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出陣前夜

「ラジオ放送かと…思います」

鍛冶ギルドで“音楽や会話が聴こえる箱”についてギルド代表のビスカ氏に聞いてみたが、予想通りの反応だった。


「やはり…」

アルトゥルやライネからラジオ放送やテレビ放送等について聞いていたカエは、“まさか”と思いつつ聞いたが、事実だと大問題だった。


近代に入ってから始まったラジオ放送は大衆文化を大きく花開かせたが、同時に独裁者の嘘を信じ込ませる洗脳機としての負の側面も有った。

疑って掛かることを知らない人が、神聖王国の嘘をラジオ放送で聞いて盲信する可能性があるのだ。


「その時刻になると、モールス信号が止みますが、同時に北から短波電波が飛来してまして。あいにく、受信は出来ますか音に変換する回路の制作に戸惑ってまして」


正直なところ、鍛冶ギルドのギルド員は元自動車整備士や造船所の職員、飛行機の設計士等がおり、趣味でラジをやっていた者も居るが、流石に直ぐにラジオを組み立てるのは難しかった。


「何が足らんのだ?」

部品の不足かと思った魔王だったがビスカ氏の返事は意外なものだった。


「その、“はんだ”と“銅”足りなくなりまして…。今は必要分を製造しましたので数日中には完成できます」


電子部品等は神聖王国の神殿から手に入れたものが有ったが、意外と“はんだ”等が不足していた。


「そうか、では頼んだぞ」





「あのロンが大統領選にね」

「だが、奥さんが亡くなってから意欲が無くなったらしくてね」

トンネルに立て籠もる列車の中で、ショーン達は戦後に何が有ったのか仲間たちと話していた。


「まあ、正直な所。予備選挙で勝てたかは判らんが。アイツはリベラル過ぎたし」

不意に列車が動き出したので、客車に居たショーン達は窓の外を見た。


「進み始めたぞ」

トンネルのレンガの壁が途切れ、明るい日の光の下に列車が出たので全員目を細めた。


「*気醸はしてたが…。なんだ?

*気醸  ボイラーで水を沸かすこと


列車が右に曲がり、隣の線路に入ったことが判ったが、しばらく経つと左側の窓に装甲列車が見えた。


「日本兵だ」

「小さくねえか?」

歩兵銃を背中に掛けたドワーフの兵隊を目にし、客車の兵士達は声を上げた。


身長1メートル前後のドワーフ達は歩兵銃を背負い、旧日本軍風の格好をし、装甲列車の上や脇に立ち、列車が通り過ぎるのを眺めていた。


「ドワーフだ。南の杉平幕府の所のだ」

ヘルメットの代わりに韮山笠を被っているので、ショーンは彼等が幕府の兵士だと気付いた。


「全員居るな?」

前の車両から、リッキーが現れた。

「一体何が?」


深刻な面持ちで現れたリッキーに全員が覚悟を決めた。

「先程、交渉役が来た。一度、終着駅に入ることになったが。やはり戻れるのは呪いに掛かった者だけだ」


薄々、ショーン達は気付いていた。

既に数日が経ち、死んだ仲間たちも諦め始めていたので皆黙って聞いていた。

「既に、葬儀も終わり。戻れる身体がないんだ。残念だが…」


列車が減速し、駅に着いた。

「少佐、ありがとうございました」

ヘイリーが一歩前に出てリッキーに握手をした。

「すまん、力及ばず…」




「…なんか、おとなしいはね」

揉めると思ったが、フェンリルの呼び掛けに応じ、駅まで移動してきたのでユリアは面食らった。


「ええ。呪われた人達だけが戻るのという条件に納得してます」

なんで自分が呼び出されたのか。

ユリアが此処に居る意味が無くなったので、不満げな表情を浮かべたので、フェンリルは顔を背けた。


「死んだ人達はどうするつもり?」

客車から降り始めた兵士たちを眺めながらユリアが質問した。


「このまま三途の川に戻ってもらいます」

身体が無い以上どうすることも出来ない。前にカエが殺した人狼の夫婦、エリザベートとヴィムが生き返ったのは、ロキが「幼い子供を残して死んだのは可愛そうだ」と独断で生き返らせただけだ。


今回は100人近い上に、既に葬儀まで済ませていた。

戦争等で人が死ぬ度に蘇らせるわけにもいかないのだ。


フェンリルも可哀想だと思うが、三途の川を越え黄泉の世界に行ってもらう他無かった。


「違う世界で転生するか、黄泉の世界に留まるか。彼等に選んでもらいます」

「…ふーん」


そんなフェンリルの悩みをよそに、ユリアは何か企んでいた。

正直な所、呼ばれ損な上。何も手土産を持たずに帰る気は一切無かった。


どうせ自分の世界では無いから引っ掻き回してやろう。


ユリアはそう考えていた。




「…うん?」

暗い城内をすることもなく歩き回っていたブレンヌスは酒瓶を片手に廊下を歩くリシャルドと遭遇した。


「ブレンヌスさん」

リシャルドはブレンヌスに御辞儀をした。

「眠れんのか?」


ブレンヌスが酒瓶を見ていることにリシャルドは気付いた。

「ええ、私もヤニーラも少し…」


「…余り深酒するなよ」

ブレンヌスはそう言うと、自分の寝室へと向かった。


(やはり、落ち着いとらんな)

城のあちらこちらで、明日出陣する兵士達がベッドから離れ、夜風に当たるなどしている姿が散見できた。


そして、ブレンヌス自身も寝付けず。目的も無くさまよっていたが。


「あら…、早いわね」

寝室に戻るとニスルが本を読んでいた。


「…………」

「…何?」

椅子に座るニスルを眺めていたブレンヌスは急にニスルを抱き抱えた。


「え!?ちょっとあなた」

ベッドに乗せられ、急に唇を重ねてきたのでニスルはブレンヌスの首に腕を回した。


「……もう、興味無くなったんじゃないの?」

ゴーレムとなる前…。まだ生きていた2人はこういう事をしなくなっていた。

年齢も60を過ぎ、流石に枯れたからだった。


「今は違うさ」

再び唇を重ねて来たのでニスルは混乱した。

(っちょ!なんで!?)


何かおかしかった。

かなり似せて作られてるとは言え、生身の身体ではなく、ゴーレムの身体なので、勿論性欲など有るわけ無く。今更、身体を求められる筈はないと思っていた。


正直、嬉しいが…。


「待って!何!?どうしたの!?」

ブレンヌスが首筋に唇を移す直前に声を荒げ、両腕でブレンヌスを引き離した。


「!?いや、…その……」

月明かりだけしか光源がなく薄暗いが、人猫のニスルにはブレンヌスの顔が赤いのがはっきりと見えた。


「すこし、若いだろ?……それでな」

「……まあ」


ゴーレムの身体は生前の姿を元にはしているが、40代位の見た目なので、ブレンヌスがその気になったのだ。


「ふふふ…」

急に恥ずかしくなり、ニスルは笑いながら身体を横に向けた。


2人が結婚したのは30代の頃。


当時は、2人ともユリウス家の奴隷だったが結婚を認められたのだ。


当時のニスルはユリウス家に買われたばかりで、ブレンヌスと一切面識がなく。いきなり同じ部屋で生活をすることになり、第1印象は最悪だった。


・ガサツ

・声がデカイ

・筋肉バカ

・横柄

・顔が怖い

・声がデカイ

・もう一度書くが声がデカイ


当時は言葉も判らず、何をされるのか判らず怖かったが。2人きりになると急に雰囲気が変わった。


寡黙になり、ニスルの分の家具を運び込むと部屋の隅に置かれたベッドに腰を掛け、顔も合わせてこなかった。

食事の時間になっても、黙ったままで。夜になっても、当時は若かったニスルがベットを使い、ブレンヌスは床で寝る程だった。


最初は寝首を掻いて逃げ出すつもりだったニスルも呆気にとられた。


翌日も、サンダルを履かせてくれるし、重いものも代わりに持ってくれる。言葉が通じる先輩奴隷と一緒に買い物に行くときもコッソリ付いてくる程だった。


(逃げ出せない)

この時までニスルは逃げ出すつもりだった。


「あんた幸せよ、あんなに良い人と巡り会えたんだから」

「はい?」


先輩が訳を話し始めた。

「あの人、あんたに一目惚れして無理を承知で結婚をお願いしたのよ。あの人、人狼だけどあんたじゃないと駄目だって。旦那様達が説得したんだけど全く聞かなくてね」



「ふふふ…」

幸せだった30年間の夫婦生活を思い出し、ニスルは再び笑いだした。


2人とも自由になり、ニスルの故郷に戻ったことも有ったが、ニスルは迷うこと無くブレンヌスと暮らすことを選んだ。


「…ダメか?」

若かった頃のように、ブレンヌスが聞いて来たので、ニスルは再び笑った。


「ううん、お願い…」


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