乱戦
「捕虜は?」
「薬で寝てます」
日が落ち、靄が掛かって来たが。宿場町を包囲している反乱軍は奇襲戦の準備をしていた。
「良いか。なるべく広がって、数が多い様に見せるが、正面から仕掛けるのだけは避けろ」
10倍どころか、100倍も人数差がある相手なので。正面からぶつかり合って各個撃破される事だけは避けたかった。
「小隊単位で交互に仕掛けて敵を混乱させる。その後は、計画通り北へ動く。狙撃を担当するジェームズが率いる小隊が殿を努めるが騎兵隊は先に動くから、包囲されないようにしてくれ」
パオロが地図上に何ヵ所か描かれた印を指差しながら全体の動きを再確認していた。
「了解。上手いことやります」
夜陰に紛れ、奇襲を仕掛けようとする南部部族連合に逆奇襲仕掛け、混乱させる。
カエと話し合った結果、カエ曰く“こんなアホみたいな作戦”が出来上がった。
「しかし、あの子供が魔王様だったんですね」
ジェームズがカエの容姿を話題にすると、パオロは赤面した。
魔王とは知らずに、雑談から軍の事で話しているうちに意気投合し、昼頃になってケシェフに転移する際に魔王だと知ったのだ。
「まあ、その。可愛かったなぁ」
誤魔化したパオロを見てショーンは必死に笑いを堪えた。
昔っから“女たらし”な所が有ったが、まさか見た目が幼い魔王を口説くとは思わず。面白いので静観していたのだ。
「ビトゥフの件は続報は有るか?」
顔を赤らめたパオロの質問に、幕僚の一人は首を振った。
「いえ、爆発が有った事までしか」
ビトゥフでの爆発事件は此処にも伝わって来ており。部族の輜重隊から街の鍛冶ギルド等、5ヶ所で爆発が起きたせいで住民の間でパニックが発生。一報を聞いた魔王がケシェフに戻る事になった。
『ショーンさん、動き始めました』
イシスから念話が届いた。
「動き始めたって」
「よし、配置に着け」
「規模は?」
「ほぼ全員です」
ニュクスが器用に耳を倒し、宿場町の木製の街壁から顔を覗かせると。宿場町の南側に陣を構えていた南部部族連合が動き始めていた。先に奇襲を仕掛ける散兵が先行し、後ろから南部部族連合の本隊がゆっくりと進む。
「………よし、私達は戻って兵を動かす。イシスはここに残って状況を教えて」
ニュクスが連れてきた軍勢は宿場町の北側に陣を構え。南部部族連合が反乱軍の陣地を攻撃した際に、側面から攻撃できる位置に居た。
「っ!発砲です!」
発砲炎に気付いたドミニカが身を乗り出した。
「早い。…急ぎましょう!」
ドミニカとニュクスが壁から飛び降りると、後れ馳せながら発砲音が聴こえてきた。
(早すぎる。コレじゃ、囲まれてしまう)
「下がれ!」
一斉射を浴びせた反乱軍の兵士は、直ぐにその場から走り出した。
「逃がすな!追え!」
南部部族連合の散兵は、発砲炎が有った大体の位置へ弓を放ちつつ、銃撃してきた兵士を取り囲もうとしていた。
「おい、騎兵を側面へ出せ。他にも居るかもしれん」
「はっ!」
「来たぞ」
側面に潜んでいた小隊のすぐ横を騎兵が通りすぎた。
「やれ」
小隊員が40人居る部下の内、一個分隊10人が、通りすぎた騎兵に向け銃を撃った。
「うわっ!」
一瞬で、騎兵8人の頭が撃ち抜かれ、1名が肩を撃たれて落馬した。
「散開しろ!」
全く予想していなかった背後からの攻撃に、騎兵は散り散りになった。
「何処からか見えたか!?」
散兵からも騎兵が撃たれるのが見えたが、何処から撃ったのかハッキリと判らず。動揺が広がり始めた。
「伏せろ!」
再び発砲炎に気付き、散兵の一部は地面に伏せた。
「一体なんだ!?」
南部部族連合を指揮するウルベル族の部族長は、状況を確認しようと目を凝らしたが。時折見える発砲炎と銃声等の喧騒が聴こえてくるばかりで、状況を飲み込めずにいた。
「まさか、敵に奇襲がバレていたのでは…」
「距離900…。撃ち下ろし高度-50…。南風2ヤード」
「此処は一気に攻めましょう。敵は陣地から出ております!」
「撃て」
攻撃を進言していた騎士の甲冑から火花が散り、吹き飛ばされる様に落馬したので、その場に居た全員が固まった。
「修正、右3ミル」
伏射の状態のジェームズは遊底を動かし排筴すると。双眼鏡を覗いている観測手の指示通り照準をずらした。
「ゲッフォ!ああ…!?」
いきなり衝撃を受け落馬した騎士は訳が判らないまま、起き上がろうとしていたが、胸が痛み呼吸すら覚束なかった。
「………すぅ…はぁ………」
ジェームズが息を目一杯吸ってから少し吐き出し、引き金を少しだけ引いた。
「撃て」
観測手の指示で、ジェームズは引き金を絞った。
「うがぁあ!」
「部族長!」
部族長の脇腹の辺りで火花が散り、部族長も倒れたので、ようやく銃撃を受けた事に気付いた。
「目標無力化」
ジェームズの観測手がそう言うと。ジェームズはスコープ付きのライフルから顔を離した。
「距離1000。高度-50。南風1ヤード」
ショーンとデイブは少し離れた所で、同じようにスコープ付きのライフルで狙撃をしていた。
ジェームスの娘であるルーシーが普段猟で使っている特注品のライフルなのだが、ショーンが借りて使っていた。
「800じゃないか?」
ショーンはそう言うと銃を撃ち、狙っていた騎士の腰に命中した。
「ほら、800だ」
「………」
仮に1000ヤードの距離に合わせて標準していたら、騎士の頭を吹き飛ばしていたかも知れなかった。
「俺は狙撃手じゃねえし……」
軍に居た短い期間しか銃に触れてこなかったデイブには、見様見真似の観測作業はどうも難しかった。
「じゃあ、標的の場所だけ教えて。細かい標準は自分でやるから」
対照的に狩猟が趣味だったショーンは、1人で何日も山に籠もっていた事も有ったのでスコープ付きのライフルの扱いに慣れていた。
「……さっきの位置から右に15ヤードの、ああ倒れた」
気を取り直し、デイブは別の標的を探した。
「Charge!」
四方から銃撃を受けてすっかり混乱していた散兵に銃剣を着けた兵士が突撃してきた。
「集まれ!」
散兵達は集団で固まり、突撃を凌ごうとしたが。一部の兵士が間に合わずに刺殺され、また集まった所を銃で撃たれたりもした。
「懐に入って騒ぎ立てろ!」
突撃を指揮しているのが、ベトナム戦争を経験した元海兵隊の指揮官だというのも混乱に拍車をかけた。
正確に、散兵達の弱い所を攻め立て、防御が整ったところには銃撃や躑弾をお見舞いし、直ぐに距離を取る。
掴みどころが無い攻撃に、散兵達の士気は挫かれた。
「前進準備!」
その頃ニュクスとドミニカは、まさか反乱軍達が狙撃銃で指揮官を倒しているとは露知らず、軍勢を前進させようとしていた。
幸いな事に、兵士たちの準備が出来ていたので、軍大鼓が鳴らされ。北に布陣していたニュクス達の軍勢は前進を始めた。
『ちょっと!反乱軍が南部部族連合と白兵戦をしてるよ!』
戦況を直接見ている筈のイシスも、やや霞みがかった暗闇の中での出来事に、正確な状況を把握できずにいた。
『押されてる?』
『入り乱れてる。ねえ、コレも計画の内?』
反乱軍が行っている乱戦など、全く知らないイシスからすれば。反乱軍の一部が敵に取り囲まれ、必死に抵抗しているように映った。
「入り乱れているらしい…。ドミニカ、先行して」
「お任せを」
堂々と助けるわけには行かないが、逃がすチャンスぐらい出来るかもと、ニュクスは騎士のドミニカを先に行かせた。




