混乱の広がりとイジケるニュクス
「何だ!?何で突出してるんだ?」
陣地に残っていたパオロが叫んだ。
「誰の小隊だ!?」
「海兵隊のスナイル少尉の部隊です」
昨日、塹壕で怒鳴り付けた海兵隊指揮官とはまた別の指揮官だった。
「あいつか…。クソ、慎重な奴だと思ったが…」
悪目立ちしていたもう一人の指揮官と違い。物静かで目立たない男だったが、その指揮官の小隊が敵に突っ込み白兵戦を始めたのは全くの予想外だった。
「砲撃しますか?」
砲兵中隊の指揮官を務めるリッキーが砲撃を進言した。
「………本隊を撃て」
「砲撃だっ!」
指揮官が次々と倒れた南部部族連合の本隊周辺に砲兵中隊からの砲撃が着弾し、本隊は完全に混乱した。
「………っ。誰か軍旗を街の門に掲げろ」
脇腹を撃たれたウルベル族の部族長が絞り出すように指示をだした。
「良いかっ」
部族長は救護をしようと鎧を脱がそうとしている、若い従士の手を掴んだ。
「軍旗を門に掲げて兵を下げろ……。無駄死にさせるで無いぞ…」
「部族長。喋られては身体に障ります」
若い騎士の一言に、部族長は声を荒げた。
「言うことを聞け!今すぐ兵を退かせるのだ!敵が見えないのに戦えるか!」
部族長が普通に大声で怒りだしたので、周りの従士と騎士は直感した。
“このじい様は多分軽傷だと”
「………判りました。私が行って参ります」
騎士の一人が、旗手から軍旗を引ったくると門へと走った。
「イタタっ!こら、もう少し労れ!」
後ろから部族長の声が聞こえ。呆れつつも無事なことを騎士は喜んでいた。
「角笛を」
北側から進むドミニカは角笛を鳴らさせ、騎士の一部…。今回の反乱軍を逃走させる計画を知っている、信頼できる騎士と従士を引き連れ馬で走り出した。
100騎程の一団が隊列を崩して最右翼から前へと出たので、軍太鼓に合わせて進む兵士の中から、「抜け駆け」ではと、声が上がった。
「間に入る!離れるな!」
少々大回り気味に、反乱軍の陣地と逆奇襲をしている反乱軍の部隊の間に入り込み、何とかパオロと連絡しようとした。
「っ!」
ドミニカ達が割り込もうとしていた場所から、断続的な発砲炎が見えた。
「伏せろぉ!」
ドミニカの号令で騎士達は走っている馬を倒し。馬と一緒に地面に伏せた。
「撃ち続けろ」
発砲してきたのは、リー率いる騎兵隊だった。
夜陰に紛れ、ガトリング砲4門を側面へ移動し、北方からの攻撃を牽制すべく配置されていた。
「クソっ!こんな時に!」
ドミニカは地面に当たった銃弾が巻き上げた土を被りながら悪態を吐いた。
「ルジャ!居る!?」
「はいっ!」
稜線から身体が出ないように器用に転がりつつ、ルジャが近くへ来た。
「発光信号『我、カヨ・ハーバー。撃ち方止め。以上』」
「了解」
ルジャが自分の馬まで戻ると、鞍に着けた雑嚢に手を突っ込んだ。
「За Родину」
急にロシア語が聴こえたので、ドミニカを含め何人かが兜の中で耳を立て、声がした方を向いた。
「В атаку」
「待て待て待てぇ!ルジャ、ストップ!」
何なのか思い出したドミニカは大慌てで発光信号機を手にしたルジャに叫んだ。
「За мной!!」
「「「「「「Урааааааааа!!!」」」」」」
ニュクスの軍勢に編入されていた、亡命マルキ王国の兵士200人が突撃を始めたのだ。
「うわ!」
従士のリリアが喚声を上げながらガトリング砲の弾幕に突っ込んで行く人間の兵士を前に声を上げた。
「ソ連兵か!?」
「………撃ち続けろ!」
マルキ王国の兵士が居るなど聞いていない反乱軍の兵士は、混乱しつつも射撃を続行した。
「どうなってるの!?何で、勝手に突撃を……」
中央後方に配置し、予備兵力にしていた筈のマルキ王国の兵士が、最右翼から突撃して行ったのを見たニュクスは目眩を覚えた。
「彼等だけでは有りません。他の部隊も…」
ピウスツキ卿が指差した先では。他の兵達も小隊単位で陣形は組んでいるが、右翼側の部隊を中心に大きく前へと走りだし。全体を見ると、台形の形で布陣していた軍勢が歪な平行四辺形に形を変えつつあった。
「恐らく、ドミニカ達の動きに釣られたのでしょう…」
「滅茶苦茶だ……」
ガトリング砲の正面に対して、縦長の楔形になった兵士達が突っ込み、次々に倒れる。
ニュクスがその光景を前にし、大きく馬にもたれ掛かったので、周りの幕僚は慌てた。
「装填中!」
乱戦を始めた反乱軍の兵士は小隊単位から更に小さく。分隊単位で行動していた。
「わああぁぁぁ!」
投げ槍を構えた散兵が前装式ライフルに装填中の反乱軍兵士に気付き、突進してきたので、同じ分隊員が散兵に向けライフルを撃った。
「もう一人!」
最初の兵士は、腹を撃たれて倒れたが。直ぐに別の散兵が短剣を構えながら突っ込んでくる。
敵の集団のど真ん中に別け行ったので、当然では有るが。四方八方から敵兵が来るので、ライフルの装填が間に合わない。
「伏せろ!」
水平2連式の散弾銃を持った兵士が、射線上に居た兵士が伏せると同時に散弾銃を兵士に向け放った。
比較的装填が早い水平2連式の散弾銃が分隊に2挺配られていたので、何とか堪えていた。
しかし、混乱を引き起こしたことが裏目に出た。
既に、ウルベル部族長の命に従い、軍旗が宿場町の門に掲げられたが。混乱した散兵は少人数のグループでその場に固まってはいるが、反乱軍兵士が近づくと死にものぐるいで抵抗してきた。
「わああああ!!!」
「チッ!」
散弾銃を持った兵士の援護が間に合わず、槊杖が銃口に差し込まれた状態で散兵の短剣を捌く兵士が出始めた。
「援護してくれ!」
一人、また一人と銃床で殴り付けたり、銃剣で刺すなどして凌ぎつつ他の分隊員に援護を求めたが。
「装填中だ!」
全員、他の分隊員の援護に回る余裕もなくなりつつあった。
「ギャっ!」
仲間の叫び声に気付き、反乱軍の兵士が振り向くと、仲間の1人が右手首を斬り落とされていた。
「アアァーー!」
「ジャクソン!」
仲間の名を叫び、着剣状態の自分のライフルで仲間に斬りかかろうと上段に構える敵兵の喉元を突いた。
「分隊長!ジャクソンが!」
振り向いた反乱軍兵士は後頭部を切れ味が悪い手斧で叩かれた。
「……ここまでか」
2,3歩進み、その場に四つん這いに倒れ込んだ部下の頭が手斧でかち割られた。
「下がるぞ!」
既に撤退の時期を逸したのは理解したが、時間を稼ぐべく、ゆっくりと下がり始めた。
「南へ下がれ!」
元海兵隊員達は、初めから仲間を逃がすための囮になるつもりで無茶な乱戦を初めていた。
「ニュクス様、お気をたしかに!」
顔を僅かに上げたニュクスの口角が上がり「フフフッ」と笑い声を漏らした。
「ハハハッ…あぁ……どいつもこいつも好き勝手やりおって」
人狼に近いキメラの為。普段から、瞳孔は猫のソレであり、縦に細長いニュクスだが。暗闇の中で彼女の黄色い瞳はまん丸く開き。周囲の僅かな光が瞳孔の奥で反射し妖しく光っていた。
「ニュクス様?」
ニュクスが左手を上げると、急に気温が下がり始めた。
「もう、どうにでもなれ……」
急に辺り一面が完全に暗くなり、異変に気付いた者たちが空を見上げると星1つ見えなくなった。
「なんだ?」
「なあ、風が吹いてきたな」
空が分厚い雲に覆われ、風が吹き始め、やがて幾つもの稲光が走り、辺り一面。まるで昼間のように明るくなった。
「うおっ!」
反乱軍の陣地や宿場町の城塞など、比較的高い場所に雷が落ち始めた。
急激な天気の変化に、兵士たちはおとなしく空を見上げ。雷鳴だけが辺りに響いた。
「痛ぇ…なんだ?雹?」
ポツポツと雹が振り始め終いには土砂降りの雨と共に強風が吹き荒れた。
「ニュクス様、一体何を!?」
「みんな頭を冷やせば良いんだ…」
「はい?」
ピウスツキ卿が聞き返したが、ニュクスはますます風雨を強くし、兵士たちは地面に伏せて耐えるしか無かった。
『ちょっと、ニュクス!?』
完全にイジケたニュクスは、イシスの事まで無視し。夜が開けるまで辺り一体に暴風を齎した。




