演習研究会
「さて、今回の演習結果だが………」
宿場町の外に設営されたテントの中でミハウ部族長とマリウシュ部族長を前に、赤軍・青軍の指揮官が全員集まっていた。
「赤軍を指揮するニュクス様の完勝となった」
ミハウ部族長の判定に、青軍側は誰も抗議しなかった。
レオ部族長以外の幕僚から末端の兵士までが勝利を確信し、中央部に殺到したが、あっという間に包囲され、反乱軍との戦いの時のように再びパニックになった事がショックで、何も言い返す気にならなかったのだ。
むしろ、マレック卿等の若い指揮官達は、“次こそは勝利するため”に敗因を早く知りたいと思う程の完敗だった。
「青軍が中央突破を企図して、赤軍の中央部に攻撃を集中させたが、赤軍側が予めコレを予見し中央部の兵士を厚くしていた」
ミハウ部族長が地図に駒を置き説明し始めた。
「中央部は4小隊だが、端へ行くにつれ3小隊2小隊となるが………。翼端は5小隊も配置していた」
負けた青軍は、赤軍の中央だけが厚く、翼端は寡兵だと思っていたが、まさか5小隊も配置されていると聞き驚いた。
「赤軍の中央部の後退も時間を掛け、ゆっくりと退きました。中央部で両軍が接する全面が間延びすると2列目の正体が間に入るなどして突破されないように慎重にです。それにより青軍は自ら半包囲になりました」
マリウシュ部族長が指し棒で中央部に出来た青軍の突出部を示した。
時系列で駒を動かし、一番伸び切った時点でも、赤軍の小隊が2列になっている状態まで駒を動かした。
「指揮官方で何か御所見は?」
ミハウ部族長が指揮官に意見を求めると、青軍側の小隊長達が手を上げた。
「では、そこの」
「ワベッジ族のヤルバ村小隊長のディレイです。我々の小隊は中央部の左翼に布陣して居ましたが、このように赤軍の中央と両翼で布陣に差がある様には思えませんでしたが」
前線で対峙していた彼等だけでなく、中央の後方から全体を指揮していたレオ部族長の位置からも1~2小隊程度の兵士しか見えなかった。
何かの魔法なのかと青軍の指揮官達は思ったが直ぐにニュクスが種を明かした。
「両翼のあの位置は周囲より少しだけ高くなっています。なので目線の高さでは後ろに控えている小隊は見えない筈です」
「…え?」
ニュクスが明かした簡単な種に、青軍の指揮官達は呆気に取られた。
「私達が布陣した場所は、青軍側からは僅かですが20センチ程高かったです。反対の控えの小隊が居る側は更に低く概ね50センチは低かったです」
実際にあの場所に布陣していた赤軍の指揮官が補足の説明をした。
「…その程度で?」
草原等に良く在る、些細なコブ程度の起伏1つで判らなくなるとは思ってもいなかった。
「草原は一見何も無いように思えますが、条件によっては僅かな起伏や茂みで視界が遮られます。それと、今回の例では赤軍と青軍の高低差が20センチしか有りませんが、青軍側は攻撃しにくかった筈です」
子供ですらチャンバラごっこで知っている事だが、白兵戦では僅かでも高い所に立つだけで有利になるのは自明だった
「………確かに」
「対応策としては、全体を指揮する指揮官が高い所に布陣するか、適宜斥候を派遣するなどする必要が有ります」
「しかし、指揮官が高所に居ては攻撃に晒されるのでは?」
疑問を呈したのは、中央で歩兵小隊に付随していた弓隊の指揮官だった。
「私の部隊はニュクス様の旗印に向け射撃をしておりました。指揮官の居場所は隠匿すべきかと」
「それには同意見です」
意外な事にニュクスが同意したので、指揮官達は驚いた。
「今回私は、指揮を執る事を優先して前線に近い小高い位置に布陣しましたが、ご指摘の通り弓兵からの攻撃に晒されました。可能なら弓矢が届かない位置で布陣すべきです」
「ですが、弓兵の攻撃を一手に引き受ける形になりますし。大将が近くに居る方が兵が安心する…かと」
イシスが口を挟んだので、一瞬ニュクスがイシスを睨んだ。
「………“指揮官が討たれないのであれば”と条件付きですが。あくまでも選択肢の1つで可能なら避けるべきでしょう」
全員が静かになったので、進行役のミハウ部族長が意見を求めた。
「他に御所見は?」
誰も手を上げなかったので、ミハウ部族長が包囲戦に移行した部分の説明をしようとしたが、遅れて1人手を上げる者が居た。
「マレック卿、どうぞ」
「騎兵の動かし方ですが、先に赤軍の右翼側に布陣するクヴィル族の騎士団を動かした理由は?」
「左右どちらかの騎兵を潰し、反対翼の騎兵が救援に入った所を騎兵で左右から挟むつもりでしたが…。右翼のドミニカが強すぎて、左翼に布陣していたマルチン卿を遊ばせてしまいました」
ニュクスの一言に、ドミニカは胸を張り。若干どや顔になった。
ニュクスとしては一番の反省点だった。
此処までドミニカ達が強いんだったら、もう少し違う使い方が有ったのだが。
過去3回の演習でも、それなりに活躍はしていたが、今回は特に大活躍だったのだ。
「………では、続けますが。突出部が十分に伸びた時点で赤軍が後退を停止し、反転攻勢に転じました。両翼に控えていた小隊も一気に前に出て完全に3方向が包囲され、更に…」
ミハウ部族長が説明する横で、マリウシュ部族長がテキパキと駒を動かし、赤軍が青軍の5分の4程包囲した状態にした。
「最終的に此処まで包囲され、最後に騎兵が後方から突撃したことで完全包囲状態となった」
各前に居た青軍の指揮官は、コレを見て完全に包囲されたことを初めて理解した者も居た。
「これ以上続けると、危険なので演習終了とした」
前3日の演習では半分が離脱するまで切れない剣や槍で殴り合いをしたが、今回このタイミングでの終了に一部の指揮官は不満な様子だった。
―我々は未だやれた―
パニックに陥らず、赤軍と対峙していたベテランの部隊を率いていた指揮官達の多くがそう思っていた。
「異世界での事例だが、過去にこの様な状況に陥り、包囲された側の中心部で圧死者が出た事が有ったので、終了とした」
ミハウ部族長が言ったのは、紀元前216年8月2日、イタリア半島で起きたカンネーの戦いの事だった。
アルプス山脈を越えイタリアに攻め入ったハンニバル・バルカ率いるカルタゴ軍がローマ軍を相手に完勝した戦いで、平行世界とは言え、古代エジプト出身のニュクスも今回の演習はそれを参考に作戦を立てていた。
「では、指揮官の中で御所見が有る方…」
マリウシュ部族長が所見を伺うと、1人だけ手を上げた。
「では、先程のディレイさん」
さっきと違い手を上げた人数が少ないので、再びディレイの所見を聞くことになった。
「戦力・技能的には両軍とも同じはずですが、攻勢に転じてからの赤軍の突破力が激しかったのですが、何か戦法でも変えたのでしょうか?」
少し後ろに居たディレイの部隊は、打ち負けて前の方から逃げてくる兵士を何人か目撃し、また、全体が中央に下がり始めたのを感じてはいたが、何が起きているのかは目撃していなかった。
「それは私が各小隊に“必ず2対1で敵と当たれ”と指示をしたからかと」
潰走しなかった青軍の指揮官から反応が無いので、ニュクスは補足で説明を続けた。
「戦場は決闘と違い1対1で戦う必要は有りません。相手を倒せば良いのです。なので敵1人に複数で当たり効率よく倒せば…」
「しかし、それは不名誉ではないか!?」
騎士だけでなく、一部の指揮官達も“そうだ”と肯定したが。
「……戦場の作用も大事だが、生き残らねば全く意味がない」
ドミニカの発言に騎士の一部が「何ぃ!?」と食って掛かった。
「相手に敬意を評するのは当然だが、生き残らなければ何も成せ無いのだ。我々は内戦にかまけているが、北の人間との戦争も継続中なんですよ…」
北の人間と戦争をしていることを忘れ掛けていたが、ドミニカの発言でそれを思い出し、騎士達は黙った。
「……他に御所見は?」
マリウシュ部族長が発言しても、誰も手を上げなかった。
「では、コレにて研究会を終了します」




