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木工所へ

 土嚢を積んで、待ち伏せている憲兵達だが暇を持て余し始めていた。

「本当に来ますかね?」


 水門で待ち構えている憲兵の1人が上官に尋ねた。


「中尉の話だと、来る筈らしい」


 此処を守るのは全員転生者のチームだが、ダムの水を下水道に流したのにダニエル達が逃げて来れるか半信半疑だった。しかし、今回の大捕物を指揮するレオンに命じられた以上は居心地の悪い下水道で待ち続けるしかなかった。


「あの人は何で此処に来ると思ってるんで?正直なところ、一度水を止めてから水を抜いて法務官を探した方が早いでしょうに」


「それが、逃げてる法務官がFBIのダニエルとギブソンらしくてな。他にもニューヨーク市警の警官とかも居るから面倒らしい」


 “FBIのダニエル”と聞いて、チームのメンバーの耳が一斉に動いた。

「アイツっすか?」

「んだよ……」

「ギブソンも居るのか」


 全員、2人に面識があるので各々悪態を吐き始めた。


「じゃあ、こんな大捕物なんかしないで誘い出せばいいでしょうに」

「そもそも、法務官は中尉の弟でしょうが」


 何処か目立たないところで捕まえれば良い物をわざわざ大捕物にしたのだ、付き合わされる彼等からすれば迷惑な話だった。


「そうは言うがな、ニューヨーク市警の警官が厄介な男だそうだ。詳細は知らんが、82年に何かあったとか」


 前世で何かあった相手らしいが、彼等からすると些細な人物のように思えた。


「言っても、所轄の警官ですよ。何があったんで?」

「知らんさ、俺達は中東に居る間に起きた事だからな」





「で、何やってるんだ?」

 オズワルドが薬品が入った瓶を開け、何かの魔法を使っている様だが、何をしているのか周りのメンバーは判らなかった。


「薬を気化して風に乗せているんだ。……なんだその顔は?」

 ギブソンが眉間に皺を寄せたので、オズワルドが思わず声を出した。


「時間が掛かるのか?」

 傍から見れば、瓶を片手にボーっと立っているだけなので、ギブソンは時間が気になり始めた。


「そうだな、ジエチルエーテルは効き始めが遅いからもう少し待ってくれ……。よし、此処だ」

 右手で瓶の口を摩っていたオズワルドが何かを見つけ、瓶の口を人差し指で2回叩くと、音を立てながら薬品が一気に気化し、白い靄が憲兵達の方へと飛んで行った。





「ゴッホ!ッホ!」

 憲兵の1人が咳をした。


「風邪か?」

「いや、ゴホ!カビのせいじゃないかな。ゴホ……。どうもこの身体は弱くてな」


「ん!」

 他の憲兵も喉を押さえながら咳をし始めた。


「なんだ!?急に……ウッ!ゲホッ!」

 鼻腔に甘い匂いが広がるとともに喉がイガイガし、憲兵達は咳き込む者が多発した。


「ああ!?」

 暫くすると、だいぶ喉の違和感などはしなくなった。しかし、憲兵の中には違和感を嫌い水筒の水を飲む者もいた。


「なんだ?ガスか?」

 下水道にメタンガスなどが溜まる事はあるが、それと同じように何かしらの有毒ガスでも溜まっていたのではと、憲兵達は危惧し始めた。


「何か、魔物か何かのガスじゃないか?」

 蛾の様な昆虫型の魔物を想像し、憲兵は震え上がった。


「勘弁してくれ、そんな奴が街の地下に居てたまるか」

 固唾を飲み、憲兵達は水が流れていく下水道の暗闇に目を向けた。 





(まだか!?)

 少し近付き憲兵達の様子を伺い始めたが、一向に憲兵達が眠らないのでギブソンは焦っていた。


(ジエチルエーテルは導入が遅いんだ、魔法で彼らの周囲にエーテルを漂わせておるからもう少し待ちたまえ)

 魔法で気化させ、さらに作用しやすいように効率よく魔法で吸わせているとは言え、そもそもの薬の性質上、時間が掛かってしまうのだ。ダニエルが例に挙げたクロロホルムも同様だが、気化した薬品が血液中に相当量溶け込んでようやく麻酔としての効き目が出るので待つ必要があった。


(おっ!)

 憲兵が飲んでいた水筒に蓋をしようとして地面に落とした。


「何やってんだ?」

「ああ、手が滑ったんだ」


 薬が効いたからだと思ったが、どうやら単純に手が滑っただけの様だった。




「中尉、間もなく満水です」

 小高い丘の上から、街の様子を見ていた憲兵が、黄色い狼煙に気付きレオンに報告を上げた。


「よし、放水量を減らせ」

 流石にビトゥフの街で川が流れる低地部分。主に工房が立ち並ぶ職人街を水没させるつもりは無く。川がある程度まで水で満たされたら放水を止める手筈になっていた。今、街から上がった黄色い狼煙は水量が川の半分にまで上昇したことを告げるものだった。


「……ところでだが、ダニエルはどうした?」

「まだ、発見されてないです」




(おい、水の量が減ったぞ)

 目に見えてに水量が減り、憲兵達が動き始めた。



「吐出口の1番と2番だよな?」

「ーはぁあ!そうだな……」

 憲兵の1人が大あくびをした。


「なんだ?」

 壁に設けられたバルブに向かって歩いた憲兵がフラフラと道を逸れ土嚢に手を着いた。


(ようやく効いて来たか?)


「おい!あんたら!」

 上から声がするのでダニエル達が上を見ると、木工所の職員が梯子から降りてきた。


「早く吐出口を閉めてくれよ、もう中間弁も閉めてるんだ」

「あー、すいません。今閉めます……」

 憲兵がバルブを時計回りに回すと、連動して下水道に向かって開けられた穴の一つに落し戸が降り始めた。


「ったく、頼みますよ……。もうじき3番と4番も閉まるんでお願いしますね」

 そう言うと声の主は梯子を上り、上へと戻っていった。


(聞いたか?)

(何が?)


ギブソンが言ったことにダニエルは首を傾げた。

(放水が止むんだ、下の水路を通れるようになるし、アイツらが倒れでもしたら、またさっきの男が様子を見に来るだろ?)

(あっ!)


 などと言っている間に、憲兵達が次々と倒れ始めた。


(ああ、もう!)

「しょうがない、急いで抜けよう!」

 ダニエルが走り出したが、オズワルドが止めようと手を伸ばした。


「ああ待て!」

 しかし、オズワルドの手は空を切り、声に気付いたダニエルが振り返った。


「なんだい!?」

「あ……ああ!?ダニエル法務官?」


「え!?」

 声が足元からしたので、ダニエルが下を向くと倒れた憲兵と目が合った。


「うわ!?」

 憲兵が拳銃を抜き、ダニエルに向けて発砲したが、狙いが甘く天井に当たった。


「ダニー!」

「ダニエル様!」

 発砲した憲兵は完全に昏倒したのでは無く、まだ意識があったのだ。当たりはしなかったが、間近で発砲されたダニエルは自分の耳を押さえ、フラフラと歩き始めた。


「大丈夫だ!ああ、耳が痛いだけだ」


上を見たカニンガムが叫んだ。

「見られた!走るぞ!」


 リフトを通す昇降路の上からこちらを見た憲兵と目が合ったのだ。




「中尉、見つけました。法務官は水門を越えました」

「水門を越えた?」

 報告を聞いたレオンは指揮所を出て、ダムの方へと向かった。


「A班は水門から下水道に降りろ!B班はダムの連絡通路から、C班は私と来い!」

 部下達に命令を出し、レオン自身も木工所から下水道へと向かった。

 

 ダムと言っても、土を持って造られた高さ10メートル程の代物で、普段は木工所に設けられた水車を回した水だけを下水道へと流し、他の水は製材した木材を運ぶ水路へと流していた。しかし、下水道を水没させるために貯水していた水を使ったため、水路へ水を供給することは出来ず、数日間。下手したら1月は木材の運び出しに馬車を使うことになる筈だ。


「っ!」

 木工所に着くと銃声が下水道に通じる排水口から響いてきた。


「降りるぞ」




「閉じろ!閉じろ!」

 慌てて木製の扉を閉じ、カニンガムとヤスラが2人がかりで置いてあった何かの機械類を扉の前へと置いた。


「木工所から出るぞ!」

 水門や途中の連絡通路から現れた憲兵相手に逃げて来たダニエル達は、大急ぎで木工所に通じる階段を上り始めた。


「戻れ!」

 ギブソンが叫ぶと同時に、銃弾が上から降ってきた。


「きゃ!」

「くっそ!憲兵だ!」

 今度は来た道を戻り、再び下水道の付近にまでダニエル達は降りてきた。


(こっちだ!)

 カニンガムが声を出さずに口だけを動かし手招きをした。


(そこだ!)

 カニンガムが指さしたのは一段低くなっている下水道だった。そこの側面に1メートルほどの細い通路を指さしているので、ダニエル達は飛び込んだ。

 カニンガムはダニエル達が入ったのを確認すると、自分のランタンを木工所へと通じる階段へ投げた。

 すでに、ミスティパヨンクの住処から出ている。となれば、もう使うことはなかった。


「Freeze!」

 降りて来た憲兵が銃を構えたが、カニンガムは躊躇せずに空中を飛ぶランタンに向け発砲した。


「Get down! Get down!」


 憲兵隊がどうなったか確認せず、カニンガムも細い通路へ飛び込んだ。


「奥に明かりが見えるぞ」




 慎重にギブソンが頭を出すと、そこは水車の真下だった。

「木工所か」

自分達が通った穴が水車を動かした水を排水する穴だと、この時初めて知った。

「なるほど、水車の排水口だったわけか」


 ギブソンとダニエルが排水口をよじ登り、続くメアリー達に手を伸ばした。

「……はあっ!」

メアリーが息を飲むと同時に、固い物を背中に押し付けられるのをダニエルは感じだ。


「よお、ダニー」

「……兄さんっ!?」

レオンは左腕をダニエルの首に回し、拳銃を背中に思いっきり押し付けた。



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