攻囲戦初日
「ここ数日忙しいよ。反乱が起きたせいも有るけど、捕虜が持ってた物の仕組みを調べるのが意外と大変でさ」
トマシュが遺跡に出向いている間の出来事などを話題にしつつ、4人でケシェフの街に戻り、適当な店を探していた。
「アルトゥルとライネが詳しかったから使い方は判ったけど、作り方が判らない物が多くて」
飛行艦の襲来に驚いた住民の多くは家に籠もっているか、着陸の様子を見学しに行ったので普段は混み合ってる商業地区も空いていた。
「何を調べてたの?」
「電気関係の道具だよ。無線機とかね。モールス信号を受信出来るの無線機は作れたけど、音を復元する回路を作るのに手間取ってるから電波を声に戻すタイプの無線機が出来なくて」
トマシュが一瞬カエの方を見た。
『そんなの作らせてたの?』
『北の人間がどうも、ラジオで情報を流しているらしいからな。それでだ』
『なるほどね』
「着いたよ」
アルベルトの案内で到着した店は、見覚えが有る赤い看板に赤い内装だった。
「ああ、アリナとアイリが働いてるお店だっけ?」
「そうそう、2人が居る時に来ると後で怒られるからさ」
引っ越しの片付けで同い年の姉妹2人が店に居ないのでこの店を選んだのだが。
(2度目だなぁ)
トマシュとアルベルトは知らないが、ライネとアルトゥルと1度来ていたトマト料理の店だった。
「エルナさんが入れるか聞いてくるよ」
「あ、ありがとうございます」
店の中に入って行ったアルベルトを他所に、トマシュが質問してきた。
「良いの?のんびりしてて?」
「何がだ?」
「……オルゼル城が包囲されてるって話は僕も聞いてるよ。そんな状況なのに、“魔王の君が遊んでて良いのか?”って思っただけだよ」
カエは一瞬トボケた顔になったが、すぐに険しい顔になった。
「どうせ包囲が始まったばかりで何も起きとらんさ。それに、オルゼル城の方はニュクスに任せているんだ。土壇場で私が口を挟んで指揮が混乱したらどうする?」
「……そういう物なの?」
カエの背後からアルベルトが顔を出した。
「大丈夫だって」
次の瞬間には、年相応の笑顔を浮かべながら、エルナと一緒に店に入っていくので、トマシュは小さく溜息を吐いた。
「突っ込め!」
「わあああああああ!」
指揮を執るFELNの指揮官の合図で、反乱軍の兵士達は、オルゼル城前の村の端に在る出城に向け走り始めた。
殆どが反体制派としてFELNに訓練を受けていた農民出身者だが、ブレンヌスの指揮下に入らず、独断で出城を落とそうと動いたのだ。
「来たぞ!」
村の端に並んだ腰程の高さの石壁を飛び越え、剣やピッチフォークを持った兵士達はぶどう畑を掻き分け出城に近付いて来た。
「ゎぁぁぁああああ」
出城を守る騎士団達は、櫓や城壁の上から弓を構え合図を待った。
「放て!」
一斉に放たれた弓矢に怯むこと無く、反乱軍の兵士は出城に向かい続けた。
「投石機!放て!」
先頭が50メートルの所まで接近してきたので、火炎弾を装填した投石機にも射撃を命じた。
兵士がスレッジハンマーで、投石機を固定している鉄の楔を思いっ切り叩くと固定が外れ、投石機は唸り声を上げながら勢い良く火炎弾を放り投げた。
「チッ!素人共が。あれではイタズラに死者が増えるだけだろ」
設営が終わった櫓の上に立ち、遠巻きに見ていたブレンヌスは火だるまになった反乱軍の兵士を見て毒を吐いた。
「火炎弾で衝撃が分断されましたからな。前を行く兵も駄目でしょうな」
突撃した兵士が火炎弾の爆発で分断され、弓矢に次々と討ち取られるのを見て、騎士団から寝返った騎士も冷たく吐き捨てた。
「毛布だ!」
丸太を持った反乱軍の兵士が城門に近付いたので、上から毛布をロープで吊り降ろした。
反乱軍の兵士は、目の前に垂れ下がった毛布を気にせずに丸太で城門を勢い良く突いたが、毛布に衝撃を吸収され、城門に大した被害は無かった。
「ギャ!」
「アァーッ!」
門の上部に設けられた石落としから、クロスボウで鎧ごと身体を貫かれる者、良く判らない液体を掛けられ火傷する者。
アッという間に丸太を持っていた兵士達は散り散りになり、火炎弾で出遅れていた後続の兵士達も含め突撃発起位置へと引き揚げ始めた。
「こうなっては駄目だな」
完全に士気が折れ。統制が執れないまま、バラバラに戻る兵士達を狙い撃つ様に、出城から矢が放たれる。
「撤退すら出来ないとは。FELNの反乱兵達の練度はこの程度だったとは」
盾で弓矢を防いだり、倒れた仲間の兵士を助ける事すら出来ない体たらくに、一同呆れ果てていた。
「!?おい!アイツ味方を撃ったぞ!」
突撃発起位置に戻って来た兵士の頭を神聖王国から派遣された兵士が拳銃で撃ち抜くのを見てブレンヌスが声を上げた。
「敵前逃亡した兵士は銃殺することを認められていますが……」
「何をしているんだ!」
傍から見ていた他のFELNの兵士が2人掛かりで拳銃を持った兵士を押し倒し、地面に抑え付けた。
「敵前逃亡したからだ!もう少しで勝てるってのに」
話している間も弓矢に倒れた兵士が
「コレが勝ってるように見えるのか!もう半分も殺られてるだろ!……おい!撤退をさせろ!」
「おい!早くコッチ」
石壁から顔を出していた兵士が後ろ向きに倒れた。
「伏せろ!」
安全だと思っていた村の端にまで、矢が飛んできたので命からがら逃げてきた兵士達も再び降り注ぐ矢に晒される事になった。
「……まったく、話にならん」
寝返っていた騎士は櫓から降りたので、ブレンヌスが上から顔を出した。
「どうするつもりだ?」
「撤退を援護しますよ。気に食わない連中ですが、仲間ですから」
「そうか……」
ブレンヌスは周囲を見渡し、手の空いている人員を探した。
「ホセ!手は空いておるか!?」
オルゼル城を取り囲む柵と外周柵の間。幅1キロにも及ぶスペースの中心付近に自分達のテントを建て終え、警戒に出ようとしていたホセを見付けた。
「ええ、空いてますよ!」
「ユゼフに着いてFELNの撤退を支援してくれ!」
櫓の根本にいた元荒鷲の騎士団の騎士が手を上げたので、ホセも手を上げ返した。
「判りました。すぐに部下と出ます!」
「……」
視界の端でネズミがうろちょろするのが見えたが、チェザリは何もせず壁を見続けていた。
最初の鎮圧部隊に参加していたチェザリは捕虜として捕らえられてずっとこの狭い牢屋に居るが、本人は何日此処に居るのか数える程の心の余裕はなかった。
戦死した父親の事を考えつつ、親友であるリシャルドの事を考え、どうするべきか悩んでいたのだ。
最初は反乱軍に捕らえられたと聞いていたが、リシャルドは反乱軍として兵を率いていたのを見た時は怒り狂った。
騎士団を裏切ったものだと思い、父親を失った恨みをリシャルドにぶつけたが、後から看守から事情を聞いてその事を悔やみ続けている。
「人猫の奴隷との間に出来た娘を守るために反乱に参加した」
種族が違うのに生まれるのか疑問だが、もしそうだとすると、リシャルドが騎士団を裏切った事を理解できた。
他の騎士団の娘さんと縁談が決まってから、リシャルドに元気が無くなった事はチェザリは知っていた。
理由を聞くと、「奴隷のヤニーラと離れたくない」だの「ドミニカって女騎士の良い噂が無いんだけど」等、縁談に消極的なリシャルドのどうでも良い内容の愚痴だったことを憶えてはいたが。本気で人猫奴隷のヤニーラに惚れ込んでいたのは判った。
「!?」
廊下から3人分の足音が聞こえてきたのでチェザリは我に返った。
(此処だな?)
(ああ、早く済まそう)
「くっ!」
ジャラジャラと音を立てながら、チェザリの両手に掛けられた手枷に結ばれた鎖が巻き上げられ、チェザリは牢屋の中で宙吊りにされた。
「離せ!何の用だ!?」
廊下から光石のライトで照らされ、相手の顔は判らなかった。
(どうだ?使えそうか?)
神聖王国の言葉で話しているのが聞こえ、すぐに誰かが顎を掴んだのが判った。
(ああ、今日1日何とかなるだろ)
一瞬、髭面の人間の顔が見えた。
(では始めるか)
「うっ!」
口に猿轡を噛まされ、顎を掴んでいた男とは別の誰かに後ろから顔面を掴まれ、無理矢理瞼を開かされた。
「水晶を見ろ」
髭面の男が、人狼の使う言葉で話し、そして赤く光る水晶を目の前に出した。
「見続けろ……。そして、受け入れろ……。拒んでも苦しいだけだぞ」
「!?〜〜〜〜ぅ!〜〜〜〜ぁ゛ぁ!」
まるで天地がひっくり返ったような感覚と吐き気に襲われ、チェザリは男たちを蹴るなどして暴れたが、強引に押され込まれた。
「拒む必要は無いんだ」
赤く、そして黒い液体のような物が渦巻く水晶を見ているチェザリの頭の中に、人猫奴隷のヤニーラと彼女が抱く……。赤ん坊のイメージと「殺せ」と言うささやき声が一斉に押し寄せて来た。
「ぅ゛〜〜!ぁ゛!ぅ゛!」
(長いぞ、何時まで掛ける!?)
(チッ……。薬を使う。自白剤を)
「あ゛!ぁぁ……」
首筋に何かが刺さった感覚を最後に、チェザリは意識を失った。