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飛行艦の着陸

「Алло(もしもし)?」

 ソ連軍の軍服を着た男は面倒臭そうに電話に出た。


『少将か?マズイ事をしてくれたな』

「攻撃の指示は神聖王国の書記長からです。我々は要請に従ったまでですよ」

 電話の相手はイリヤスクのソ連大使館に居る党の人間だった。


『あのドイツ人の言う事を真に受けたのか!?』

「失礼ですが、委員は事の重大さを判っておられますかな?建国記念日目前のこのタイミングで、イリヤスクが攻撃を受けていれば」




「貴重な対空ミサイル(S-300)を全部撃ち尽くしたそうじゃないか!たった1隻の飛行船相手に!」


 ダイヤル式の電話機を片手に持ちながら、部屋をウロウロする共産党幹部は大声で怒鳴り散らした。


『相手は飛行船では無く飛行艦です。飛行船と違い装甲が厚いのですよ』

「転移門が使えなくなって、モスクワから物資が届かないのを忘れたか?」

『明後日に控えた建国記念日の関連施設が被害を受けても宜しいので?』


 話し相手の少将に言われた後、不意に窓の外……。

 向かいのマルキ・ソビエト共和国の内務省に大きなレーニンの肖像画を立て掛ける作業をしているのが見え、共産党幹部は一瞬黙った。


「それについては同意するがな。だが、少将。このままモスクワと物資や人員のやり取りが出来ない状態が続いたらどうするつもりだ?」

『その時はその時です。他に何か?』


「……次からは神聖王国に直接連絡せずに、党を通せ」





「あれ?アルベルト?」


 野次馬の中に、紙を画板に挟み、飛行艦のスケッチをしているアルベルトを見つけトマシュが声を掛けた。


「ああ、トマシュか」

 近付いてくるトマシュの方を向いたが、アルベルトはそのまま鉛筆を走らせ、飛行艦の砲塔をスケッチしていた。


「何やってるの?」

「飛行艦のスケッチさ。鍛冶ギルドの仕事でその内使うかも知れないからね」


 ふと、アルベルトはトマシュと一緒に居た魔王(カエ)に気付き、アルベルトは反射的に下を向いた。


「使うって……鍛冶ギルドで造る気?」

「う、うん。魔王様の命令で“研究を進めるように”って指示がギルドに来てて」


「へぇー、上手いわね」

 気がつけば町娘の格好をしているカエがすぐ隣に居たので、アルベルトは身体を強張らせた。


「む、昔からスケッチはしてたからさ」

 アルベルト本人は隣に居るのが魔王だとは知らず、同い年の兄弟であるアルトゥルの知り合いの女の子だと勘違いしていた。


「その……カエさんも気になって来た訳?」

「うん、“鉄で出来た船が飛んで来た”って話だったからね」

 一瞬、目が合い。アルベルトは顔を赤く染めたのを気取られない様に、飛行艦の方を見た。


「……不思議ね。あんな鉄の塊が空を飛ぶなんて」

「アルトゥルの話だと、異世界じゃ当たり前らしいよ。鉄で出来た“飛行機”って乗り物に何百人も人が乗って遠くへ行き交ってるし。鉄で出来た船が何万隻も海を進んでるんだって」


 アルトゥル本人からはそんな話を聞いていなかったので、カエは耳を動かした。


「そうなの?」

「う、うん。そう言ってた」





「高度50!」

 ゆっくりと高度を落とした飛行艦では、作業服から制服に着替えた乗員達が着陸に向けた準備に大忙しだった。


「繋留塔や格納庫が無いから不便ですな」

「まあ、着陸せざるをえないが……」


 艦長は艦橋の窓から下を覗き込んで状況を確認した。


「入港用意」

「入港用意!」

 航海科員が艦内マイクのスイッチを入れ、入港用意のラッパを艦内に響かせた。


「まあ、平地に降ろす訓練はしてたが……」

 艦橋右(みぎ)舷側の扉を開け、艦長は艦橋ウイングに出た。


「おいっ!訓練どおり上手くやれよ!」

「了解っ!」


 メガホンを使い飛行艦後方の甲板で作業に当っている、若い船務士に指示を飛ばした。





「何か、人が一杯出てきたよ」


 少し離れたトマシュ達が居る場所からも、乗員達が船体下部に吊り下げられる形で配置された甲板上で作業を始めたのが見えた。


「係留作業かな?貿易船もやってるやつ」

「後ろから竜が出て来た」


 作業の様子も手早くスケッチしていたアルベルトは、魔王が指差した竜に視線を動かした。


「ジェロネズヴェルムじゃ無い。ドワーフが連れて来たんじゃないかな?」


 人狼の竜騎士が使うズヴェルムより大きい、茶色い竜だと気付き、それもスケッチし始めた。





「1番投げる!」


 艦の中部で指揮を執る船務士がメガホンを使い竜に叫んだ。


「よし投げろ!」

「ピッピー!」

 竜に乗る作業員が手を上げるのを確認した艦首側に居た運用科員が笛を吹き、茶色い竜の背中に設置された台に向かって、サンドレッドと言われる砂が入った錘を着けた索(ロープ)を放り投げた。



「しかし、危なっかしいな」

 竜の背中に設置された台に乗る運用科員がサンドレッドを

避けつつも索を掴み、引張るのを見ながら艦長は呟いた。


「着陸後でも良いような気がしますな」


 他の士官と話している間に、索を巻取り終えた運用科員は索の先に結ばれていた“もやい索”を台の中に引き込んだ。

 すると、竜は地面に向け降下し、飛行艦から水平方向に30m先に着地した。


「“もやい”を地面に垂らしてから、地上に降りた乗員に手で運ばせるか」

 地面に大きな杭を打ち込み、それに“もやい索”をまるでテントを張る時に使うペグの様に引っ掛けるの見ながら艦長は呟く。

 なにせ、飛行艦で実際に定係港以外。それも、飛行艦用の係留設備が無い場所に着陸させるので、訓練で想定していた事を実際にやってみると、危険が伴う作業が多いのだ。


 サンドレッド1つでも、顔面に当たれば余裕で顔面を陥没骨折するし、“もやい索”を竜が受け取った後に、強風が吹いた時に事故が起きないとも限らない。


「両舷停止!」

「両舷てーし!」

 艦の真横に伸びた“もやい索”が艦が進むに合わせて艦の中央付近にまで動いたので艦長が停止を指示した。



「2番投げる!」

 今度は艦尾側で“もやい索”を投げ始めていた。


「ログ速3ノット」


「行き足が有るな。……両舷後進最微速!」

「両舷後進最微そーく!」


 艦長の横で無電池電話を使う伝令が機械室に伝えると、艦尾に有る3翅4基のプロペラ内3基がゆっくりと逆回転を始めた。


「ログ速1ノット!」


「両舷停止!」

「両舷てーし!」





「羽根を回して進むのか」

 プロペラが回り、速度が落ちたのを見たカエが感心した様子で言った。


「でも、あんな形で船から突き出てたら戦闘で壊れないのかな?」

 トマシュが気にしたが、アルベルトが答えた。


「確かにそうだけど、推進力を得るには直径が大きいほうが効率が良いからしょうがないんじゃないかな?」


「あ!何か出て来ましたよ!」

 船体の下部から何かが伸び始めたので、エルナが叫んだ。





「おい!どうした!?」

「5番着陸脚が動かないそうです」


 一番艦尾側の着陸脚が出ないトラブルが発生したと聞き、艦長はウイングから身を乗り出した。


「被弾はしてないな」


 艦の中央に被弾はしたが、艦尾側は比較的きれいだった。




「機関長!シリンダーが固着してます」

 機械室が近いことも有り、5番着陸脚は機関科の担当だった。

「ハンマーで叩け」

 機関長の指示で、機関科員がスレッジハンマーでシリンダーを叩くと、ようやく着陸脚が動き始めた。


「嵌合しました!」

 着陸脚が伸び切り、固定されたのを確認して機関科員が叫んだ。




「5番出たそうです」

「高度降ろせ!」


「高度降ろせ!」




「おー、降りてきたな」


 出迎え役のミハウ部族長とマリウシュ部族長は飛行艦が高度を落とし、ゆっくりと地面に着地したのを見ると歩いて近付き始めた。


「間近で見ると、中々威圧感がありますね」

 タラップが艦橋から降ろされ、乗員が降りて来たのを見つつ、マリウシュは感想を口にした。


「普通の船は水面の下に船体が隠れるからな」





「ところで行かなくても良いの?」

「何が?」


 トマシュが部族長達の方を指差した。

『魔王のカエが行かなくて良い訳?』


 周りの野次馬に魔王だとバレるのを嫌がっている事を知ってるトマシュは念話で話し掛けてきた。


『私がいきなり出向いては事だろ?こういう事は目下の者の仕事だ』


(部族長なんだけどなあ)

 何だかんだで、結構な人が出向いている事はカエは気にしていない様子だった。



「こんなところかな」

 一通りスケッチを終えたアルベルトは帰り支度を始めた。


「今から帰るの?」

 カエに話し掛けられ、アルベルトは固まった。


「うん、今日は引っ越しの後片付けがあるから」

 何だかんだで、今日の午前中にカミンスキー家ではスラムの一軒家から、将軍用に用意された官舎に引っ越しをしていた。


「じゃあ、一緒に帰ろっか」

「え!?」


 急にカエから提案され、アルベルトは目を泳がせた。


「そう言えばお昼は?まだだったら一緒に食べてかない?」

「あ、まだだよ」


 予想だにしていなかった展開に、アルベルトは“夢でも見ているのでは”と思った。

 だが、カエが笑みを浮かべ、手を引っ張た時に手の温もりを感じコレが夢じゃないことを理解した。


「急ご。早くしないと飛行艦を見に来た人達もお店に行くだろうし」


「痛たた。痛いって」

 一方、アルベルトと違い、トマシュは適当に手首を掴んだせいか痛い思いをしていた。

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