認識の共有
パオロは地面に腰を下ろした部下達を眺めていた。
「人数は?」
「258人です」
「258人…」
雷雨の中、何とか大森林に逃げ込めた反乱軍兵士達だったが、被害が50人程出てしまった。
「被害は海兵隊が?」
「はい、一番多く出ました」
負傷した海兵隊員だけでなく戦死した17人も何とか此処まで引っ張って来たが、行方不明が14人居た。
「海兵隊員の話では、ガトリング砲が射撃を始めたので包囲されたと思い囮になろうと敵陣に突っ込んだそうです」
最初は銃剣突撃で敵を蹴散らした後はズルズルと交代するつもりでいたらしいが、途中で幾つかの分隊が囮になることを選んだのだ。
「……ダメか」
海兵隊員が1人力尽き、治療していた軍医のポーターは掛けていた老眼鏡を左手で外し、手拭いで自分の顔の汗を拭いた。
「ふぅー…」
魔法で傷を癒す事は出来る。だが、限度があり、失った血は魔法では回復出来ない。それに、傷を癒す前にある程度手術で異物を取り、変形した筋などを矯正しないといけないのだ。
輸血用の血液に限りがあり、他の医薬品にも不足が出ないかポーターは心配した。
「ポーター、良いか?」
ジェームズがスコープ付の狙撃銃を片手に近付いてきた。
「何かな?」
「将軍から、そろそろ移動したいと……。後どれぐらい掛かる?」
ポーターは整然と列べられた、戦死者に目を移した。
「応急措置は終わったよ」
ショーンとデイブ、それとジェームズの娘達のお陰で大分捗ったが、手遅れの兵士が何人か居た。
彼等が麻袋に包まれ、荷馬車に移されるのをポーターは静かに眺めていた。
「捕虜は無し、死体が数人分だけです」
ガヴトロフ族の騎士団長マルチンは、まだ遺体が転がる戦場でニュクスに戦果の報告をしていた。
「兵士に聞いた話では、“暴風の中死体や怪我人を担いで逃げて行く姿を見た”と」
ウルベル族の部族長以下他の騎士団長等も同行しての報告だが、前線に居たマルチン卿が主に報告をしていた。
周囲では遺体を荼毘に付す為に1ヶ所に積み上げる作業が進んでいた。
「そちら側の死者は?」
「ヤストロップ族17人、ウルベル族47人、ガヴトロフ族5人、ズォラフ族9人、ワベッジ族3人…。計81名です」
ニュクスの方は人間の亡命マルキ王国の兵士が140名、ポーレ族の兵士が33名、クヴィル族の兵士が23名戦死した。
「ニュクス様のお陰で、少ない被害で済みましたが。あのまま混乱が続いたと思うと、ゾッとしますよ」
地面に横たわる反乱軍兵士の遺体を眺めつつ、本音を吐露したマルチンの鎧は腹部が抉れていた。
「あいつ等は正確に指揮官ばかりを狙い撃ちにしてきました。それも致命傷を避ける形で。恐ろしい連中です」
騎士団長のマルチンは軽装の散兵を下げさせようと前に出たが、馬上で腹部を撃たれ、そのまま落馬し、暫く気を失っていた。
「…彼等も一緒に荼毘に付せ」
「はっ!」
マルチンは部下に命じ、反乱軍兵士の遺体を運ばせた。
「残った彼等は、動けなくなった仲間を守るために戦っていたそうです」
部下の報告で、“一旦は南に下がったグループが、仲間が怪我した事に気付くと再び前進し、担いで下がろうとしていた”と聞いていた。
マルチン卿が恐れているのは、反乱軍が持っていた武器等ではなく、彼等の行動の端々に見える練度の高さだった。
これまでは、“反乱軍は強い一撃を与えれば簡単に瓦解する”と考えていたが。実際は、此方が攻めれば身を引いた上で的確に反撃をし、窮地に陥った状態でも最後まで踏み止まって見せた。
昨日の出来事だけで、南部部族連合達は完全に反乱軍への認識を変えた。
-油断なら無い強敵が反乱軍として立ち上がった、次こそは彼等を打ち倒さなければ自分達の領地も危ない。
もはや魔王様に力を示し、手柄を手に入れるだけのデモンストレーションではない。反乱軍と自分達、どちらが生き残るかの戦いになった。-
「領地から追加の兵を送るように伝令ツバメを出してあります。早ければ1週間で増援が送られてくるはずです。……次こそは奴らを壊滅して見せます」
ウルベル族の部族長の言葉を聞きながら、ニュクスは改めて戦場全体を見渡した。
「兄上から“次の戦いが決戦となる”とお言葉を頂いています」
「決戦…ですか?」
「この内戦をいつまでも続けるつもりは有りません」
北の神聖王国関連の報告は相変わらず不穏なものが多かった。
「次の戦いで敵の主力を叩いた後、彼らの要求を多少は飲む形になってでも内戦を終わらせるつもりです」
「と、言いますと?」
南部部族連合に“内戦終結工作”を教える様に言われた訳ではないが、今後の事を考えて知らせておくことにした。
「今回の反乱は神聖王国が裏で糸を引いています。恐らく、我々の弱体化を狙った分断工作なのでしょう。大森林の中を通りファレスキ方面から反乱軍に物資が供給されているとの情報が有ります。なので、次の戦いで大森林と反乱軍を結ぶ物資供給線を遮断し、反乱軍が孤立したところで彼らに温情を見せるつもりです」
ファレスキからの物資供給の情報は反乱軍に紛れ込み、将軍になっていたブレンヌスからの情報だった。
ついでに、神聖王国側の幹部と反乱の旗印になっているイゴール卿の息子リシャルドの情報も貰い。なるべく禍根を残さないように、ヴィルノ族のチェスワフ部族長を中心にヴィルノ族側の当事者を説得して回っている最中だった。
「もともとの反乱の原因がヴィルノ族の“荒鷲の騎士団”による過酷な統治と、嫡子であるリシャルドが人猫の奴隷との間に子供をもうけたからです。なので、兄上は反乱軍に参加した者を罪に問わない事と、イゴール卿をはじめとした騎士団の幹部が騎士団を去る事などを条件に交渉を進めつつあります」
「白髪のリシャルド殿が人猫との間に子供を?」
一部の騎士団長から“あり得ない”といった反応があったが、ワベッジ族の騎士団長マレック卿が「悪魔の子か…」と呟いた。
「ここでは悪魔の子と呼んでいるらしいですね」
ニュクスが反応したので、マレック卿は恭しく説明を始めた。
「本来生まれる筈がない異種族との子供は災いを齎すとされて来ました。……私が娼館の者に聞いたところ、稀に人狼を相手していた異種族の女が悪魔の子を宿すことが有り、その都度堕ろさせていると」
「堕ろさせている?初耳だぞ」
他の騎士団長の問いかけにマレック卿は振り返った。
「客に悪魔と契約した魔女が居ると知られるのを恐れて闇に葬っていたんだ。私だって奴隷商が少女の腹を殴っているのを見るまでは知らなかったさ」
異種族とはいえ少女の腹を殴り堕胎させていると聞き、騎士団長は口々に「何てむごい…」と言葉を漏らした。
「神殿には知らせなかったのか?」
「知らせたところで、連中はしらを切って終わりだ…。それに娘たちは悪魔と契約していないのに子供が出来たんだ。神殿に魔女の烙印を押された彼女たちが無事で済む訳がなかろう」
この世界の魔女は、悪魔の僕として悪事を働く者とされ忌み嫌われてきた。もし、娼館の奴隷が魔女だとされれば、処刑されるのが目に見えていた。
「なるほど、リシャルドが妻子の為に反乱を指導しているのはその為ですか」
ニュクスが少々オーバーリアクション気味に話すと、マルチン卿が質問をしてきた。
「魔王様は彼と妻子にも温情を掛けるおつもりで?」
「ええ、そうです。私達も父が人狼、母が人猫でしたし、その子を拒む理由もありませんので」