それぞれの後始末
『反乱軍が宿場町から出てきた兵士を追い返したけど、南部部族の兵達も一旦引き始めたよ』
丘から戦況を見ていたイシスからの念話で、ニュクスは戦況を把握していた。
「どうにか間に合った」
目の前の丘を土魔法で沈め、ニュクスは軍勢を宿場町の北東側から進めた。
「新手か!?」
いきなり轟音と共に丘が消え、新たな軍勢が整然と宿場町へ向かってきたので、只でさえ手薄だった宿場町の北東側を守る兵士達は確認と報告で大騒ぎになった。
「魔王の妹君のお出ましか」
丘を沈めた様子はパオロが居る指揮所からも見えた。
「南部部族連合に伝令に出てちょうだい、“攻撃待て。私が出向くので安全な距離を置いて待機せよ”と」
「了解」
ドミニカを伝令に出し、取り敢えずの所は反乱軍が全滅する事は無くなった。
「どう誤魔化すかな………」
此処からが大変だ。宿場町の駐屯兵だけでなく、南部部族連合の目の前で反乱軍を投降させなければならない。
既に、血が流された以上。穏やかな状況で反乱軍が投降できる保証など無い。
「一芝居打つ必要があるかな」
「………はぁ」
ヨルムンガルドの目の前で、フェンリルはテーブルに上半身を倒し、ずっとため息を吐き続けていた。
「どうしたの?」
急に訪ねに来たと思ったら、フェンリルは何も言わずに大広間のテーブルに突っ伏したので、ヨルムンガルドは驚いたが、かれこれ1時間近くこの調子だったのでようやく声を掛けた。
「………嫌われた」
「はい?」
耳だけ少し浮かせたフェンリルは小さい声で話し出した。
「あの人のせいで、ニュクスさんに嫌われた………」
「ん?」
既に、ロキが原因で世界が崩壊し掛けた事はヨルムンガルドも知っていたが、それがどうして“ニュクスさんに嫌われた”となるのか、ヨルムンガルドは首をかしげた。
「さっき、グナエウスさんに謝りに行ったんだけど、グナエウスさんの怒りようだと、絶対ニュクスさんも怒ってるよ…」
実を言うと、カエに謝罪に行った後にそのままヨルムンガルドの所に転がり込んでいたのだ。
「まあその………、しょうがなかったよ………」
フェンリルの様子から、色恋沙汰には鈍感なヨルムンガルドも何かを察し、その話題は放置しておく事にした。
「そもそも、あの人は何時も何時も適当だし。あの転移門だって、本当なら600年前に人を再配置した時に撤去するべきだったんだ」
フェンリルが文句を言い続けるのをヨルムンガルドは頬杖を付きながら聞き始めた。
「そもそも、転移させた理由が“地磁気逆転の影響から世界を救う”だったのに、再配置直前にテーマを変えるからこんな酷いことになってるんだし…。もう、転生者の海野さんは気付いてるよ………。此処が何処かって…。あの人、海軍に居たから天測で大体の緯度経度を出したんだ」
スタスタと、執事姿の妖精さんが部屋に入って来た。
「宜しいですか?」
ヨルムンガルドが手で合図をすると耳元に近付き、報告を始めた。
(フェンリル様の隠密が5時間ほど前に国境で捕らえられました。グナエウス様の目の前での出来事でした)
「~~~~!」
ロキもロキだが、目の前でロキに対する愚痴を言っているフェンリルも同罪だと、ヨルムンガルドは心の中で嘆いた。
今の時刻は午後3時。フェンリルの隠密が捕まったのが午前10時で、フェンリルがカエに謝罪をしたのは午後2時、つまり4時間も時間が経っている事になる。
「お兄ちゃん、隠密を出したの?」
「え?」
フェンリルが間が抜けた顔でヨルムンガンドの方を向いた。
「今報告されたんだけど、グナエウスさんの目の前でお兄ちゃんの隠密が捕まったって」
フェンリルは目を左右に動かし、段々と顔色が悪くなった。
「3人出した、襄王朝の弾圧で逃げて来た竜人の忍者を…1人が修行をしたいと言ってたから、彼の通行許可証を渡してあげた。正規の物だから捕まるなんて…」
フェンリルはゆっくりと、暖炉の上に置かれた時計に視線を移した。
「何時の話?」
「5時…間前……」
「ぁ~~…………」
両手で頭を抱え、フェンリルは黙ってしまった。
ビトゥフの衛兵をしているギブソンは城塞の入り口で上官に呼び止められた。
「貴様、いったい何を考えている?」
耳を立て、怒り狂った上官を前に、ギブソンはどこか飄々としていた。
「何のことでしょうか?」
「中尉!貴様は被害者の死体を遺族から取り上げ、切り刻むつもりだろ!」
今回の事件はかなり噂されており、ギブソンが法務官のダニエルと話し合って検死をすることが問題視されていた。
「事件の真相を知る為です。どうやって殺されたのか、また犯人が残した証拠を得るために」
犯罪担当の衛兵なら理解される話だが、今目の前に立っているのは軍事担当の士官。同じ衛兵でも畑違いなので、検死の重要性を理解できずに止めさせるつもりでいるのだ。
「死者を侮辱するのか?」
「弔いの為です。犯人を捕まえるために必要です」
城塞の正面入り口での口論なので、大通りを行きかう人の目に触れ、段々と人だかりが出てきて来た。
「何の騒ぎだ?」
2輪タイプの荷馬車に乗った中年の男とダニエルは人だかりに阻まれ、立ち往生した。
「あー…あ!ギブソンがお偉方と口論している」
「やれやれ…」
ダニエルは御者台から飛び降りると、荷馬車の後ろに居た部下たちを呼んだ。
「ちょっと、道を開けてくるよ」
「一体、誰が許可するんだ!」
「法務官のダニエルの許可があります」
「だったら法務官を連れて来い!」
「呼びました~?」
人混みを掻き分け、ダニエルが顔を出したので上官は目を見開いた。
「法務官殿、被害者の死体を傷付ける許可を出したことは本当ですか?」
質問を受けたダニエルは、神妙な顔をし丁寧に説明を始めた。
「大佐、傷付けるは少し違います。これは捜査なんです。難事件でしてね。従軍経験がお在りの大佐なら判ると思いますが、爆発は種類が御座いますよね?火薬、粉塵、ガスと言った物と魔法…。今回の事件なのですが」
ワザとらしく聴衆の方を気にしながら、ダニエルは囁いた。
(魔法では無いのは私が確認しましたが、かと言って火薬の匂いも有りませんでした。そうなってくると商品の粉物が原因の粉塵爆発か、火竜類の火袋かになりますが、ご遺体が妙なのです。もし、その妙なところが私の確認不足かどうかだけ、医者に確かめてもらえれば只の事故と言うことになりますし、もし違えば。……反乱軍の攻撃かも、と思いましてね。ああ、ご心配なさらず。逆に反乱軍の痕跡が見つかれば、反乱軍の摘発に役立つ情報をそちらに提供できますので)
“反乱軍の攻撃”という一言に大佐はが反応したのをダニエルは見逃さなかった。
「そういう事でしたら」
軍事畑の大佐にとって、反乱軍の攻撃は一番有ってはならない事態だ。
もしこれで反乱軍の攻撃の証拠を見逃し、また同じ事件が起きる事態は避けたいのをダニエルは理解したうえで説得したが、案の定うまくいった。
城塞の大広間に並べられた棺を前にダニエルは憂鬱になっていた。
「死者約35人か」
被害者の中には爆発のせいでバラバラになった人もいるので、大まかな人数しか判らなかった。
「働いてる職員名簿が無いか部下に捜させては居るが、あまり期待できんかもな」
ギブソンが指さした先では、衛兵達が瓦礫の中から見つけた金庫や書類を一つ一つ仕訳けていた。
「とりあえずは、ご遺体の検死からだな」
白衣に着替えた中年の男は、弟子をせっつき、色々と指示を出していた。
「なあオズワルド、何か必要なものはあるか?」
弟子たちがご遺体を長机に置くのを眺めながら、中年の男は返事した。
「氷の魔法具だな。ご遺体を冷蔵したい。…後そうだ、誰から検死をした方が良いかね?」
ギブソンはリストを何枚か捲った。
「商会長とその奥さんは上の階に居たからか損傷が少ない。あと、24番のご遺体が焦げてるからその人から手を付けてくれ」
「判った、やっとくよ」
「さてと、じゃあ俺達は目撃情報の確認でもしますか」