの手を握りしめた。

「貴女は人を殺した経験がない。そんな貴女が一緒に戦っても、良くて怪我。最悪、誰かを死なす事になる。それに、貴女は私の奴隷として連れてこられただけで兵士じゃない。逃げるのは恥じゃない」


エルナの頭をポンポンと叩き、自分の剣を腰に差し始めた。

「貴方も無理しなくて良い」

近付いて来たトマシュの方に振り向かないまま、イシスは言った。

「君はどうなの?」


イシスの様子からトマシュは気になり質問した。

「私は10人かな」

普段の様子から、人を殺した事があってもおかしくないと思っていたが。

「最初は6歳の時に。大男に首を折られそうになったから逆に折って。仲間が居たからついでにね」


「ゴメン」

イシスの気持ちが酷く沈み込むのを感じ、トマシュが謝った。

「大丈夫、慣れているから」


生前、王族だったが。父親が人狼の外国人だったせいで。イシス達が物心付いた頃から暗殺未遂や陰謀が当たり前だった。

特に、ローマで父親が暗殺され、エジプトに戻る直前に叔父も暗殺された事で政情が不安定になり。結局、兄妹3人で亡命するまで気が休まる事はなかった。




「兵は集まったか?」

「ポーレ族から1個大隊(約800人)。クヴィル族から2個大隊(1600人)亡命マルキ王国から1個中隊(200人)規模」

ニュクスが速やかに出師準備を下令したので、執務室周辺は報告に来た伝令や指揮官で混雑していた。

『取り敢えず、2千人以上集まったから南下するよ』

『ああ、頼む』


流石に内政や軍政の改革に手を着けた時期に魔王不在にする訳には行かず。妹君としてニュクスが名代として兵を率い、カエ自身はケシェフに残る形を取った。


パッと魔法で鎧に着替えたニュクスは、執務室を出て向かいの会議室に移動するため、廊下に出た。

「ニュクス様、ちょっと」

ヤツェク長老が声を掛けた。

「何か?」

「敬礼ですが。右手を真っ直ぐ伸ばす敬礼はお控え下され」


「………?…………何故?」

急に敬礼について注意を受け、ニュクスは首をかしげた。

「その…、ローマ式敬礼ですが。ナチスが後年に模倣したので、心情的に…タブーになりました」

「私達が死んだ2000年後に民主主義を否定したゲルマンの蛮族のせいで、敬礼をしてはダメだと?」


声のトーンは普段通りだが、ニュクスの猫目の瞳孔が縮瞳し尻尾が膨らんだ事から、本気で怒った事を悟ったヤツェク長老は深々と頭を下げた。

「お気持ちは判りますが………。代わりに私共のやり方でお願いします」


ヤツェク長老は頭を起こすと、右手の人差し指と中指を伸ばし、親指を落ち曲げた小指と薬指の間に沿わした。

「この状態で人差し指の先を頭に被った帽子の唾に着けます」

ボーイスカウトやポーランド軍がする2指の敬礼だった。


「まあ、覚えておくわ」

代わりの敬礼を教えてもらい、ニュクスは多少は怒りが収まったのか、会議室へ入って行った。


「ふーっ………」

最悪、処罰されかねない話題なので、無役のヤツェク長老が説明役を買って出たが、一気に脂汗が吹き出てきた。

(まあ、何とかなったな)

ナチ党に殺された転生者も多く。敬礼問題で仲違いする事は避けたかった。幸い、ニュクスが分別を持っていたので大丈夫だったが。




「もうすぐ、ニュクス達が出てくるよ」

さっさと転移で戻っても良かったが、折角だから出陣する兵士の見送りを見学しようと、カエ達は南の街壁まで来ていた。

既に、出陣の話を聞き付けた野次馬で門周辺はごった返していた。


「あー来た来た」

群衆の歓声の中。ドンッドンッドンドンドンッと鳴らされる太鼓に合わせて、歩兵が隊伍を組んで門まで行進してきた。


「今回も歩兵は多いの?」

「確か2000人ぐらいだったな」

クヴィル族の兵士が通り過ぎ、騎士団が通過し出すと歓声が大きくなった。

「ピウスツキ卿と娘さんのドミニカさんは相変わらず人気があるね」

「本当、女の子に人気だよな。ドミニカとか戦場だと女ゴリラみてぇなのに」


アルトゥルが喋り終えると同時に、ドミニカが此方に気付き手を振ってきた。

「げっ!」

「げっ!じゃないよ。全く」


陰口に気付いた様子ではなく、にこやかに手を降る様子が殊更2人を不安にさせた。

「なんかした?」

「何もしてねえよ!」


歓声が再び巻き起こり、見るとニュクスが馬に乗り手を振っていた。

「ニュクスが馬に乗ってる………」

運動音痴のニュクスが普通に馬に乗れていることに、カエはショックを受けた。

「明日は雪か」

「いや、酷くね」


「ん?」

ポーレ族の兵士が行進してる途中で、トランペットの音色と歌声が聴こえてきた。


「何かな?」

「ロシア語…。マルキ王国の兵士じゃないかな?」


「Артиллеристы,точный дан приказ! (砲兵よ、我らの命令は正確だ!)

Артиллеристы, зовёт Отчизна нас. (砲兵よ祖国が呼んでいる)

Из многих тысяч батарей, (千の雷よ)

За слёзы наших матерей, (母の涙に報うため)

За нашу Родину (祖国の為に)

Огонь! Огонь! (撃て!撃て!)

」


「何か勇ましいな」

歌詞は判らないが一子乱れぬ行進を見せるマルキ王国の兵士を見て御満悦のカエを見て、アルトゥルは焦った。


(赤どもはコレだ!いつも無知な女子供を騙す)


「Из многих тысяч батарей, (千の雷よ)

За слёзы наших матерей, (母の涙に報うため)

За нашу Родину (祖国の為に)

Огонь! Огонь! (撃て!撃て!)

」

マルキ王国の兵士が門に差し掛かると同時に歌が終わり、トランペットが“スラブ娘の別れ”を演奏しながら隊列は門から出て行った。


“ナチもそうだが、赤どもに対抗せねば”アルトゥルの焦りを他所に、野次馬の話題はマルキ王国の兵士で持ちきりになった。

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