逃亡劇の結末
「で、ダニエル達は逃げたと……」
自分の執務室で今世の息子でもあるレオンからの報告を聞いたチェスワフ部族長は少し耳を倒した。
「ええ、残念ながら」
一方のレオンはと言うと普段通り全く抑揚が無い声で報告をしていた。恐らく、顔の表情も普段通りの無表情なのであろうが、どういう訳か顔の左半分に包帯が巻かれていた。
「しかし痛々しいな。どうかしたのか?」
同席していたフィリプ卿がレオンの顔を見て尋ねた。
「ランタンの火にやられました。ミスティパヨンク避けのです。一緒に逃げてた冒険者がランタンを放り投げた後に銃で撃ち抜いたので、火傷を負いましてね」
治癒魔法で一気に治せない事は無いが、火傷は治療に時間が掛かる為、先に報告を済ませに来たのだ。
「そうか、手を煩わせて済まんかったな」
「いえ、仕事ですので。……では父上、私はこれで」
報告書を机の上に残し、レオンは執務室から出て行った。
「……ダニエル達は逃げたか」
「そうだな……」
チェスワフ部族長は机に突っ伏し頭を抱えた。
「CIAでも手を焼くとはな……。いや、焼いたのは顔か」
レオンの前世を知るフィリプは、珍しく冗談を言った。
「奴のチームを集めておいたが、逃げるとはなあ……。まあ、邪魔にはならんだろうから、イゴールとポルツァーノに連絡しとけばいいだろ」
こうなってしまった以上、オルゼル城周辺に現れた場合に捕まえてもらう他なかった。
(さてと、爺連中はこれでいいだろうな)
実家でもある、チェスワフ部族長の屋敷から出ると、レオンは馬車に乗り黙り込んでいた。馬車の御者は憲兵ではあるが、チェスワフ部族長と一緒に居るフィリプ卿のスパイで有る事を知っているレオンは努めて普段通りにしていた。
「中尉、病院に向かいますか?」
「いや、大丈夫だ。それよりも、城塞に向かってくれ」
如何せん、あの2人は目ざといのだ。この御者だけでなく、木工所周辺に配置された憲兵の中にも信用できない、元ポーランド人傭兵やピエ・ノワールと言った、前世で傭兵稼業をしていたフィリプ卿の部下だった連中が紛れ込んでいる。そんな中で、どうやって弟を逃がすか。レオンは苦心したのだ。
………
……
…
「よお、ダニー」
拳銃を突きつけると、弟は身体を強張らせた。
「……兄さんっ!?」
弟の首に左腕を回し、引き寄せた。
「動くなよ……」
弟と同行している連中に、フィリプの手下が居る可能性があった。弟の安全確保の為に、同行者から引き離したが……。
「居るのはギブソンとカニンガムか……それに、FBIの検死官のオズワルドか、懐かしいな」
「ひっ!」
顔の左半分が焼け、左目も白く濁っているレオンが笑ったのでメアリーが両手で口元を押さえた。
「誰だアンタ?」
排水口の中に居るカニンガムは冷静に拳銃をレオンに向けながら質問した。
「……86年にバーグ警部の一件で世話になったな」
「……!?」
カニンガムは思い出した、確かに86年4月にバーグ警部が目の前で襲われ、白いバンに乗せられ連れ去られた事件があった。
目撃証言からバーグ警部が工事中の刑務所に連れ込まれたことが判り、その時はダニエル達に協力してもらい助け出したが、あろう事か実行犯がCIAだった。
「一体何の用だ?警部は此処には居ないぞ」
今世で初めて会ったカニンガムは、レオンが憲兵の“誰か”程度の認識だった。
「バーグ警部と一緒に居た白髪の男なんだけど、今は兄さんなんだ……2つ年上の。オマケに憲兵隊の中尉で……その、カニンガム、銃を下ろしてくれ」
「はぁ!?」
前世では赤の他人どころか、どっちが事件の捜査するかで殴り合いの大喧嘩をしたことも知っているカニンガムは、2人の顔を交互に見た。
「聞こえたろう?……下ろせ」
カニンガムは躊躇したが、ダニエルが手で下ろすように指示を出したので、しぶしぶ拳銃を下ろした。
「全員出ろ、早くな……。時間がない」
「みんな言われたとおりにするんだ」
ダニエルと一緒に排水口から出ていたギブソンがカニンガム達を手伝い、中に居た4人全員が排水口から出た。
「妙にテンポが遅いと思ったら、荷物があったか」
「……え!?はい!?」
レオンの視線が自分に向いている事に気付き、メアリーが声を上げた。
「正直、想定外だったけど……メアリーのお陰でここまでこれたんだ。彼女、人熊だから力が強いんで、途中の扉も開けてくれたし」
「フム……」
レオンはメアリーを注意深く観察し始めたたが、火傷で濁ったレオンの左目に驚いたメアリーはギブソンの後ろに隠れた。
「彼女は置いていけ。なに、何もしないさ」
レオンの一言に、ダニエル以外の全員が驚いた。
「見逃すのか?」
カニンガムの質問に、レオンの口角が僅かに上がった。
「部族に忠誠を誓っている訳ではないからな。それに、かわいい弟を冤罪で投獄する趣味はないさ」
カニンガムとギブソン、更にはオズワルドもレオンの言った事に半信半疑だった。
前世では詳しい素性は判らなかったが、平気で荒事をする、まともじゃない人物だった。
「そうか、ありがとう兄さん」
「おい、ちょっと待て!」
カニンガムが声を荒げた。
「信用するのか?」
「え?そりゃあ、兄さんだし」
今は確かにそうかもしれないが、何故こうもダニエルがレオンの事を信用するのか判らなかった。
「それに、兄さんも僕も父さんの事を信用してないし」
ダニエルからすれば、チェスワフ部族長の行動が信用できず、レオン達元CIAの方がまだ信用できるのだ。
「まあ、そういう事だ……、ダム湖の西の小屋に馬を用意してる。それに乗って行け」
「ありがとう、恩に着るよ。……そうだ、バーグ警部を捜してくれない?彼が居ると色々と心強い」
ダニエルの願いを聞いたレオンは、怪我をしてない方の右の耳を掻いた。
「忘れたか?彼は今86年に行ってるんだ。こっちの世界に戻るのは当分先だ」
「ああ、そうか……もうそんな時期か」
…
……
………
「お疲れ様です」
城塞前の門で身分証を確認した衛兵が2指の敬礼をしてきた。
「うむ」
士官であるレオンが同じく2指の敬礼で答礼し、馬車は城塞へと入って行った。
今ではすっかり2指の敬礼に馴れたものだが、最初は戸惑った。そもそも、憲兵隊に入ったのも、CIA時代の仲間が集まっているのをチェスワフから聞き、誘われたからであり、特に興味はなかった。
どうせなら、前世ではできなかった事……喫茶店か菓子職人でもやってみようかと考えていたが、今世の父親であるチェスワフ部族長にその様な事を言える雰囲気ではなかった。
思い返せばダニエルと一緒に遊び歩いて、バカ騒ぎしていたあの頃が懐かしい。あの時もチェスワフの逆鱗に触れ、2人して冒険者ギルドに入れられたが全くやる気がなく。数か月後には2人で各地を放浪していた。
結局、フィリプ卿の手下に見つかり、ビトゥフに連れ戻されてから、ダニエルは法務官になり、自分は憲兵隊に入っていた。
最後に大笑いしたのは、あの頃が最後か。
「着きました」
御者の声でレオンは現実に戻った。
「ご苦労」
何時もの様な抑揚が無い声で礼を言うと、レオンは憲兵隊の司令部へ向かった。
「騎士団の増援か……好都合だ」
荒鷲の騎士団が居るオルゼル城を双眼鏡で覗いていた男が、街道を行進する兵士達を見て呟いた。
「では、予定通り」
ポルツァーノ兄弟のルイージとマリオそして、5人の部下達はそれぞれ分かれ、城へと向かった。
そして、残った4人の部下達は荷馬車を街道へと進め、オルゼル城へ向かって進んだ。
荷馬車の上には雑多な家具と怪我人を乗せ、避難民に見せ掛けていたが、荷台には爆薬を積んでいた。




