反乱軍の動向
イゴール卿の息子のリシャルドは麻袋を被された状態で真っ暗な部屋の中で、上半身裸の状態で木刀を構えて立っていた。
「………」
視力は役に立たず。耳を澄ましながら周りの様子を探り、皮膚が感じ取った僅かな空気の揺らぎを逃すまいと、全身の神経を集中させていた。
「………っ!でえああぁぁ!」
足音が聴こえ。リシャルドは一気に踏み込み、木刀を振り下ろそうとした。
「間抜けがぁ!」
「ぅ!」
音がした方向とは全く違う真横から、ブレンヌスに脇腹を蹴られた。
「五感に騙されるなぁ!」
脇腹の痛みを耐えつつ、再び木刀を構えると。ヒタヒタと足音が聴こえた。
「………」
今度は騙されまいと、他の音を探したが………。
「ちゃんと足音を聞けぇー!」
「ぶべっ!?」
足音がした方向からブレンヌスが殴り掛かり、リシャルドは麻袋越しに鼻をおもいっきり殴られた。
(んな、理不尽な…)
何でこんな事をしているのかと言うと、ブレンヌス曰く「こいつ等は弱い」と言うわけで、剣の稽古をしている筈なのだが………。
「こんなんで人を倒せるかぁ!」
「あぐっ!」
木刀がブレンヌスの脚に当たったが、リシャルドはお構いなしに殴り返される。
稽古になっているのか判らないまま、今日もリシャルドは一方的に叩きのめされた。
「こっちだ間抜けぇ!」
「ぎゃ!?」
最後に脳天を木刀で殴られ、リシャルドは倒れた。
「ちっ………。次だぁ!」
リシャルドの他に、何人か見込がある者を鍛えてはいるが。3日目にして、ようやくリシャルドが一太刀、ブレンヌスに当てる事が出来る程度には上達はしている。
「あらあら…」
リシャルドが薄暗い部屋から引っ張り出されると、外に待機していた人猫の女が回復魔法を掛け始めた。
(また焦ってるな……)
ブレンヌスが修行と呼んで良いのか判らない。無理な鍛え方をしているので、心配でならなかった。
初陣から荘園がある城へと戻ると、ブレンヌスは「稽古をつける」と言い出し、元奴隷から寝返った騎士まで。幅広く人を選び、剣の稽古をしているが…。
「うわっ!?」
回復が終わったリシャルドが飛び起きたので、人猫の女は驚き、尻尾を思いっきり膨らませた。
「…やられたのか!?ありがとう、ニスルさん」
リシャルドは人猫の女に礼を言うと、再び薄暗い部屋に入っていった。
「…まあ、本人が大丈夫なら良いかしら」
ニスルはブレンヌスの大声が部屋から聴こえて来るのを横目にため息を吐いた。
「ああ、ニスルさん。リシャルド様とブレンヌスさんは…」
「見当違いにも程があるぞぉ!ちゃんと急所を狙え!」
FELNの幹部がリシャルドとブレンヌスを探しにきたが、本人の大声に気付き苦笑いした。
「中ですか」
幹部が苦笑いするのを見て、ニスルは少し恥ずかしそうに顔を赤くした。
「ええ、稽古をつけると」
石の壁に何かを叩き付けたのか、大きな音がし。2人は表情をひきつらせた。
「緊急で軍議を行いたいのですが……。無理ですかね?」
FELNの幹部も、ブレンヌス達謎の一団がゴーレムの類いだと知っている上、常識はずれな行動が多いので何処か近付きたく無いのだ。
「私が喚びに行きます」
ニスルは一言断り、薄暗い部屋に入った。
「ブレンヌス、軍議をするって。リシャルドも参加ですって」
「ニスルか…」
鈍い音がし、誰かが倒れたのが判った。
「今日の稽古は此処までだ。他の者は身体を休めておけ…」
明るい廊下に出たブレンヌスは全身黒装束で、頭に鉄仮面を被っていた。
「何その格好?」
「………」
「もしもーし?」
ニスルが鉄仮面を叩くと、ブレンヌスは慌てて鉄仮面を外し、フードの下に着けていた兜を脱いだ。
「ん?」
目をシバシバさせながら、此方を見たので。ニスルはブレンヌスの鼻を握った。
「な・に・そ・の・かっ・こ・う!?」
「……五感を全部塞いで稽古してたんだ。判ったら離せ」
ニスルが手を離すと、ブレンヌスは鉄仮面と兜を廊下の戸棚に置いた。
「で、何の用だ?」
「軍議をするって。それからリシャルドも喚ばれてるから、着替えてらっしゃい」
「はいっ!」
リシャルドは城主の部屋へ続く階段を駆け上がった。
「………ぬぅ」
他の人には何時もの“不機嫌そうな顔”にしか見えないが。ニスルには“悩んでいる顔”だと判った。
「どうかしたの?」
「少しな………その……。いや、後で話そう…。そうだ、クイントゥスは何処だ?」
会議室へ歩きながら、大鷲に化けていたゴーレムのクイントゥスの居場所を聞いた。
「木工所で何かしてるわ」
「よし、ネズミに化けさせて、会議室に忍び込ませておけ」
ニスルは耳を横に倒した。
「何故?」
「FELNの幹部は信用ならん、軍議後に後を追わせる」
「リシャルド」
城主の部屋に入ると、赤ん坊を抱いた人猫のヤニーナが近付き、キスをした。
「………今日は早かったのね」
リシャルドが娘の顎を撫でると、キマイラの娘は「きゃきゃきゃ」と声をだした。
「これから軍議になったんだ。着替えたら行くよ」
リシャルドの一言にヤニーナは耳と尻尾を垂らしたのが判ったが。リシャルドは手早く自分の服をタンスから取り出した。
「…勝てそう?」
ヤニーナの質問にリシャルドは手を止めた。
「勝てるさ。ただ、その後は………」
“どうなるか判らない”と言いかけたが、リシャルドは言葉を飲み込んだ。
ヤニーナが蜂起前から、これからの事を心配して泣き出す事も有った。
「兄さんみたく、別の部族の土地に行こう。誰も僕達の事を知らない。そこで、静かに暮らそう」
風の噂で、家を出た兄が北のケシェフで暮らし。子供達に囲まれて元気に暮らしている事は耳に入っていた。
「兄さんの住んでるケシェフは魔王様の支配下だし、魔王様もキマイラだってブレンヌスさんが言ってたんだ。この子の見た目を誰も文句は言わないさ」
人猫のヤニーラと人狼のリシャルドの娘は尻尾だけが人猫で、他はすべて人狼の特徴を持つキマイラだった。
何処に行っても“悪魔”と蔑まれると思ったが、魔王様がキマイラと聞き希望が出た。
「………でも、私達って魔王様に反乱してるよね」
「……………うん」
「ビトゥフの協力者がほぼ全滅し、武器の支援を受けることが不可能となりました」
軍議ではビトゥフで起きた連続爆破事件の影響で、支援が途切れた事をFELNの幹部が報告していた。
「武器自体はビトゥフの鍛冶屋等に保管されている筈ですが。ビトゥフの北東に在る宿場町を攻めていた部隊が壊滅し、明日にでもビトゥフに2万人の兵士が合流します」
「現在、蜂起した革命軍に配られた武器は。前装式ライフルが1000挺。ライフルの弾薬が一万発。擲弾が30発……」
『無くても良いだろ……』
同席しているブレンヌスとニスルからすれば、どうでもいい兵器の事を話され、少々飽き始めていた。
「体制側の鎮圧部隊の動きが予想以上に早く。また、我々には武器が不足しております」
5万人規模だった反乱軍は更に増え、今では6万人を越えたが、マトモな武器が無く軍としての体裁が全く整っていない。
「現在、戦闘可能な兵力は農兵2万人、弓兵が千人、弓騎兵が500騎、歩兵5千人、銃兵千人。計2万7500人です」
一番統制が取れていない農兵を主力に置かねばいけないが、それは武器が行き渡っていても変わらなかった。
素人集団に武器を渡しただけで、一流の兵士になれば苦労などしない。
一番の問題は武器の不足よりも、2万人の魔王軍にあった。
「………提案ですが、大森林へ逃げ込み。決戦を避けようと思います。散発的に攻撃を仕掛け敵を疲弊させつつ、我々は兵を訓練し決戦の機会を窺う。これしかないかと」
FELNの幹部の一人は、ゲリラ戦への転換を反乱軍のトップであるリシャルドに提案した。
「決戦を避ける?可能ですか?」
幹部は首を縦に振った。
「今決戦を仕掛けるよりは、勝利の可能性は上がります。異世界で実績がある戦の作法でございます」
幹部はベトナム戦争での、南ベトナム解放戦線を念頭に発言していた。
「それでは……。外からの援助が途切れたら一巻の終わりではないか?」
ブレンヌスに言われ、FELNの幹部が3人は黙った。
「………それよりも、弱い一点を叩き潰し。主導権を維持しつつ、交渉を有利に進めるべきでは?」
ブレンヌスが言った、“交渉”の一言にFELNの幹部が噛みついた。
「交渉など意味がない!目指すは勝利のみ!それも魔王の排除のみだ」
「では、大森林で野垂れ死ぬか?」
険悪な雰囲気になったが、リシャルドが席を立ち机の上の地図を指差した。
「結論は先送りにするが、オルゼル城を落とせないか?」
リシャルド達は知らなかったが。リシャルドは荒鷲の騎士団の主力が居る、オルゼル城を攻撃候補に挙げた。
「此処ならビトゥフに近いが、逆に兵が少ないから簡単に落とせる筈だ。ここを落とし、防衛の拠点にすれば有利に戦いを進められますし。大森林に兵を分散させる時間も稼げます」
身を乗り出し、地図を見た一同は頷いた。
「ワシは賛成だ」
「私も」
ブレンヌス達が先に賛成し続いてFELNの幹部が賛成した。
「宜しいでしょう。先に此処を落としてから決めると言うことで」