足跡
「引けぇ!」
男の指示で人猫や人馬、更には人間の男達が綱を引き、大木を引き倒した。
「デカイな……製材に回せ」
既に何百と木々が引き倒され、大きいものは攻城兵器の製造や、陣地の造成用に加工されていた。
伐採を指揮している男の指示で、元奴隷の反乱軍達はブナの大木は新たに縄を回し、製材班が居る場所まで曵く作業に取り掛かった。
「数は?」
「まだ100本にも満たないですよ」
元騎士団の兵士だったホセはメモ書きに使ってる黒板を見ながら呑気に答えた。
出陣したブレンヌス率いる反乱軍の本隊は、オルゼル城攻城の為の資材を集めるために森の木々を伐採していた。
だが、ちょうどいいサイズの丸太に出来る木々が少なく。作業は順調だとは言え無かった。
「もどかしいな」
ブレンヌスは振り返り、目の前の小さい森から自分達の後方に控える大森林に目を向けた。
「目の前にこれ程木々が有るのに手出し出来んとはな……」
最初は大森林の木々を使おうとブレンヌスは考えていたが、「大森林の木々は妖精に金を払う必要が有る」と言われ、しょうがなく道すがら木々を見付けては伐採していた。
「妖精を怒らすわけにも行きませんよ」
「しかし、大森林の外に在る木々はどれもデカイな」
出陣してからというもの、大森林の縁を進むように進軍しているが、目につく木々はどれも大きく、製材するのも一苦労だった。
「誰も手入れなんかしませんからね。木々は妖精から買い取りますから、大体手付かずで放置されてますよ」
大森林の木々も一見放置されているように思えるが、所々、手入れがされており。若いまっすぐ生えた杉の木や果樹が在るのだ。
「林業は妖精が殆ど独占しているんですよ。ただ、木の実なんかは自由に採って良いんで地元の人は助かってるみたいですよ」
「……」
呑気なホセとは違い、ブレンヌスは作業の様子を見ながら当てが外れたことを嘆いていた。
「間に合わんぞ」
余裕をもって、オルゼル城攻囲の為の資材を確保するために1週間程掛ける予定だったが、間に合いそうになかった。今更、「間に合いません」と主人のカエサリオンに報告する訳にもいかないのだ。
「攻撃の機会を失えば、決戦どころではないぞ」
そもそもの計画でも、両軍が10日間何もせずに居ること事態、有りえないことだ。
「でも、ビトゥフじゃ爆弾テロのせいで、それどころじゃ無いと聞きましたが」
ビトゥフで爆弾テロが有り、戒厳令が敷かれた事は反乱軍にも伝わっており、反乱軍の兵士達は楽観していた。
「その程度でビトゥフの兵が止まると思っているのか?」
「しかし、現に止まってますよ?」
ブレンヌスがリシャルドに聞いたビトゥフに駐留する部族長の兵力は一万。
それと部族長に協力的な“自由の騎士団”の兵力二千。
他にも大小の傭兵部隊を含めると五千。
十分な兵が居るのに何の妨害が無いのが気になっていた。
(カエサリオン様が何か手を回したか、あるいは……)
『兵を上げるべきでは?みすみす奴等の体勢が整うのを座視するべきでは有りません!』
『相手は数を増やしましたが、殆どは農民です。弱点を探すためにも威力偵察はするべきです。是非、ご再考を』
チェスワフ部族長の執務室から聞こえてくる声を聞き、順番待ちをしているダニエルとギブソンは苦笑いした。
「この3日間、毎日押し掛けてきてるの」
自分の机で書類仕事をしていた、秘書をしている人狼の女性は嫌そうにダニエルに愚痴った。
「何があったんだ?」
ギブソンが訳を尋ねると、人狼の女性はペンを右手で振りながら訳を話した。
「それがチェスワフが、まーた街の議会で変な事を言ったらしいの」
「変な事?」
チェスワフ部族長の孫でも通じる年齢の秘書の女は嫌そうな目をして愚痴を続けた。
「南東に反乱軍が居るでしょ?それで、軍部が偵察部隊を派遣しようと議会で発言したけど、チェスワフの馬鹿が派遣を止めてさ」
部族長の事を馬鹿にした口調で話すが、ダニエル達は聞き慣れているのか、特に気にする様子はなかった。
「それから毎日、軍の将軍や若い将校が直談判に来るから、もうこっちは大変よ」
「何でまた、父さんは派遣を止めたんだ?」
今世ではチェスワフの息子の1人であるダニエルは質問したが、秘書の女は目を細め、犬歯を見せながら答えた。
「知らないわよ。こっちが質問しても何にも言わないし。今、執務室に居るフィリプさんといつも一緒に出掛けるし」
「帰ります!」
青年将校が3人、執務室のドアの前で敬礼をし、ドアを開けて出てきた。
「……」
「……何だ?」
少尉の階級章を着けた1人がギブソンの方を見たが「ふんっ」と鼻をならすと視線を逸らし、控え室から出ていった。
「何だあいつら?」
横柄な態度にギブソンは憤慨した。
「ありゃ元日本軍の将校だよ」
日の丸のバッジを見たダニエルが何処の誰だか言ったが、ギブソンのイライラしていた。
「けっ!」
「……ほら入るよ」
ダニエルに促され、ギブソンは執務室に入った。
「全くポーランド人め」
階段を降りながら、後ろを歩く青年将校は日本語で話し始めた。
「あんなんだから、ナチなんかに占領されんだ」
「……おい、お前ら言い過ぎだ」
先頭を歩く大尉が後ろからついてくる中尉と少尉に注意した。
「しかし、大尉。部族存亡の危機なんですよ」
「いくら部族長とは言え、臆病風に吹かれて何もしないなど」
階段を降り終わり、廊下を進むと向こうから若い中尉が歩いて来た。
3人に気付きポーランド式でない五指の敬礼をしてきた中尉に先頭を進む大尉は、敢えてポーランド式の二指の敬礼で答礼した。
「我々はもうヴィルノ族の軍人なんだ。部族長の命令は絶対だ……」
「では、大尉は何故説得を?」
チェスワフ部族長の屋敷を出て、軍の馬車が来るのを3人は待った。
「……考えを変えてくれるかも知れないだろ?……俺が出来るのは、それだけだ」
「えーと、紙製の薬莢から指紋が12人分見付かったけど、今回連行した関係者に同じ指紋の人は居なかった。だけど、屋敷の方に全員分の指紋が出た」
ソファーに座るダニエルが鞄から出したA3サイズの紙には、複製した証拠の指紋と、屋敷の武器庫で発見した指紋が拡大して書かれていた。
「どうも、直前に逃げたようです。隣の建物に抜け穴が在りましたが、溜まり場になっていた1階の台所に沸いたばっかのヤカンや温かい飲み物が残ってました」
ダニエルの隣で脚を組みながら、どっかりとソファーに座るギブソンの報告をチェスワフとフィリプは静かに聞いていた。
「抜け穴は下水道に通じ、南のオシロ川の排水口から出たようです。複数人が出入りした痕跡と、馬の蹄の後が排水口周辺に残っていました。恐らく南東に向かったようです」
「父さん、直ぐに追跡するべきだ。1日経ってしまったけど、このまま逃したら危険だ」
ダニエルにそう言われたが、チェスワフ部族長は険しい表情で「うーん…」と声を出した。
「もう、反乱軍と合流したんじゃないか?」
まるで自分の部屋のように、備え付けの酒瓶からグラスにウイスキーを注ぎながらフィリップは言った。
「しかし、奴らが反乱軍の一員とは限らないでしょう?むしろ、2回目の爆弾テロは出処不明の銃を保管していた鍛冶ギルドの建物もやられたんです」
ギブソンは身を乗り出し、鍛冶ギルドで見つかった前装式ライフルの報告書を対面に座るチェスワフ部族長の前に出した。
「この時にやられた銀行も、異様に金貨を持っていました。……帳簿に書かれていた数の数倍もです」
「むしろポルツァーノは反乱軍の邪魔をしつつ何か……企んでいると思うんだ。それも“荒鷲の騎士団”に対する」
ダニエルが“荒鷲の騎士団”を話題にした瞬間、2人の耳が僅かに動いた。
「ダニー、お前また陰謀論か?今度は何だ?またエイリアンか?アマゾンの半魚人か?ビッグフットか?ダニー、お前は疲れてるんだ」
「僕は疲れてないよ父さん」
親子漫才に発展した様子を眺めていたギブソンが声を荒げた。
「良いですか?オルゼル城には“荒鷲の騎士団”が駐留しています。ポルツァーノが逃げた方角です。あの兄弟は冒険者としても腕が立ちます、オルゼル城に忍び込むぐらい朝飯前です。仮に騎士団に危害を加えるなどの破壊工作を」
「もういい、言いたいことは判った」
フィリプがギブソンの発言を遮った。
「街に残っている“荒鷲の騎士団”の残りの兵もオルゼル城に向かう。心配はない」
「しかし……」
「兄上は大丈夫だ。警戒するように報せている」
「軍も即応態勢を維持しておる。何が有っても直ぐに動かせる」
ギブソンは食い下がろうとしたが、権力者2人の目が怒りに満ちているのに気付き黙った。
一介の衛兵隊に所属する中尉に過ぎないギブソンがどうにかなる相手ではなかった。
「今日はもう帰って休め」
「……失礼しました」
荷物を纏め、ギブソン達が出ていくのを2人は静かに見ていた。
「……どうする?勘付いてるぞ」
2人が出て行き、控室から居なくるのを待ってからフィリプ卿が口を開いた。
「……対処する」
チェスワフは小さい声でそう言うと、頭を両手で抱え込んだ。