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飛行艦襲来

「艦長、第1缶室の火災は鎮火しました」

「了解。……高度2千」


「高度2千につけ」

「高度2千!」


 艦長の号令を航海長が復唱し、最後に操舵員が復唱した。


「正面、ジュブレ川」


 高度が下がり雲の下に出ると、航法士が眼下に人間の領地と人狼の領地を隔てるジュブレ川を発見した。


「高高度飛行部署別れ。艦内を換気させろ」

「了解。……高高度飛行部署別れ。換気する」


 副長が艦内マイクで指示すると、各々の持ち場に居る乗員が各部屋を通る排気弁と吸気弁を開け、艦内に新鮮な外気が流れ込んだ。


 艦内を与圧する必要が有るので、“高高度飛行部署”が発動している間は区画毎に封鎖され。与圧装置を通った空気だけで艦内の換気をする事になっていた。


 その為、外気を気兼ねなく取り込める状態になった乗員たちが何をするのかと言うと……。


「おい、為っ!“煙缶(えんかん)”出しな」

「へいっ」

 銃弾や煎餅を入れていた缶を灰皿代わりに使う煙缶を取り出し、喫煙を始めたのだ。



『艦橋、機械室。蒸気漏れは依然として続いている。1号本機(もとき)の運転を停止し、浮遊系にバイパスされたい』


 機械室からの報告に、艦長はすかさず艦橋の機械制御盤に設置された通信機のマイクのスイッチを押した。

「機械室、艦長。1号本機が停止して、速度はどのぐらいまで出せる?」


『艦長、機械室。残り3機で“強速”までは可能と思われます』


 推進系の缶(ボイラー)と本機(タービン)の内、1基が使えなくなったとして、航行自体には支障は無いが、他の3基が果たして無事でいられるか……。


「了解、1号停止を許可する。それで何時間浮力を得られる?」

『浮遊系は1号缶から蒸気をバイパスすれば後10時間は持たせられます』


 結局、対空ミサイルの被弾を受けて。艦の推進系と特殊鉱石に流す電気を発電する浮遊系に異常が有り、機関科が総出で修理をしていた。


「では、それで頼む」

 初めて尽くしの飛行艦で機関科が活躍してくれるお陰で何とかなっているが、一度艦内の電気が消えれば浮力を失い、飛行艦は自由落下する羽目になる。



「……ふぅ」

 艦橋との連絡用の通信装置のスイッチを切ると機関長は振り返り、缶室と機械室を眺めて考え込んだ。


(高圧缶で発電するのはやはり無理が有るよなぁ)

 前世の軍艦と大して変わらない機械室で、乗員達が必死に運転中の本機と本機の間に身体を滑り込ませ、蒸気漏れや、異常音がしないか確認する作業に追われていた。


 水上を漂う軍艦であれば、機関が止まったとしても船は漂い続けられるが、飛行艦ではそうはいかない。やはり抗堪性を考慮し、もっと単純な装置で発電した電気を特殊鉱石に送るべきだった。






「何があった!?」


 第一報を聞いた魔王グナエウスは自分の執務室から出て、廊下を挟んだ会議室に入ると開口一番尋ねた。

 会議室に入っていた、騎士団長のランゲ、ポーレ族のマリウシュ部族長、ヴィルノ族のミハウ部族長は慌てて起立し、お辞儀をした。


「魔王様、北の海軍基地から連絡です。“飛行艦が1隻、ケシェフに向け南下している”と」

 ランゲが魔王の目の前に置かれた地図に指し棒で場所を示しつつ状況の説明を始めた。


「飛行艦?人間のか?」


「いいえ、それが……」

「艦尾に16条の旭日旗が揚がっていると報告が有ります。恐らくドワーフかと」




「と、部下から聞いたがどうなってる!」

 報告を終えると、魔王はすぐに地下に有るヨルムンガンドの屋敷に押し掛け、ドワーフの魔王ロキの部下であるフェンリル相手に怒鳴り声を上げていた。


「す、すみません。私も今さっき報告を聞いて此方に来たばかりで」

 ドワーフの海軍奉行を経由し、幕府に報告が入ったのが2時間前。その後も幕府内の色々な部署を経由し、フェンリルの手元に報告が来る頃には、件の飛行艦はケシェフまで1時間あまりの場所にまで南下していたのだ。


「何が、“今さっき報告を聞いた”だ!私が出向いて叩き落としても良いのだぞ!」


 既に、ランゲ騎士団長発案の竜騎士で編成した防空部隊を現場に出しているが、地上では街の住民が軽いパニックに陥ってた。


「それで、飛行艦が偵察任務中に攻撃を受け損傷したのでケシェフに着陸したいと連絡が有りまして」

「偵察任務ぅ?」


 確かに昨日、フェンリル相手に「飛行艦で偵察をしてくれ」と言ったような記憶が有り、魔王は幾分溜飲を下げた。


「件の飛行艦は偵察任務に出ていた訳か?」

「はい、そうです」


「偵察に行く際に人狼の領地を無断で通行したのでは無いか?」

「あ、それは……」


 何の気なしに、魔王がカマを掛けて見るとフェンリルが耳を垂らして言い淀んだので、途端に魔王が耳と尻尾を立てた。


「勝手に通ったのだな!?」

「最短距離を飛行するのに大森林を経由はしましたが、人狼の領空を侵犯した訳では……」


 領有権があやふやな大森林上空を経由し、神聖王国に占領されたポーレ族の領地を越えたので厳密には侵犯はしていないが、分が悪い事には変わりはなかった。


「あの、グナエウスさん。その飛行艦なんですけど、損傷が激しいので暫くはケシェフに留めたいんです」

 一緒にいたヨルムンガンドが本題を切り出したので、魔王は不機嫌そうな顔をしつつ、答えた。


「既に、郊外の練兵場に降ろすように指示はしてある」

 そう言うと、魔王は懐から懐中時計を取り出し時間を確認した。


「……まあ、いい。今回は見逃してやるが、次に同じ事がアレば判っておるな?」


 先程とは違い、落ち着いた口調で話した魔王はさっさと転移して行った。


「ああ……」

 一気に脱力し、テーブルに項垂れたフェンリルを見て、ヨルムンガンドはゆっくりと近付き頭を撫で始めた。


「お兄ちゃん、あの人の場合は言い淀んだり曖昧な返事をすると、直ぐに言い負かそうとしてくるから、はっきり否定するか知らぬ存ぜぬって態度で接しないと駄目だよ」

「そうは言うけどさ……」


 嘘を吐くのが嫌いなフェンリルからすれば、適当に誤魔化すのは苦手だったが、ヨルムンガンドは説明を続けた。


「あの人達は常に騙し騙される世界に生きていたんだよ。それに王族だったし、喋る言葉は全部国の意思になる。だからこそ、ドワーフの国の代表であるお兄ちゃんには辛辣な言葉を使うだけだよ。……お世辞にも人狼は安定してる訳じゃないから、外交交渉で少しでも優位に立つ為に高圧的な態度で接して利益を得ようとしている。ただそれだけだよ」


「……うん」

 ヨルムンガンドの胸に頭を埋めつつ、フェンリルは目を閉じ、どうやって人狼の魔王と接するべきか考え始めた。





「右前方、同高度より竜が接近してきます」


 ケシェフを囲う崖の手前まで来た所で、飛行艦の前に竜騎士が現れたので、艦橋に緊張が走った。


「副長、N(ノーベンバー)C(チャーリー)を揚げさせろ」

「了解」




「でけぇな」

 飛行艦を間近に見た竜騎士の1人は思わず声を上げた。


「おい、信号旗だ……。“NC”……救難要請だ」

 飛行艦の上部のマストの1つに国際信号旗が揚がったのを竜の後ろの座席に座る航法士兼偵察員が確認した。

「判るのか!?」


「海軍や貿易船もアレでやり取りしてるんだ。発光信号を出すから……。船の前方に出てくれ」





「前方の竜より発光信号。“貴艦の要請を受理。後に続け”」

「……上に人が乗ってますよ」

 双眼鏡で竜騎士を見た乗員の1人が声を出した。


「人狼も人間に倣って、竜騎士の運用を始めたんだろう。……了解の信号を出せ」




「よし、練兵場まで向かってくれ!」

 後は、指示された通りに練兵場にまで飛行艦を誘導するだけだが。


「了解。しっかし、ボロボロだな。降りれるのか?」

 正面から見る限りでも、艦の右側は黒く煤けており、所々穴が開いているのが判った。

「何とかするんじゃないか?」


 正直、船体の下部に艦橋や砲塔が有るので、どうやって着陸するのか見当がつかないが、何も出来ないのでそう言うしか無かった。




「おー、来た来た」

 練兵場で待っていたミハウ部族長達はそんな事も露知らず、まるで物見遊山に来た野次馬の様に練兵場でお茶を飲んでいた。


「すっげー、鉄の船が空を飛んでらぁ」

 他にも野次馬が練兵場の周りに殺到しており、街の衛兵が野次馬を練兵場に入れないように警備していた。



「で、大森林で見たヤツと同じか?」

 そんな野次馬に混ざり、魔王は相変わらず町娘の格好をして、トマシュと人馬のエルナを連れ出し飛行艦を見に来ていた。 


「いや、全然違うよ」

「違いますね」

 2人が口を揃えたので、魔王はキョトンとした顔をした。


「どう違う?」


「もっとこう……、円柱形だった」

 トマシュが身振り手振り説明を始めた。


「アレみたいに大砲とか銃とか付いてなかったし。何て言うか……」

「スッキリしてましたね。単純で飾り気がなくて。音もアレより静かでしたし」


 低い音を立てながら、後部に突き出た4軸の推進機の内3軸を回しながら進む目の前の軍艦と違い、大森林で遭遇した飛行艦は煩かった。


「バタバタって音がしてましたね。あれはそんな音はしてませんけど」


「全く別物か……。そうなると……」

 少なくともドワーフは2隻以上の飛行艦を持っている事になる。……が、そうなって来るとドワーフとの国力の差が開いている事の証左になってしまう。

 見た限り、あの飛行艦は総鉄製。オマケに煙突から黒煙を上げてる事から蒸気機関で動いている。技術と工業力で負けているとしたら、とてもじゃないが敵わない。


「巨人(ティターン)のゴーレムに石を投げさせて叩き落とすか……。それとも空気を引っ張って落とすか……」

 魔王が唯一対抗できそうな、魔法を考え始めたのでトマシュは飛行艦の方に視線を戻した。


 

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