検死官
「死んだのは鍛冶ギルドの誰かと、軍の将校それに銀行家か」
夜が明けてから水中から引き揚げられた遺体を眺めながら、ギブソンは周りをゆっくり回った。
「何か判った?」
遅れてダニエルもやって来た。
「1人は着けていた指輪から鍛冶ギルドの関係者の様だが、手に火傷が無い。しかし、古い火傷の跡やハンマーを振るときに出来たマメは確認出来るから、最近はハンマーの変わりにペンを持ってたようだ。で、お隣さんは胸のバッジからして銀行家で。最後が………」
3人目の遺体へと説明が移ったのだが。ギブソンは短く溜め息おを吐いた。
「問題はコイツだ。部族の兵士なのだが、将校らしくてな………」
カーキ色の将校の制服を着た遺体だが、ダニエル達は面識がなかった。
「なんとまあ」
大型の馬車4台が規制線の外に到着し、降りてきた兵士達が衛兵に身分証を見せると、2人の居るところへと歩いてきた。
「この事誰かに言った?」
「俺からは言ってないぞ」
真っ直ぐと此方に向かってくる兵士を見て、ダニエルが聞いてみたが。ギブソンは未だダニエルにしか言っていなかった。
「よう、ギブソン」
「早いな」
話し掛けてきたのは灰色の制服を着た憲兵隊の中尉で、ダニエルの兄だった。
「早速だが、お引き取り願おうかな?」
憲兵隊が遺体を荷馬車へ運び、事故のせいでバラバラになった馬車の破片も積み込み始めていた。
「そうさせてもらうよ」
「お前の兄貴が出てくるとはな」
ヴィルノ族は大小の騎士団、部族の兵士が治安を守っているが。部族の兵士が加害者ないし被害者になる場合は、別に部族長がトップを務める憲兵隊が事件捜査を担当する事になっていた。
「なんだろうなあ。父さんの差し金だろうけど」
普段なら雑談位するものだが、雰囲気が“さっさと行って”状態だった。
「だけど、俺達の事件の方に集中出来るから良いだろう」
「そうだけどな」
何処かへ消えた帆付きの荷馬車を調べている最中に事故の話を聞き。日が登ってからギブソンが部下を使い、事故った馬車を引き揚げただけだが、商会爆発事件との関連性は低そうだった。
「中尉!」
ギブソンの部下が走ってきた。
「ダメです。街の商会や個人の商人も見て回りましたが、目撃情報に合致する帆付きの荷馬車は見付かりません」
結局、地区を出た帆付きの荷馬車は内門の詰所に記録が無く。分散して駐車している可能性も考慮して個人経営の商人も操作対象にしたが、梨の礫だった。
「全くか?」
「ええ、全く」
軍等では負傷者の搬送等で、一定数の帆付きの荷馬車は使うが。一般に帆付きの荷馬車は需要がなく、持ってる人が少ないのだ。
「なあ、荷馬車を専門に扱う鍛冶屋はどうだ?」
欠伸を噛み殺しながらダニエルは質問したが。
「そっちも見て回ってますが、何とも」
ギブソンの部下達は抜け目が無った。
「しょうがないな………。俺達は一旦戻る、お前達も報告を終えたら休んでいいぞ」
「了解」
結局、一晩働きづめなので。ギブソンは検死結果と部下達の報告を聴いた後は仮眠をとるつもりでいた。
「スウォィンツェ商会の商会長と奥方の遺体だが、大量の鉛弾が見付かった」
オズワルドは身体の何処に何があったかを記載したA2サイズの洋紙と御遺体を指差しながら説明した。
「鉛弾?」
オズワルドは硝子製のシリンダーを振りながらギブソンに渡した。
「コレだよ。商会長は背中から肩に24発、胸に18発。奥方は顔に3発、胸に18発。大きさからして、鹿撃ち用の散弾だろうな。それと、それぞれの眉間に1発ずつ。.357口径の銃弾が撃ち込まれていた」
「犯人達の銃が奥方に当たらないように商会長は彼女を庇った」
ギブソンはシリンダーをダニエルに渡した。
「でも、犯人達は奥方に執拗に銃弾が浴びせた後に、眉間を撃ち抜いたか。酷いな」
「全くだよ、おまけに背中に銃弾を受けた商会長は暫く生きていたようだ。彼の血液型の血が奥方の左頬に付いてた。血痕の形からすると、商会長は右手で奥方の顔を撫でたようだ」
オズワルドが商会長の右手を持ち上げると、確かに血が付いていた。
「眉間の銃弾は何時撃ち込まれたか判るか?」
「何とも言えんが、死後だと思うよ。他の1階で見付かった遺体にも眉間を撃ち抜かれた状態のが15体も有ってね。6体が最初の爆発で即死した商会の職員だった」
遺体の検死結果を纏めたファイルをダニエルは読み始めた。
「成る程ね。偶々居合わせたであろう。客は撃たれて無いのか」
「その通り。犯人達はスウォィンツェ商会にかなり恨みがある集団だと言う証左だよ。そして、手口からするとコレは…」
「ポルツァーノ…」
ダニエルは静かに言葉を発し、オズワルドが頷いた。
「ああ、前世でのマフィア抗争の時と同じ」
「そうなると、あの格好も納得だねえ。中折れ帽子にトレンチコートなんて、マフィアのステレオタイプじゃん」
目星が着いたかと思ったが、ギブソンは眉毛を掻いた。
「だが、動機はなんだ?今世ではあのポルツァーノ家は冒険者上がりの大商人だ。襲われたスウォィンツェ商会はポルツァーノ商会からすれば小さいものだし」
「案外、俺が追ってた積み荷のすり替え事件と関連在るんじゃないか?騎士団と一緒に恨みを買ったとか」
「騎士団とね…」
「それと、全身黒焦げだった被害者の検死結果だが。恐らくケロシンの様な物を掛けられ火を付けられた」
ダニエルとギブソンの耳がピクリと動いた。
「ケロシン?石油が?」
「鯨油とかじゃなくて?」
予想通りの反応に、オズワルドはニヤニヤした。
「そう、石油系だ。此処には成分分析を出来るような機械が無いから、嗅覚に頼る事になったが。被害者の身体にはダニーの言う鯨油特有の生臭さは無く、石油特有の硫黄の臭いが残っているんだ。嗅いでみるかい?」
「ふぁあ…あー…」
ダニエルがいきなり顔を近付け鼻を抑えたのを見て、ギブソンは左手で匂いを引き寄せて嗅いでみた。
「………臭うか?」
「こぉこぉ」
鼻を抑えながら、ダニエルは指差した。
「めっちゃ匂う。………硫黄が」
「そして、気になって近くで見付かった被害者の身体に痕跡がないか確かめてみたら、頭髪に硝子片が付着しててね。それで、この被害者の頭部を詳しく観てみたら、垂直耳道に溶けた硝子片が見付かった」
「となると火炎瓶か。いよいよ、犯人達は転生者っぽいな」
「転生者の集となるとポルツァーノ…」
ダニエルは目を擦り始めた。
「騎士団の荷物すり替えもポルツァーノ…」
「眠そうだな、2人とも」
オズワルドはさっきから欠伸を噛み殺すギブソンとダニエルの様子が気になった。
「だって、寝てないもん」
「夜通しで捜査だ」
「………全く」
オズワルドが溜め息混じりに呆れてみせた。
「そう言う、そっちだって夜通しで検死してたんじゃないか?」
ギブソンの問いに、オズワルドは首を振った。
「いや、早々に終えて。弟子達に後片付けを頼んだよ」
「………マジか」
前世は検死官だっかが。今世では名医として弟子が多いオズワルドは日付が変わる前に被害者全員の検死を終えていた。
「さてと、縫合してくれ」
ギブソン達が引き揚げた後も、オズワルドは弟子達と何やら作業をしていた。
「そうだ、コレで傷が目立たなくなる」
オズワルドは、誰かに頼まれた訳では無いが、被害者のエンバーミング作業を始めていた。
「彼女は………指輪か」
「ええ、来週結婚する予定が有ったと」
FBI時代から、殺人事件の被害者を遺族に引き渡す時が、一番心を痛めていた。完全なボランティアだが、せめて綺麗な状態でと弟子達に説明した所、弟子達も快く引き受けてくれた。
「そうか、私が顔をやろう。君は血を抜くのと、腹部の傷を縫合してくれ」
「はい、先生」
大切な人を無くした哀しみは消えないが、多少なりとも被害者の為になれば。