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赤い影

「では、横になってください」

 軍医に言われ、レオンはゆっくりと別途に横になった。


「痛みますかね?」

「ええ、流石に」


 包帯を外され、軍医が火傷をした顔をじっくり観察し始めた。


「左側頭部から後部に掛けてと、左耳もですね……薬を使いますので、1時間程ベッドで寝てもらいます」

 そう言うと、軍医が薬棚から白い軟膏を取り出した。


「魔法ではダメなのか?」

 本音を言えば、さっさと治してダニエル達の件や、爆破事件の後処理をしたかった。


「火傷ですからね。切り傷や骨折等に比べると死んだ組織が多いので、時間と体力が掛かりましてね。薬を使ったほうが治りが早いのですよ」


 一般的な治癒魔法が患者の新陳代謝を促進し、傷の治りを早めるだけの物なので、傷の範囲によっては患者の体力が持たないのだ。特に火傷は切り傷に比べ線状に組織が傷つくのではなく、広い範囲の組織が駄目になる為、薬を使うのが一般的だった。

 また火傷に関しては、一部では霊薬とも言われている泉の水を元にした薬の方が治りが早かった。


「少し、眠くなりますが、治った頃に看護師が起こしに来ますよ」

 白い軟膏を塗られた所が熱を帯びる感覚を覚え、次にステロイドの様な臭いが鼻についた。


「点眼薬も入れますよ」

 白く濁った左目も遅れて熱くなってきた。


「では、ガーゼを掛けておきます」

 顔全体がガーゼで覆われ、足音が遠のくのが判った。


(……確かに眠いな)


 治癒魔法のように気怠くなるでも無く、気持ちが落ち着いた事で、睡魔に襲われ始めた。


(ん?)

 直ぐ近くで足音がするのが判った。


(誰だ?)

 一瞬、意識が遠のいていたのか、直ぐ外に人が居たのだ。状況から考えて、出ていった軍医ではない。


「らしくないな」

 男の声だった。


「手短に済ませよう、君が欲しがっている物を持ってきた」

「誰だ?」


 ガーゼを取って顔を確認する事も出来たが、相手がそれを望んでいるとは限らないため、レオンは質問だけした。

「少なくとも、味方では無かったが……古い知り合いだよ」

 男がレオンのカバンの留め具を外した音が聞こえる。


「ポルツァーノとイゴール卿、それと君の今の父上達の情報だ」

 今度はカバンを閉じ、留め具を嵌める音が聞こえてきた。


「До свидания」

 ロシア語で別れの挨拶を言うと、男の足音が遠のいて行った。


「……ふんっ」

 油断も隙きも有ったものではない、元ソ連側の人間……もしかすると、北の旧マルキ王国からの使者かも知れんが、得体の知れない連中が同じ城塞内に普通に居るのだ。


 (今世こそ、絶対老後を満喫してやる!)


 部下や同僚の前では、“絶対言わない”事を心の中で叫ぶとレオンは再び眠りに着いた。




『……資材の集まりが悪く、攻城計画に支障が出ております』

 夕方になり、野営を始めた反乱軍のテントの1つで、ブレンヌスがケシェフに居るカエへ念話で報告をしていた。


『そちらの軍資金はどうなっておる?大森林に巣食う妖精に払えば直ぐだろう?』

 全く予想していなかった報告にカエは驚いた。

 エルノ救出で兵を動かした時や、ニュクスが道を作るのに大森林の木々を薙ぎ倒した際に、妖精が林業をしていることを聞いていたので、反乱軍も購入しているものだと考えていた。


『……え?』

『え?』


 ブレンヌスが素っ頓狂な返事をしたので、カエも釣られてしまった。


『売ってくれますか?』

『……売ってくれると思うが?』

 妖精の立ち位置が判らず、反乱軍に資材を販売してくれるとはブレンヌスは考えていなかった。

 てっきり、魔王側とばかり……。


『どうも、中立を貫くようで。金さえ払えば反乱軍側にも資材を提供するつもりのようだ』

 カエからの説明に、何処か納得できないブレンヌスだが、問題の1つは解決できた。


『他は?』

 カエが報告を急かすので、ブレンヌスは首を振って邪念を払った。

『……FELN側に交渉の意思は御座いません。あくまでも魔王であるカエサリオン様を討ち倒すつもりのようです』


 次に、カエがチェスワフ部族長にも指示した、反乱軍の中心に居る奴隷解放戦線(FELN)との交渉に関する報告だった。

 チェスワフ部族長からは「反乱の参加の呼び掛けは有りましたが、交渉の件を話題に出した途端に、連絡が取れなくなりました」と聞いており、ブレンヌスの報告は予想通りではあった。


 『奴隷の中には、既に生きることを諦めていた者達もいます。彼らは最期に人としての尊厳を守るために戦で命を投げ打つつもりです』

 故郷に帰ることが叶わないと判っている元奴隷ほど、悲惨な最期を迎えるであろう戦いに身を置こうとしていた。


 最期に一矢報いてやろうと、考えている彼らをどうするか?


 カエとブレンヌスは扱いに苦慮していた。

 2人は彼等の荒鷲の騎士団や人狼に対する恨みは凄まじい物が有ると考えており、反乱鎮圧時に徹底抗戦する事が予想された。また、逃れた彼等が不穏分子として各地に散り、人狼社会と敵対する結果だけは避けたかった。


『彼等の様子に変化は?』

『……人狼を避ける傾向ですが、私やリシャルドの存在を知り、徐々にですが反乱農民達と関わるようになってきました』


 騎士団長の息子で、人猫の奴隷と2人の間に産まれたキマイラの子供の為に反乱に参加したリシャルドを利用したのだが、それが好評だった。

 公の場で妻として側に寄り添わせて、反乱奴隷や捕虜の騎士団の前で仲の良い所を見せることで、人狼にも奴隷の事を大事にする人が居ることを知らしめるのに役に立った。

 他にも、騎士団員だった人狼のホセと人馬のペドロ兄弟を始め、ブレンヌス達ゴーレムの一団も彼等の意識を変える一助になっていた。……余談だが、いつもはブレンヌスに花を持たせるために、斜め後ろに居るニスルが稀にブレンヌスの耳や鼻を抓って注意している様から、恐妻家の噂が出ているが。


『しかしながら、FELNの幹部が対立を煽るので、どうにも……』

 ブレンヌスの報告を聞いたカエは、“さて、どうしたものか”と考えながら、天井を見上げた。


『リシャルドの妻子の安全は確保できているな?』

『それについては、ニスルを残して参りました』

 FELNの動向については、疑念が増していた。

 最悪の事態……。リシャルドの妻子が殺される事も含め、注意していた。


『結構……。さて、私の方からは1件だけ。昨夜、北の人間を捕虜にしたが、それのお陰で色々と情報が判った』


 狼男に変身できるネオナチ達を冒険者ギルドに引き渡し、拷問したところ興味深い情報が幾つもあった。

『北の人間も1枚板ではないらしい。神聖王国を動かしている“社会党”の締め付けが厳しすぎて色々と綻びがあるようだ。それで、周囲へ自分達の賛同者を集めるために、そちらの反乱軍の様に各地で反乱を煽っているとの事だ。特に、人間の国々と接している人狼の領地で彼らが言うところの革命を是が非でも成功させたいそうだ』


『“革命”?ですか?』


 革命の概念を知らないのでブレンヌスが聞き返した。


『かつての“タルクィニウスの追放”の様に民衆が王等を権力から引きずる下すことの様だ』

 幸い、古代ローマも王政から共和制に移行する際に王を追放していたので、それになぞって説明した。


『そして、一番懸念される話だが……。革命が頓挫した場合は、延々と内戦をさせて神聖王国が“民衆を救うため”と理想を掲げ南下してくる可能性がある』

『……反乱への介入?……神聖王国も奴隷制を敷き、あちらは人間以外の種族に対して軋轢を持っていたはずでは?』


 ブレンヌスがちゃんと考えているので、カエは口元が緩んだ。


『どうも、奴隷制の廃止間近らしい。それどころか、軍や政治家、はては商人に人間以外の種族が居るそうだ。代償として、歴代国王に近しい貴族や有力者を犯罪者として投獄した。そして、この3年程で一気に元転生者を政治の中心に据えるなどしたそうだ』


『……っ!?……その様な事が可能で?』

 政変に伴う混乱を嫌と言うほど見てきたブレンヌスは、そうも簡単に体制自体が変わることが可能か疑問だった。


『なんでも、彼らの住んでた異世界の政治体制に寄せたようだ。……転生者なら一度見てきた世界を再現する訳だから混乱も少ないのかもな』

 ある種ローマ式の教化政策かもしれないと、ブレンヌスは考えた。


『と言う訳だ、FELNが何かする可能性があるから今以上に注視してくれ。私からは以上だ、また明日報告を頼む』


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